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『紅蓮の嚮後 〜桜の鎮魂歌〜』優しさほど深く壊れる、美しき地獄の異能譚   作者: 佐倉井 鱓
祈り叫ぶ者

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第261話 方舟の者たち

坂道の傾斜は緩やかではあるが

歩を進めるほどに視界が開けていく。


淡い石畳の通りを歩く三人の姿は

どこか風景画の一場面のようだった。


先頭を歩くのは

藍色の着物を凛と纏い

涼しげな眼差しを向ける櫻塚 時也。


その左腕に、慎ましく手を添えているのは

金糸のような髪を揺らしながら歩くアリア。


時也はその手を、自然な仕草で包み

まるで宝物でも扱うように歩調を合わせていた。


その二人の後方──


全身を軽く屈め

左右の腕にバランスよく荷を載せたソーレンが

口をへの字に曲げながらも

一言も文句を言わず黙々と歩いていた。


いや、顔には不満が滲んでいる。


だが重力操作によって

荷がほぼ浮かされている以上

文句を言うのも空しいのだろう。


やがて、坂の上に佇む白亜の建物が姿を現す


──教会兼孤児院

L’Arche(ラルシュ) de(・ド・) Noble(ノーヴル) Will(・ウィル)


〝高貴な意志に導かれる方舟〟

孤児たちを救い、絶望から未来へと運ぶ船──


金属の門と高い塀に囲まれながらも

そこから覗く庭は丁寧に手入れされ

花壇の隅では色とりどりの花が咲いていた。


高い鐘楼と、尖塔の影が坂道の端まで伸び

三人の足元をゆっくりと追いかける。


その正門前──


制服姿の一人の少女が

門柱の陰からじっと彼らを見つめていた。


ソーレンが眉を寄せ、目を細めながら呟く。


「⋯⋯ん?

あのガキ、確か⋯⋯アメリアか」


時也は微笑を浮かべたまま

彼女の視線に気付いて立ち止まり

静かに応じる。


「ふふ。

元気いっぱいに

手を振ってくださってますね」


すると、少女は両手をいっぱいに広げ

跳ねるように叫んだ。


「時也せんせー!ソーレンお兄ちゃん!

女神さまもいる!待ってたよー!」


その無邪気な声は

風に乗って辺り一面に響き渡る。


そして、弾けるように園内に走って行った。


時也とソーレンの顔に

ふっと自然な笑みが浮かんだ。


だが──


「⋯⋯あ?」


「そういえば

アメリアさんは盲目だったはず⋯⋯?」


時也が眉を寄せ、口の中で問いかける。

ソーレンも、同じ疑念に肩を竦めた。


「だよな⋯⋯?普通に走ってったぞ?」


言いながら、二人は無言で視線を交わし──

やがて黙って正門を潜った。


そこに、低く滑るような声が飛ぶ。


「時也様!!お疲れ様でございます!!

お手の荷物をお運びいたします!!!」


滑るように地面を蹴って近付いてきたのは

光沢のある黒スーツを纏い

つるりとしたスキンヘッドを輝かせる青年。


〝元ギャング〟──ユリウス


駆け寄ると

まるで〝神の顕現〟でも拝むかのように

地に膝を突き

手を胸の前で交差させて恭しく差し出す。


その姿は

信仰と狂気が紙一重の礼拝そのものだった。


(この方の〝これ〟には⋯⋯

なかなか慣れそうにありませんね)


時也はやや引きつった微笑みを浮かべながら

手に持っていたアリアの荷物を手渡す。


「ありがとうございます。

では、こちらをお願いいたします」


「⋯⋯おい、てめぇ。

それよか、こっちの大荷物だろうが!」


ソーレンが不満げに唸ったが

ユリウスはまるで耳に届いていないかのように

にこにことした笑顔で

時也だけを見つめ続けていた。


「おい!無視かよ、ハゲこら!!」


「ソーレンさん?

子供たちも見ている前で口が悪いですよ?」


その注意に

ソーレンは舌を打ち、肩を落とした。


その時、遠くから走る足音が重なった。


「アリア様、時也様、ソーレンさん!

