ストーカーって怖いよなっていう話。 ⑦
次回は10/27の正午です。
親衛隊が遠ざかっていくのを見送った先輩は再度こちらに振り向き、頭を下げる。
いきなりどうした?
「えっと……先輩? どうして、いきなり頭を下げてるんですか?」
突然の奇行に戸惑ってしまう。
それに、何事かと集まってくる周りの視線が痛い。
「さっきの失礼な物言い、誠に申し訳ない。言い訳をするわけではないが、あの場はああでも言わないと収まらない奴らがいたんだ。こちらの管理不足に君を巻き込んだこと……深く謝罪する」
あれ?
もしかして……この先輩、悪い人……じゃない…か?
さっきまでとは違う、真面目そうな雰囲気と先ほどの態度への謝罪で、先輩に覚えていた印象が変わる。
正直、そこまで気にしているわけではないし、このままだと通行の邪魔になる上に、変な噂が立ちそうなので顔を上げてもらうことにする。
「先輩、事情は分かりましたから、頭を上げてください」
「だが……」
先輩に顔を上げるように促すが、先輩はまだ納得いっていないらしく、ごねそうな気配を感じたので、何か言われる前に先手を打つ。
「とりあえず、今は生徒会室に行かないといけないので早くついてきてください」
「……わかった」
ここまで言うと、しぶしぶといった様子で頭を上げて、俺の後ろに付き人のように立った。
これも何とかしたいが、時間がないといった手前、ここでの押し問答に時間をかけるわけにもいかないので、仕方なくこのままの状態で、生徒会室に向かうことにする
生徒会室の前に立ち、ノックをする。
「失礼します。来栖です。入ってもいいですか?」
「はーい」
中から、高めの声が聞こえてくる。
あれ? 詩織先輩の声じゃない?
俺が、聞き間違えか? 思っていると、中からショートボブの女子生徒が出てくる。
切れ長の目と、艶のある黒髪が目を引く美人だ。
詩織先輩にも匹敵するかもしれない。
こんな美人にあったことを忘れるわけはないので、前に会った生徒会の人とは別の人だろう。
服装はちょっと風が吹いて捲れたら、中身が見えてしまいそうなほどのミニスカートで、シャツは胸元が大きく開けられて、ネクタイは大分緩められているいる。
首元にはシンプルなデザインのチョーカーが付けられていて、首輪のようにも見える。
スタイルがいいため、開いたシャツの隙間から谷間が見えている。
ネクタイの色から察するに、おそらく二年生だろう。
これは……噂に聞く、ビッチてやつか!
都市伝説……とまではいかないが、身近に遭遇することはないだろうと思っていた存在との邂逅に思わずテンションが上がってしまう。
と、俺が内心で感動に打ち震えているのを知ってか知らずか、ビッチ先輩が話しかけてくる。
「どうしたの? しーちゃんに会いに来たの? それとも――お姉さんと気持ちいいこと…しにきたのかな……?」
「玲奈……。そいつは私の客だ。彼氏もできたことだし、そういうことを言うのは止めたらどうだ……」
ビッチ先輩改め、玲奈先輩の言葉を聞いて、詩織先輩が苦言を呈する。
だが、玲奈先輩は全く堪えた様子もなく楽観的な様子だった。
「しーちゃんは大げさなんだから」
「そんなようでは、いつか本当に襲われてしまうぞ……」
それでも、詩織先輩は諦めずに、玲奈先輩の行動を窘める。
ただ、そういう会話は後でしてくれよと思わなくもない。
いつまでも扉の外で待っていたくはないので、早く話終われ……! という念を送ってみるが、当然ながら効果はない。
「それに……もしもの時はしーちゃんが守ってくれるから大丈夫だって」
玲奈先輩がそう言うと、詩織先輩は諦めたのか、はあーという深い溜息を吐いた後、俺に向かって話しかけてくる。
「すまないな、後輩君。もういいぞ、入ってきてくれ」
すると、玲奈先輩は気を利かせたのか生徒会室から出ていく。
「あっ、じゃあ私はもう戻るね」
そう言って、玲奈先輩が生徒会室から出て行った後に、俺は生徒会室に入室する。
「昔は真面目だったのに……高校に入ってからあんなふうになってしまって……。生娘なのだから、もう少しお淑やかになればいいんだがな……」
そう言って、先輩はため息を吐く。
そういう友達の下の事情をあんまり異性の前で言わない方がいいんじゃないですかね? とは思うものの、俺が口出しするようなことではないだろうと思って、口には出さない。
こういう時は聞いていないふりをするに限る、と俺は沈黙を貫いた。
「すまない。君に言う話ではなかったな」
本当にな。
と言いたいところだが、あんまり話が長引いても困るので、俺は話題を変える。
「それはそうと、弁当をください」
言い方がたかりに来たみたいだな……。
あながち間違ってはいないけど。
「そうだ。弁当だったな……はい」
「これ、昨日の弁当箱です」
お互いにカバンから出した弁当箱を交換する。
そのついでに弁当を感想を言うことにする。
「先輩、昨日の弁当美味しかったです。好みの味付けで、どんどん箸が進んじゃいました」
「そうか! あ、いや……コホン、それならよかった」
俺が弁当の感想を伝えると、先輩は嬉しそうだったが、すぐに表情を取り繕った。
先輩はさっきの態度を追及されないためか、俺に話題を振ってくる。
「ところで……後輩君は遊園地に興味など……いや、何でもない」
が、すぐに言葉が尻すぼみになり、誤魔化された。
遊園地?
