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『紅蓮の嚮後 〜桜の鎮魂歌〜』優しさほど深く壊れる、美しき地獄の異能譚   作者: 佐倉井 鱓
祈り叫ぶ者

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262/270

第260話 穏やかな陽射し

朝食の余韻が残る食卓に

皿の音と水音が重なる。


時也は静かにキッチンへと下がり

袖を襷で纏めながら

手際よく皿を重ねては流し台へ運び

洗い始めていた。


一方、レイチェルは

テーブルに小さな紙とカラーペンを広げ

臨時休業を告げるための張り紙作りに

夢中になっていた。


ピンクとミントの柔らかな色を基調に

くるりとした文字で

〝本日、臨時休業です♡〟と書かれ

その周囲には桜の花弁や

ふわふわのマカロンのイラストが

可愛らしく踊っている。


「ふふん、これで完璧ね!」


筆先を回す指先も楽しげで

横顔はどこか誇らしげだった。


そのすぐそば──


部屋の隅では

青龍が幾重にも重ねられた段ボール箱を

几帳面に束ね、透明なフィルムで留めていた


乾物、菓子用のチョコや粉糖

寄付用の生鮮食品まで

並ぶ品は実に多彩だった。


その量を目にしたソーレンは

床に片手を突きながら

げんなりとした表情で天を仰いだ。


「これ、また俺が一人で運ぶのかよ⋯⋯」


その愚痴に、青龍は一切の容赦なく返す。


「無論だ。

重力の異能で造作も無かろう。

文句を言っている暇があるなら

そこの食材も詰めんか」


「チッ⋯⋯この量、造作じゃねぇんだよ」


ソーレンは渋々、箱の中へ缶詰を詰め始めた


そこへ、キッチンから時也が現れる。


黒地に桜柄のエプロンを外し

襷をほどいて着物の袖を整えながら

穏やかな笑顔を浮かべてリビングに戻ってきた。


「支度は終わりましたか?」


「は、こちらに全て整っております」


青龍が静かに

隅に寄せられた荷物の山を指した。


「ありがとうございます。

では、レイチェルさん⋯⋯

アリアさんの事

不在の間よろしくお願いいたしますね」


「はーい!」


軽快に返事をしたレイチェルが

ペンを置いたそのとき。


アリアがすっと立ち上がる。


その動きに

レイチェルもふと視線を向けたが

アリアはじっと時也を見つめるだけだった。


(⋯⋯私も、行こう)


その心の声が、まるで風に溶けるように

時也の中へ流れ込んだ。


「アリアさんも、ですか?」


彼は驚きを隠さずに返す。


「ですが⋯⋯

お菓子作り教室の間と

信仰の魔女の転生者の方を探している間

僕はお傍に居られないかもしれません⋯⋯」


(⋯⋯構わん。行く)


その明確な意志に

時也はふっと柔らかく笑んだ。


「ふふ。かしこまりました。

きっと、女神様に逢えて

子供たちも喜ばれると思います。

では、少々お待ちください。

アリアさんの外出用の荷物の

支度もしてまいりますね」


レイチェルは首を傾げながら

彼の背を見送る。


(ん?

アリアさんも出かけるってことかしら?

⋯⋯これは久しぶりに

ゆっくり趣味に没頭できるわね!!)


やがて二階から

時也がアリアの外出用の薄手のストールや

鞄を持って降りてきた。


彼女の手を自然に引き

そのまま玄関へと向かう。


後ろには

荷物を山のように抱えたソーレンが

しかめっ面のまま無言で続く。


カラン、とドアベルが鳴り

三人が外へ出て行くと──


レイチェルは静かに立ち上がり

自作の張り紙を店の扉に貼り付けた。


ドアの外側から見えるように

可愛い字体の文字が揺れる。


店内に戻ると

喧騒の消えたリビングには

張り詰めたような静けさが降りていた。


その奥──


裏庭では

時也とアリアの世話から解放された青龍が

煙管を燻らせながら、ベンチに座っている。


彼の膝の上では

白猫のティアナがぐるぐると喉を鳴らし

満足そうに身体を丸めていた。


柔らかく昇る煙と、猫の温もり。


平和すぎる午前の空気の中

ふとレイチェルが思い出したように口を開いた。


「⋯⋯あ」


そして、誰にも聞こえない程度の小さな声で

ぽつりと呟いた


「時也さんとソーレンに

障害のある子たちが

アリアさんの血で身体が治ってるの

言い忘れてたわ⋯⋯」


ペンのキャップを閉めながら

苦笑を浮かべる。


「ま、悪いことじゃないし

驚くかもだけど⋯⋯まいっか!」


春の風がカーテンを揺らし

静かなリビングの中に

一人分の陽だまりが落ちていた。

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