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現実より、異世界生活⁉︎  作者: ちゃぐ
39/40

2–10:波乱の予感?

 誰にも邪魔されず、広大な空を自由に飛ぶ小鳥たちのさえずりが聞こえてくると、自然とまぶたは持ち上がった。首を90度倒すとその先には掛けられていたはずの分厚い毛布を床へと放り出し、着ている衣服は乱れ、お腹をさらけ出したササミがいつものごとく爆睡している。


 うっすらと地平線から昇る太陽が部屋に一つだけある時計を照らす。振り子時計でもなければ秒針も付いていない。そんな時計は実に静かに時を刻んでいる。唯一、一時間ごとに時針と分針が合わさる時にカチリッと鳴るぐらいだ。


 時刻は5時半。城内で起きている者は限られる時間だ。ほとんどが今もベッドで何かしらの夢でも見ている頃だろう。

 習慣づけされた毎日の行動はそう簡単に忘れられることでもない。毎朝、この時間に起きるようになって、もうすぐで1ヶ月になる。1ヶ月も続けば、それはもう習慣と言っていい頃だろう。そして、その習慣はたとえ前日にそれなりの怪我をしたからと言って、取り除けるものでもなかった。


「おはよう……」


 誰に言うでもなく、ただ1人、電気も点かない部屋で呟いた。

 本来ならばこの部屋にはもう1人ソファーを定位置にした人物が居たのだが、その定位置だったソファーには昨日マリーに差し出したクッションが雑に置かれているのみだ。ソファーで仮眠を取っていた彼女ならこの時間にはほとんど起きていたものだが、その姿は当然のようになかった。

半ば、朝起きたら戻ってるのではという期待は目覚めたと同時に失せた。腕に巻かれているはずのある物が無いとわかると彼女がこの場に居ないことを寝ぼけ眼の僕に一瞬で悟らせた。


「やっぱり、居ないか……」


 昨日まで寝る前に毎日の日課として巻かれていた縄の位置を摩る。あるはずの物が無いというのは変な感じだ。変といえば、ぼんやりとしている頭にもはっきりと残る体験があった。



 昨日の夜は寝床に収まると痛みを忘れ、すぐに夢の中へと落ちた。夢なのに妙に鮮明で頭に丸々記憶されていた。

 夢では騎士団に入るのを決めかねているかのように、ブツブツと独り言を言う瓜二つの自分が何も無い真っ白な空間に居た。

 色の無かった空間はやがて水彩絵の具が染み込むようにして色づき始めた。

 たくさんの葉が茂る木々が空に向かって伸びている森の中に放り込まれる自分……いや元から居たから森が覆いかぶさるようにして包み込んだという表現の方が正しいか……? まあ、そんな自分を空中から何気なく眺めていた。まるで、幽体離脱をしているかのようだ。

 目の前に自分がもう一人、鏡のように同じ動作を繰り返すわけでもない彼はややこしいので拓真と呼ぶことにした。名前の通りの人物だが、自分のことを拓真と呼ぶ機会はこれきりだろうと思う。


 あらかた木で覆い尽くされている空間を見回すと、森に足を着ける拓真は気がつかないうちに両手で刀身のまっすぐな銀剣を握っている。まだ、ブツブツと言っているのが聞こえてくる。だが、この距離では内容まで聞き取れない。自分のこんな姿を見て、気分の良い奴はいないだろう、と実際に体験して思う。


 何を呟いているのかが気になり、近づこうと考えると自然と体は下降を始め、しっかりとした地面に素足のまま降り立った。ひんやりとする土は足裏に付いても手ではたくだけですぐにパラパラと落ちてしまう。


 拓真との距離は10メートルちょっとだ。一瞬、彼と視線が合った気がしたが、気のせいらしく、たまたま視線の先に僕が居た、それだけらしい。拓真の視線はすぐさま別の位置へと向けられていた。


「僕のことは見えてないのか……」


 ゆっくりと近づき、ブツブツ声は何を言っているのかと耳を立てる。しかし、聴覚に集中しすぎて、そのブツブツ声が止まっている事に遅れて気づいた。

 目の前の拓真は深い闇に覆われている森の奥をにらみつけている。手に握る己の武器に力を込めている。

 なぜか、理由がわからないでいた僕は拓真の視線の先へと首を動かす。すると、奥から獰猛な獣の唸り声が木から木へと伝わるように僕の鼓膜へと伝わった。


 足がすくむのを感じる。恐怖が自分の足とは思えない状態へと変えていた。

 闇から姿を現したのは図鑑でも見たことのあるオオカミだった。犬にも似たその姿は牙をチラリと見せ、体長は比べるまでもなくオオカミの方が大きいと視認できる。


 咄嗟に口から声が漏れる。


「やばいって、逃げろ!」


 自分に言い聞かせるのと同時に自分よりもオオカミとの距離が近い拓真に向かって放った。どちらかというと後者の割合が高い。なぜなら、そのオオカミの鋭い眼光は僕に向けるわけでなく、剣を握る拓真へと直進していた。