突然、何の脈絡もなく登場した言葉に困惑する。
だが、先輩が言う気がないのなら深く聞かないほうがいいか、と気を利かせて、何も聞かないことにする。
「それじゃあ、失礼します」
部屋から出て、先輩に向かって挨拶をした後、後ろ手に扉を閉める。
そして、生徒会室から少し離れた位置で腕を組んで待っているマッチョ先輩に近づいていく。
「先輩。用事は終わったので、行きましょうか」
そう言ったはいいものの、よくよく考えると俺は本部の場所を知らないので、マッチョ先輩に案内してもらうしかない。
「本部ってどこですか?」
「……こっちだ」
マッチョ先輩に声をかけると、まださっきのことを引き摺っているのか、声が堅い。
小さく、そういうと先輩は歩き出してしまった。
そんなに気にしなくていいのになあ。
と思うが、俺にはどうしようもないので、そのうち先輩も気にならなくなるだろう、と俺も気にしないことにした。
親衛隊の本部は、部活棟にあった。
部活の名前は『東城香奈研究会』。
うわ、すごいド直球。
正直これは……ちょっと……。
俺がすさまじい名前に軽く引いていると、マッチョ先輩が気にせず扉をノックする。
「俺だ。来栖秋人を連れてきた。早く開けてくれ」
扉が開いて、中からさっき見た奴らが顔をのぞかせる。
「入ってください、剛田さん」
扉から外に出てきて、マッチョ先輩を迎える男たち。
きちんと左右に分かれて道のようなものができていた。
「ほらっ! お前も早く入れ!」
だが、俺に対しては、肩を押して無理やり中に入れてくる扱いだ。
あたり強くない?
なんでそんな敵意満々なの?
理由なんて一つしかないと思うが、俺はそれを認めたくなくて必死に目をそらす。
「失礼しまーす……」
中は意外と広く、壁際には香奈先輩の隠し撮りだろう写真のポスターや、ショーケースの棚に入った何かが見える。
あれ……もしかしなくても香奈先輩に関係するものか……? えぇ……。
予想以上の親衛隊の狂気に、俺が軽く引いているとさっき外で俺の肩を押した奴が、俺に半分くらい怒鳴るような声で話しかけてくる。
「お前の席はここだ!」
棚やポスターがない中央には、長机が四角になるように並び、横にズラーと親衛隊が座っている。
奥の方にはマッチョ先輩が座ると思わしき、座り心地のよさそうな椅子があり、俺はマッチョ先輩のちょうど反対側に座るようだ。
さっき俺の肩を押してきた、チンピラ君が指をさしたのは、明らかに他とは違って、結構ガタが来てそうなボロイパイプ椅子だった。
明らかな待遇の悪さに、ますます嫌な予感がしてくる。
やはり……あのことがバレたのか?
