2–7:倒れた時に
体の至る所に痛みを感じて目を覚ます。視界の先には灰色に淀んだ空ではなく、ここが屋内だと表す天井が物悲しそうにしている。
上体を起こすと今いる場所が自分の部屋であるということに気づいた。それと同時に前方のソファーに腰掛けるカルファさんの姿が目に入った。
「無茶しやがって……心配したぞ」
どうやら気を失った後、カルファさんがここまで運んできてくれたらしい。
「ああ……すみません。こんな事になるとは思いもしなくて」
上体を起こしてベッドに座る自分とソファーに座るカルファさん、それ以外にこの部屋に居る者はいない。何だか違和感を感じるなと思ったら、この1ヶ月嫌でもずっとそばに居たヒルデの姿が無かった。
「あれ……? ヒルデは?」
「彼女は……わからない」
どの部屋にも必ずある窓の方を眺めると冷たい雨が降っており、草木に打ちつける雨粒の音が微かに聞こえた。
体に残る痛みが気になり、見ると腕やら足やらにぐるぐると包帯が巻かれていた。憶えている限りでは攻撃を食らったのは最初の手合わせで太ももの辺りを擦った時、ヒルデとの攻防で一発目の大振りの攻撃で後方へと吹っ飛ばされた勢いで背中を強打した時ぐらいだ。他はちゃんと剣で防いでいたように思えたが、見たところ、細かい打撃を受けていたらしく、包帯を剥がすと青黒く変色した皮膚が所々に目立つ。多分、全てがヒルデとの戦闘で付いたものだろうと思う。
拓真が自分の怪我に気づくのが今になってしまったのかは戦闘中のアドレナリンの分泌による一種の麻痺状態により、痛みを感じる事がなかったためだ。何より彼女の一撃目による背中の痛みで限界だったはずの体がその後も動けたのもこれが理由だろう。しかし、アドレナリンの分泌が無くなり、蓄積されていたダメージが今になって拓真の元へと帰ってきた為、痛みが体に表れていた。
カルファさんの謎を残すような答えに納得がいかず、痛む体を我慢してベッドの端まで行き、足を床に下ろした。
「おい、無茶するな。まだ、動かない方がいい」
立ち上がろうとするカルファさんに「大丈夫」と言って手で制止した。
「わからないって、どうゆう事なんですか? 僕が気を失ったあと、何があったんですか?」
ヒルデはどうなってしまったのか、今どこにいるのか。彼女の事がどうしても気になって仕方なかった。投げかけた問いに最初は戸惑いを見せるカルファさんだったが、諦めたかのようにやがてゆっくりと口を開き、彼自身が立ち会った場面から話を始めてくれた。
「俺が——」
カルファさんは丁寧にその時の出来事を話してくれた。
彼が現場に居合わせたのは僕が気を失う直前で、意識が朦朧とするなか、遠くの方で見えた使用人の姿がカルファさんだったらしい。
——俺が着くとお前が倒れていたんだ。
暗くなる空からは水滴がポツポツと落ちきて、やがて雨に変わった。
横目に佇むヒルデとガウェインの二人の姿を捉えながら、意識を失くし倒れ込んでいる拓真のそばに駆け寄り、膝を曲げて屈んだ。彼の手の平は剣を強く握っていたせいか、冷たい水の入ったバケツに突っ込んでいたかのように真っ赤になっていた。
「——すみません……」
「ばか者が……やっと目が覚めたみたいだな」
「こんな事になってしまい、本当に申し訳ありません……」
それだけ言って、彼女は前に立つガウェインを避けて、木に生い茂る葉が雨から守る傘の役割を果たしてくれている、その場所から自ら浴びに行くようにして拓真の元までスタスタと歩いてきた。次第に強くなる雨を気にする様子もなく、ただ静かに拓真の隣にしゃがみ込んだ。そして、彼の額に掛かる濡れた前髪を手で退けた。
「ごめんなさい……こんな事になって……」
彼女の顔を伝う水滴が雨によるものなのか、それとも涙だったのか、知るのは本人だけだろう。
拓真に一言、言い終えると立ち上がり、歩き出した。ガウェインの隣で少し立ち止まったが、またすぐに歩き出し、城の敷地を出るようにして鉄の門を超えて出て行ってしまった。
立ち止まった時にガウェインの隣で彼女の口元が動いているのが見えたが何を言っていたのか、この距離では雨音もあって聞き取ることができなかった。