 しかし、拓真は僕の声には反応せず、お互いが様子を伺うようにして今から対峙する相手を睨みつけていた。そんなやりとりを目にして、自分の無事が最優先という考えが働き、この空間では自分は存在しないものだとわかると、心が静まるのを感じた。

 

 最低だな、僕は……。



 静けさの中、どこからともなくやってきた風は木にぶら下げた枝先の木の葉を散らせた。それが合図だったかのように規則的だったお互いの動きが不規則へと変わる。


「いくぞ!」


 果敢に拓真はオオカミに戦闘を仕掛ける。しかし、振り下ろされた剣先は軽く横へとジャンプされて避けられる。行き場を失った刃は地面ギリギリを斬り、土埃が舞った。当たれば相手の左足に致命傷を与えられたが避けられた事によって、攻守が逆転した。


 ああ〜惜しいな、僕なら当てられた、そんな訳も分からない自信が湧いていたが、彼は自分自信だと思い出すと、無理かもな〜、と湧いた自信は脆く崩れ、拓真(自分)を応援した。


「頑張れ。そこだ、そこ!」


 心の中で自分を励ますのではなく、声に出して容姿が一緒の拓真を応援するのには最初戸惑いがあったが、次第に薄れていった。


 オオカミは当然ながら四足歩行だ。前足二本に生える鋭利な爪が主な攻撃方法だ。

 それをどうにか剣で弾いていく拓真だったが、時間が経つにつれ、動きは鈍くなっていった。反対にオオカミは準備運動は終わったと言っているかのように自慢だろう脚力を使い、森を駆ける早さが増し、防戦一方へと押しやられていく。


 そこからは早かった。僕が声を出す間も無く、オオカミの右前足は拓真の心の臓を貫いていた。彼がぐたりと首を折るのをただただ眺めていると、そこで意識は途切れ、少しして鳥の鳴き声が聞こえた。

 目を覚ますと、ササミは毎度の爆睡、定位位置にヒルデは居ない、そんな朝の光景をぼんやりと眺め、今に至るわけだ。


「嫌な夢、見たな」


 変に持ち上がった寝癖の立つ頭を掻きむしる。


 仰向けの体勢から上体をゆっくりと持ち上げると、数時間前まであった体の節々に渡る痛みが軽減されていることをまだ半分も働かない頭に知らせた。


 1日でこんなに治るものなのか? 自分の体を適当に動かすが昨日ほどの痛みは無かった。


「やっぱり、こんな包帯をぐるぐる巻くほどの怪我じゃなかったんだ」


 腕やら脚やらに巻かれた包帯をシュルリと剥がし、それらをまとめてくずかごに放り投げた。痛みは治まってきていたが、未だ内出血を起こした部位は青黒いままだ。


 ササミを起こすのはあと少ししてからでいいか……。僕はベッドから降りると洗面所へと向かった。

 昨日、気を失っている間に着せられたであろう衣服を脱ぎ、綺麗に畳んで置くと、浴室の扉を開けた。中に入ると眠った半分の頭を起こすべく、頭上から雨を降らせた。


「うう、冷た!」


 冷たい水が全身を覆う頃には体は身震いを始めた。だが、開ききらない目をこじ開けるのには一番適していると思い、毎朝こうして冷水を浴びている。でも、流石に長時間浴びていると風邪を引いてしまうので、途中で温水へと切り替える、これも毎度のことだ。


 濡れた体を乾かすべく、使い古され、よれよれの布地で気休めに水滴を拭き取る。

 クローゼットを開けると上下動くのに適した黒のジャージを取り出した。完全に水滴を取りきれていない裸体の上から強制的にジャージを被り、その布地で残った水滴を取る。


 着替えを済ませると、二つのベッドの枕元に挟まれるようにして置かれる小机に近寄る。上部を紐で縛られた布袋を手に取るとポケットに押し込んだ。それと一緒に枕に顔を埋めるササミを起こした。