ようこそ、おいでくださいました!」


正門の内側から

黒の神父服をなびかせながら駆けてくる男。


柔らかな微笑と整った顔立ち──

ライエルだった。


彼の手は、走るアメリアに引かれていて

まるで小さな案内人のように先導されている


その後ろからは

礼服とメイド服に身を包んだ

三人の女性が小走りに追ってくる。


柔和な表情のシスター、エミリア──


そして

整った白のエプロンを身につけた二人のメイドが

それぞれ整然とライエルの後ろに控える。


「アメリアから

アリア様もいらっしゃっていると聞いて──」


駆け寄ってきたライエルは

白い手袋に包まれた手で礼儀正しく一礼しながら

にこやかに言葉を続けた。


「メイドの方々にも来ていただきました。

お菓子作り教室の間も

アリア様のことは、どうかご安心を」


時也はその言葉に微笑を返し

アリアの傍らに目を向ける。


彼女は、変わらず無言で佇んでいたが

その姿を見れば

ただ居るだけで

周囲の空気が張り詰めるような緊張と

静謐な威厳を放っていた。


「お気遣いありがとうございます

ライエルさん。

それで、少し伺いたいことがあるのですが

アメリアさんは⋯⋯」


時也は言葉の続きと共に

ライエルの耳元にそっと唇を寄せる。


──その瞬間だった。


(あ゛ぁあああああああああああっ!!!!)


突如、魂を削るような〝雄叫び〟が

時也の頭蓋を内側から叩き割るように

響き渡った。


「⋯⋯ぐ、⋯⋯っう⋯⋯っ」


時也の表情が歪む。


咄嗟に両手で耳を塞いだ。


だが──

耳飾りの宝石が

ただの装飾ではない役目を果たす。


激しく震える絶叫の奔流から

彼を護るように僅かに軟化させていた。


倒れそうになる体を

両足で踏ん張って耐える。


「時也様!?」


すぐ傍にいたライエルが

驚愕の声を上げる。


震える腕を、強く、しかし丁寧に掴み

倒れぬよう支える。


「⋯⋯叫びが⋯⋯聞こえたのですか?」


その問いは、ただの推測ではない。

何かを知っている者の問いかけだった。


しかし、答えが返るよりも早く──


(ああああああああっっっっ!!!!!)


再び、大地の底から吹き上がるような咆哮が

全神経を叩く。


この声は──ただの叫びではない。


喜びか、歓喜か

それとも、信仰にも似た感情の極地か。


得体の知れぬ〝歓喜の奔流〟が

叫びという形でこの場を飲み込もうとしていた。


時也は、一瞬だけ顔を顰める。

だが、それだけだった。


笑顔を崩さず

額に滲む汗を隠すように、呼吸を整える。


──そのとき。


「ねぇ、キミ達」


不意に、ライエルの声色が変わった。


そして──

数歩、距離を詰めたかと思えば

ぐい、と時也の腕が引かれた。


「ボクはちょっと時也と話があるから

アリアとソーレンを案内してあげて?」


その声は──ライエルではない。


だが、姿は同じ。


記憶と人格を入れ替えた

もう一つの存在──アライン。


「かしこまりました、アライン様。

貴女たちはアリア様のお世話を。

では、お二人とも、ご案内いたします」


シスター・エミリアが

メイドたちに静かに指示を出すと

アリアの傍らに立った二人のメイドが

丁寧に会釈しながら、彼女の手を取る。


アリアはそれに何も言わず従い

ゆっくりと屋内へと歩を進めた。


ソーレンも

最後にちらりと時也に目をやってから

荷物の山と共にその後を追う。


──そして。


「⋯⋯っ、アラインさん!痛いです!」


時也は

不意に掴まれた腕の痛みに声を上げる。


強引に人気の無い建物の裏手へと引きずられ

壁際へと追いやられる。


その背中が

冷たい石の感触に触れると同時に──


どん!と。


時也のすぐ顔の横に

片手が叩きつけられる。


アラインの眼差しは

明確な怒りを湛えていた。


アリアのことでも、雄叫びでもない。


彼の中に渦巻く、異常なまでの苛立ちが

まるで堰を切ったように

睨み付ける瞳の奥から溢れ出していた。

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