もし予想が当たっているなら、俺の両隣にも親衛隊がいて圧力でもかけられると思っていたが、逆に机には俺の席しかないようだ。
まるで法廷のようだと思ってしまう。
ただ、法廷とは違いざっと……二十人のうちのほとんどが俺に殺気だった目を向けているが。
しかも、学年ごとに選ばれる―――というか男子たちが選ぶ―――学年のヒロインは一学年分ぐらいのファンは持ってるので、 これで全部なわけではないだろう。
つまり、こいつらは学年の中から選び抜かれた精鋭で、香奈先輩のファン全体の代弁者なわけだ。
うわぁ……まじか……もう香奈先輩のファンのヘイトが集まってしまったのか……早いなあ……早過ぎる。
正直、今すぐにでも逃げ帰って防御を固めたいが、そんなことはできるはずもなく……今の俺には予想外の速さで実現してしまった悪い予想に頭を抱えることしかできない。
まあ、自分でも立ち直るのはそこそこ早い方だと思っているし、薄々こうなることを考えてはいたので、すぐに気持ちを切り替える。
まずは、腹が減っては戦は出来ぬというように空腹では頭も働かないので、栄養補給のために彼女…うん、まあ…彼女に貰った弁当を机の上に並べる。
しかし、俺のことを目の敵にしているチンピラ君以下親衛隊の皆さんが、この変な状態に何も言わないわけはなく。
「おい、なんだその弁当は」
やっぱり来た? その質問。
案の定、突っ込まれた。
確かに、俺が同じ立場でもこれはスルーしないだろうから、妥当な行動だ。
「あー…そのですね…俺は今、食べ盛りなんで……三個も弁当を持ってこないと腹が膨れないんですよ」
だが、俺がろくな言い訳を考えていたわけもなく、大分苦しい言い分になってしまった。
さすがに怪しいよな……自分で言ったことだが、そう思う。
現に、チンピラ君はガンを飛ばしてきているし、親衛隊の中でも眼鏡をかけていて賢そうなやつは疑念に目を細めているし、他の親衛隊も疑うような目をしてる。
「お前たち、そこまで目くじらを立てるな」
と、俺が見つめられ続けて、このままではほかの人とも付き合っているのがバレるかも……と、若干冷や汗が出てきたところで、マッチョ先輩が口をはさむ。
俺が 救世主現るとばかりに、期待に満ちた目でマッチョ先輩を見ると、彼は分かっているとばかりに小さく頷いた。
「そういうやつもいるんだ。ここは年上としての余裕を見せておけ」
マッチョ先輩は親衛隊のプライドを満たしつつ、俺への追及を止める提案を口にし、親衛隊もこう言われてはどうしようもないのか、元の状態に戻る。
それを見て、鷹揚に頷いた先輩は、俺の方を向いて話を切り出す。
「我々が聞きたいのは、君と香奈様との関係だ」
部屋が沈黙に包まれる。
シーンと静まり返った部屋に、ゴクリとつばを飲み込む音が響く。
そこまで緊張することか? と俺は思うが、至極真剣な顔でこちらを凝視してくる親衛隊にそんなことを言う勇気は俺にはない。
たっぷりと時間をかけて、間を置いた先輩がゆっくりと口を開く。
「単刀直入に聞こう。……君は香奈様と付き合っているのか?」
香奈様と付き合う、のあたりで部屋中から悲嘆の声が上がる。
この言葉だけで? ……やばくない? 狂信者じゃん。
どんどん明らかになる親衛隊のヤバさにまたしても、俺は引いてしまう。
一刻も早くこの場から逃れたいが、この追及をどうにかしない限り、開放してはもらえなさそうだ。
しかし、こんな奴らに真実を語れば、俺がどうなるか分かったものじゃないので、事前に香奈先輩に許可をもらった通り、遠慮なく嘘を吐かせてもらう。
「いや? 別に付き合ってないですよ」
とぼけたような俺の答えを聞いて、親衛隊の一人が声を上げる。
「嘘だ! 俺は見たぞ! お前が香奈様を持ち上げ、走り去るところを! さらに、家にまで送って親しげに話していたじゃないか!」
その言葉に同調するように、ほかにも声が上がる。
「そうだそうだ!」
「俺も見たぞ!」
そこまでバレてんのかよ。
まさか、香奈先輩の家まで特定している親衛隊に底知れぬ恐ろしさを感じる。
と、ここで俺の頭の中に一つの疑念が生まれる。
もしかして……ストーカー事件の犯人は親衛隊じゃないのか?
疑うには十分な状況にあると俺は思う。
ただ……誰も朝のことに触れないことが気になる。
勿論、ストーカー行為がバレるかもしれないから言っていないという可能性はあるが……。
こいつらにそんな判断ができるとは思えないし、ついでに言えば、あの状況で我慢できるような集団とも思えない
ストーカーがこいつらと決めつけるにはまだ早いな。
そう判断した俺は、まだ話を続けることにする。




