2–6:終着
剣が振り下ろされる、その一瞬の出来事のはずなのに走馬灯のように時間の流れが遅く感じた。死ねば病室に逆戻りなのか、それともここで自分の生命は終わってしまうのか、そんな考えが浮かぶ。
振り下ろされた斬撃の後に鳴る金属音。ふと、閉じていた目を開け、上を見上げると大きな影が僕の前に立ちつくしていた。影の背面では「バサッ」という音を立て、マントが揺れている。
「死ぬんだ……」そう思ったが、目の前に立つ、影の正体によって救われた。長身で顔には刃によって付けられた傷がとても痛々しい、その正体は騎士団長のガウェインだった。
鉄で作られ、所々に金で装飾された鎧を着装した後ろ姿にはいつも僕の身長ほどもある大きな大剣を背負っていたが、いま見上げた背中には布がゆらゆらと揺れているだけで見当たらない。それもそのはずだ。ヒルデの二本の刃による攻撃を寸前のところでガウェインが割り込み、己の大剣を両手で持ち、受け止めている。その衝撃でヒルデのレイピアとガウェインの大剣、金属同士の激しい接触により火花が散る。
「この馬鹿が! 我を忘れやがって!」
ジリジリと刃同士が軋む音が鳴る。
「どけ、団長。続き…を……させろ!」
彼女の狂気を漂わせるような表情がいつもの何の感情も見せない無表情との正反対さに恐怖を感じ、ヒルデとは別の存在が彼女に乗り移っている、そんな気がした。
「この手合わせは終わりだ! 剣を下ろせ」
「はぁぁぁぁ!」
一向にヒルデは二本の剣を握る力を緩めようとはしない。それ故にガウェインも力を緩めるわけにはいかなかった。なんせ、相手は本気で殺りにきているのだから、緩めればそこで終わりだ。
二人の剣は鍔迫り合いの状態で十数秒が経過していた。この状況を打開するため、先に動き出したのはガウェインだった。
「悪く思うなよ。お前が招いた結果だ」
両手で持つ大剣から右手を離し、片手持ちへと切り替える。そのため衝突し合っている互いの剣による互角の力で保たれていた均衡が崩れる。それにより、ちょうど真ん中に位置していた交じり合う剣がガウェインの方へと傾き始めた。
ガウェインが押され始めたかと思った、その時、離した右手が勢いよく前へと突き出され、ヒルデの細い左腕を捕らえた。
左手で僕の身の丈を超えるような大剣を握り、右手でヒルデの色白い腕を掴む。片手であの大きな大剣を持ち、さらには彼女の攻撃を押されながらも耐えつつある。これだけで彼の鎧の下に隠された腕力がいかに凄いのかがわかった。
「くっ!」
ヒルデはその掴まれた手を振りほどこうともせず、ガウェインに振り下ろす木剣とレイピアの勢いを強める。
「ふんらぁぁぁぁ!」
掴んだ腕を自分の方へと一気に引き寄せ、ヒルデのバランスを崩した。前に倒れこむようにしてバランスを崩したヒルデに続けざまにガウェインの右膝が腹へと食い込む。
「がはっ!」
いかにも軽そうな体型の彼女は簡単に10メートルほど後方へと飛ばされ、修練所の近くに生える木の幹へと打ちつけられた。飛ばされた勢いで二本の剣はヒルデの手から離れ、ガウェインの足元に取り残されていた。それを置き去り、ヒルデの元へと、ガウェインは自分の持つ大剣すらも地に落として駆ける。
腹に重たい蹴りを食らい、咳き込むヒルデに駆け寄るガウェインはガクガクと震えながらも立ち上がる彼女にさらに重たい一発を浴びせた。僕が何時ぞやにマリーから貰ったビンタとは比べものにならないほどの強さでヒルデの頰へと叩き込まれる。
いつしか、さっきまであんなに騒ぎ立て、うるさかった観客たちもこの数十秒の間の出来事を目にして、誰一人言葉を発することなく、ただ呆然としていた。僕もその一人だ。
「目……覚めたか?」
その問いに顔を俯かせ、木を後ろにして微動だにしない彼女の口から、やがて声が出た。
「ーーすみません…………」
先ほどまでの戦いに狂ったような彼女の不気味な表情は消え、どこか哀しそうな表情が下から覗くようにして伺えた。
気づくと僕は地面に倒れ込んでいた。やがて、意識が遠くなるのを感じると眠るようにして途切れた。遠くの方でかすかに使用人の服を着た、誰かが駆け寄ってくるのが見えた気がした。
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