彼女がこの場を去ると同時に雨の勢いが少し穏やかに変わっていた。
「こんなとこで突っ立てないで、お前らも、もう解散しろ。今日はもう帰って、ゆっくり休息するといい」
20人弱ぐらいの騎士団に所属する者たちが騎士団長の一言で各々が散り散りになって消え、この広場には自分と拓真とガウェインの3人だけとなった。
ガウェインは部下たちを帰すとこちらへやってきて、気を失っている拓真を見た後に俺に向かって言った。
「申し訳ない、ここまでするつもりじゃなかった」
「ガウェインさん……貴方、拓真に何やらせたんですか?」
ガウェインとは倍近く歳が違ったが、彼とは昔に掴みあいになりかけた事があった。俺の一方的なものだったのだが、あの時の出来事もあり、返答次第では今回もそうなるような予感がした。
「むっ、カルファ。そんな恐い顔で睨むな。これはだな……彼の技術を試したんだ」
「技術を試したって騎士団にでも入団させる気ですか?」
「ああ、そうだ。拓真が修練所を興味ありそうに見てたので体験するかと勧めて、うちの訓練兵と手合わせを行わせた。そしたらどうだ、初心者の動きとは思えないように立ち回っていたので提案したんだ、騎士団に入らないかと。彼は入団したい、その場でそう言ったのだが、そこにヒルデが反対したんだ。それで急遽、拓真の入団試験を行い、今に至るわけだ」
「話は大体わかりました。それでその試験とやらはどうなったんですか?」
「合格だ。だから、拓真が意識を取り戻したら彼の意思を尊重したいと考えている」
「で、でも、この子はまだ子供ですよ! それに今は使用人として働いている。それはどうするんですか?」
「子供と言っても、もう16歳。息子のエトスと同い年だ。それにこのぐらいの歳から入団する奴も珍しくはない。半分以上は10代の頃に入団している。城での仕事の方は俺から国王に話す。それで大丈夫だろう」
「しかし、」
「決めるのは彼であって、君じゃない」
「確かにその通りです。最終的に判断するのは本人だ。でも、その道が如何に険しく危険なものであるのか選択する前にちゃんと示してあげる。これは大人として子供にしてあげる然るべき行為だと思います。だから、拓真が起きたら、二人できちんと話し合いをします。それでも彼が入団したいというなら、私はその判断を尊重し、これ以上何も言いません。でも、もし彼の意志が変わった場合には潔く諦めてください」
「拓真とはまだ1ヶ月の付き合いだろう。なんでそこまで彼の為にしてあげるんだ?」
「それは……彼の為というより、自分の為に近いんです。あの時、私は彼の本当の気持ちを知らなかった。いや、知ろうともしなかった。少しでも話を聞いてあげていれば、変わっていたかもしれないのに……」
「ノットの事か。もう3年だぞ、まだ引きずっているのか」
「年月なんて関係ない! 一度たりとも彼のことを忘れた事はない…………すみません、大声を出してしまって」
「いや、私が悪かった。拓真の入団に反対する理由はこれか。わかった、話し合いで決めてもらっていい。私も拓真自身の意志を尊重する」
「ありがとうございます。じゃあ、ここで失礼します」
倒れる拓真を抱き起こして、背中に担いで城へと戻った。
——で、今に至るってわけだな。
ヒルデの場所がわからないという答えは本当だったのだ。彼女の行方に検討がついている者がこの城にいるのだろうか。それにこの先、見張りはどうなってしまうのだろうか。一時的なものなのか、それとも永久的なものなのか、彼女と会って直接聞かないとわからない。だが、彼女と話すよりも、まずカルファさんと話すことになりそうだ。
「それで、話にも出したが、お前と話し合いをしたいと思う。それに従ってお前の考えなんかも話してほしい。俺の意見も伝えて、お互いの意見を交えて、最後に判断してくれ。もう自分の中では決まっているのかもしれないが、それでも俺の話も聞いてほしい。頼む」
「わかりましたから、顔上げてください」
座る位置を調整して、お互いが向き合った形になると、カルファさんから口を開いた。
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