「ううん? ……ありがと、拓真……」


 彼が起きたのを確認すると僕は扉を開け、毎朝のランニング……ではなく、散歩をするが為に外に出た。



 城内一階の玄関口に向かう最中、ある思考を巡らせていた。

 先ほど見た奇妙な夢についてだ。あの夢は昨日のカルファさんから聞いた話と繋がっているような気がする。

 彼の後輩のノットがオオカミによって命を落とした。そんな話を聞いたその翌日の夢でオオカミが出てくるなんて偶然だとしたらかなりの確率だ。多分、頭のどこかに保管された昨日の話が夢に投影されたのだろう。

 それに今も心のどこかで騎士団入団への思いが風船のようにふわふわと動き回り、一つの場所に落ち着こうとはしていないのがわかる。迫られた選択を決めかね、もし入団した場合、その後はどうなるなんていう不安、そういうものも影響して騎士のように剣を握った自分が客観的に映し出された。

 それらが混ざり合い、オオカミに挑む自分という夢を見たのではないかと予想される。または昨日のカルファさんの話には無かった部分を想像で創り出し、自分がノットになるという疑似体験をしていた…………なんて考えているといくらでも出てくるが、所詮は夢だと最後には割り切った。


 階段を下り終え、玄関付近に着くと後方からタッタッと足音が聞こえてくる。この時間の城内は静寂ゆえに普段聞こえないような小さな音でも大きく聞こえてしまう。


 こんな時間になんだと振り返るとそこには階段を駆け下りるマリーの姿が目に入った。


「おい! 静かに歩けよ。まだ朝早いんだぞ」


 ひそひそ声で今しがた鳴らした足音を注意する。


「ごめん、ごめん。たまたま拓真が城を出ようとしているのが見えたから慌てて……」


 彼女も僕に習ってひそひそ声で話している。そして、一呼吸を置いて続けた。


「おはよう。朝、早いのね。散歩? なら、私も一緒に行っていい?」


 彼女は一度ひとたび、風が吹けばサラサラとなびいてしまいそうな純白の寝巻きを身に纏っている。寝巻きは上下繋ぎ目が無く、ワンピースに近い。特に目立った作りでも無く、強いて言えば、二の腕部分の袖が余裕を残した作りになっており、腕を平行に落ちあげるとその部分がだらりとカーテンのように少し垂れ下がる、という事ぐらいだろうか。


「おはよう。別にいい…けど……だけど、その格好で行くわけじゃないでしょ?」


 断る理由は無かったが、己の今の姿を承知しているのだろうか? 知っているのなら別に問題はないが知らぬまま、この格好で外に出るのもあれだろうから一応伝える。なぜなら、マリーは寝巻きのうえ、城の入り口から入る光に反射した金色の髪をこれでもかと頭の上で暴れさせている。どれだけ、急いで来たのだろうか。


 マリーは僕の視線が自分の顔ではなく、自分の頭に向けられていることに気付いたのか、探るようにして両手で自分の頭を揉みくちゃにしている。やがて、顔を赤くし、声を振るふわせた。


「も、も、もちろんよ! 五分待ってて、すぐ用意してくるから」


 慌てた様子の彼女は後方へと反転すると先ほどとは違い音を立てないように急ぎ足で階段を登っていった。



 城内には最低限の護衛の者が居るだけで、静かなものだ。

 何もしないで玄関口で待っているのは流石にひんやりとするので階段近くの大きな振り子時計のそばで待つことにした。動いていればなんの問題もないが、じっとしているとなると穏やかな気候が特徴のこの国でも、この時間ではまだ少し寒い。


 五分と言って、駆けて行った彼女は実際には10分以上も掛かったていたようで、一階にある大時計が6時を示し、ゴーンと控えめに鳴ったと同時にようやく彼女が姿を現した。


「お待たせ。さっ、行きましょ」


 着替えを済ましたマリーはいつもの見慣れた半袖の白いシャツに黒のショートパンツ姿で僕の目の前にやってきた。丈が膝よりほんの少し上のショートパンツは彼女のすらっと細い足を3分の2も露出させ、腕も半分以上出ている。


「この時間だ、冷えるよ」


 今しがた冷えるなと玄関付近から逃げてきた僕は薄着過ぎる彼女に忠告した。


「大丈夫。これ、羽織るから」


「そっか……なら、いいんだ。じゃあ、行こっか」


 マリーは手に持っている編み物の袖に腕を通した。そんな物を持っていることに気付かなかったが、どうやら羊毛で編まれ、薄い黄色で染められたカーディガンらしい。



 城門をくぐる頃には太陽の眩しさが視界を妨げるほどだった。

 城から街までの距離をいつもと違いのんびりマリーと喋りながら歩いて向かった。


 街に到着すると、昼間や夜のような人々が行き交っている様子はなく、まだ街も半分以上眠っているようだ。大通りには閉まっている店の方が多い。歩いている者もまばらだ。そんな大通りへと僕たちは歩を進めた。


「お腹減ってるでしょ?」


「そうね……確かに少し歩いたから……でも私、お金持ってきてないわよ」


「僕持ってきてるから、奢るよ」


 さっき机の上から持ってきた布袋をポケットから取り出し、マリーに見せる。下僕として働きに見合った報酬をつい最近もらった僕の布袋はそれなりに膨らんでいた。



 朝食を取ろうとこの時間でも開いているお店を探して回る。

 大通りの中間近くまで歩くと『やってます』と白い塗料で書かれた看板が立てかけられた店を見つけ、これ以上歩くのにも空腹が限界だった僕はマリーに意見を聞くことなく足を踏み入れようとした。

 が、店に入ろうとしたのは僕だけではなく、もう一人の人物と肩をぶつかってしまう。病み上がりの体はその軽い衝撃に耐えることが出来ず、その拍子に態勢を後方へと崩してしまう。もう少しで転びそうという所で腕をぐいっと引っ張られ、なんとか態勢を持ち直すことができた。


「すみません。お怪我はないです……か……?」


 手を差し伸べてくれたのは同じく店に入ろうと肩をぶつけた人物だった。肩から色抜けした鼠色で、フード付きのマントを羽織っている。フードを被っているおかげで、助けてくれた人物の顔をなかなかに拝むことが出来ないでいた僕の動きが変だったのか? 目の前の人物は言葉を詰まらせている。


「こ、こちらこそ、ごめんなさい。助かり…ま…した……」


 うっかり、助けてもらった事に礼を言っていなかった僕は慌てて頭を下げた。そして、頭を持ち上げていく最中で同じように僕も言葉を喉に詰まらせた。


「えっ、ヒルデ……!」


 一瞬の出来事だったが、フード下に隠れ、冷たく光る青色の瞳を持つ彼女を僕の黒々とした瞳がそれを見逃さなかった。


 ヒルデという名前を僕が口にした事によって、正体がバレたことを悟った彼女は小さく息を吐き出し、肩を落とす。


「ふぇっ! 何言ってるの、拓真。ヒルデって、どこにいるのよ?」


 ただ一人状況を飲み込めていないマリーは驚きと共に奇声を発し、僕に詰め寄る。


 すると、目の前の人物は両手でそっとフードを脱いで、正体をただ一人気づかぬマリーにわかるようにした。


「ヒルデ……」


 マリーの力抜けた声がそっと店の奥へと消えていった。


 店の入り口で突っ立ているだけの3人を見て不審に思ったのだろう。愛想の良い店主が「こちらへ、どうぞ」そう言って、店内へと促してくれた。


「と、とりあえず、席に座ろう」


「そ、そうね!」


「…………」


 そうして、3人で店の一番奥の席へと向かった。

 向かった先には大木で作ったと思われる大きな丸机に、これまた丸太を削ったお手製の椅子が6脚均等に置かれていた。

 それぞれが腰を落とすと一番に口を開いたのは僕でもヒルデでもなく、事情を全く知らないマリーだった。


「で、なんで居なくなったの?」


 最初の言葉が直球過ぎる質問に僕は自分の掌に顔を埋めた。もう少し慎重に言葉を選んでくれよ、そう思わざるを得なかった。そして、ふと思った、二人の仲を崩さないように僕がマリーに真実を隠しているということを。


 店主が笑顔で3つの水の入ったコップをテーブルまで持ってきてくれた。


「決まったら、呼んでくださいね」


 振り返り、料理の最中なのだろうか煙の上がっている厨房へと駆け足で戻っていく。

 店を見渡すと僕ら以外にも数名居るのがわかった。


 未だ、マリーの問いに対して思考に耽るヒルデは視線を誰とも合わさず、掃除の行き届いた綺麗な床に落としている。


 気付くと先ほどまで空いていた筈のお腹は食べ物でもない『不安』というものが代わりに満たしていた。

お読み頂き、ありがとうございました。


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