2–4:まだ諦められない
正午を過ぎ、真上に昇る太陽が東へと傾き始めている中、もう後に引けない空気がその場には漂っており、なるようになれとヒルデとの手合わせを受けることにした。半ば強引に。
つい先ほどの手合わせで出た汗は引いていたが、これからまた動くとなるとまた出るだろうと、地面に放り出していた木剣を拾い上げ、ササミが持たせてくれた弁当と一緒に付いていた水を口へと流し込んだ。
「はぁ〜、わかった。やるよ」
拓真は白シャツの袖をグッと肘より上まで捲り上げ、剣を持つ手に力を入れる。
「なんでそこまで反対するのか知らないけど、負けても知らないからな!」
右腕を持ち上げ、手に持つ木剣をヒルデへと向け、彼女を指す。
「さっき勝ったからって調子乗って、そんなこと言ってると怪我しますよ」
ヒルデは拓真に軽鎧を着けることを勧めた。怪我をされては困るということだ。拓真は動きが鈍くなってしまうんじゃないかと思い、断ろうとしたが、ガウェインによって着けることを促されたため、渋々着けることにした。
訓練兵によって持ってこられた軽鎧を渡されると鎧とは思えないぐらい軽く、材質は薄い鉄板とそれらを繋ぐゴムで作られている。まぁ、見た目からして、この城の門番が着ていたような鎧とは比べ物にならない。門番の鎧は体の殆どが鎧によって隠れていたが、軽鎧は必要最低限の部分しか守らないような仕様になっている。その為、身軽には動けるが衝撃は多少軽減するぐらいでほぼ素と変わらない。しかし、今回のような木剣の場合だと怪我をなくす役目を果たしてくれるだろう。いわゆる、保険だ。
訓練兵に軽鎧の着け方を教えてもらい、無事に着け終わると拓真は対戦相手であるヒルデの元へと歩いていく。その彼女はすでに軽鎧を身に着けている。というか、いつも身に着けているものが軽鎧であって、拓真が朝のランニングをする際にもこれを着て走り、彼より速く走り切っているのでこれを着けているからって動きが鈍ったりすることはない。
彼女の軽鎧には後ろにマントが付いており、風によってヒラヒラと舞っている。とても邪魔になりそうだが、外す気はないらしい。
いつしか、観客が集まってきていた。拓真とヒルデを取り囲むように訓練兵だけでなく、訓練を終え、昇格し、兵士となった者たちまでもが集まってきていた。彼らはヒルデの剣技が見れるとあって集まっているらしい。
「あのヒルデが剣を振るうらしいぞ。しかも、相手は使用人のド初心者だって」
「嘘だろ! 結果は目に見えてるな」
「これじゃあ、あの華麗な剣技を見る前に終わるな。せっかく見れると思ったのに……」
勝手に言ってろ、拓真は心の中で呟いた。さっきは負けてもしらない、なんて事をヒルデに言ったけどそもそも、勝ち負けじゃない。認めてもらえればいい。最悪、彼女に打ち負かされても認められれば……。
拓真とヒルデは中央で向かい合う。ヒルデの表情は涼しそうに、冷静だ。一方で拓真はドキドキと心臓の鼓動を早めていた。彼女との手合わせが怖くもあり、楽しみでもあった。
「いいか? 両者の健闘を祈る…………それでは、始め!」
入団試験? が、ガウェインの合図によって始まった。
「よろしくお願いします」とヒルデ。
「あ、よろしくお願いします」と拓真。
お互いに礼を済ませると、拓真はとりあえず様子を見ようとヒルデの周りを円を描くように歩く。しかし、彼女は攻撃をしてくるそぶりを一向に見せない。先にしびれを切らしたのは拓真だった。拓真は木剣を力強く握りしめ、ヒルデに斬り込んでいく。ところが、彼女に剣が触れることはなかった。上から斬り込むと右へとひょいと避け、下から斬り上げるとバックステップして避けられる。渾身の力を振り絞り、横薙ぎするも華麗に身を屈めて避けられてしまう。しかも、どれもギリギリを狙って避けていく。それだけで観客は大盛り上がりだ。
「スゲー身のこなしだ! 俺もあんな風に動けたらな」
「バカ、お前には無理だって。まず、その体型どうにかしろ」
「ギリギリすぎんだろう、どんな動体視力してんだ」
彼女の動きは、まるでこちらを挑発してきているようだ。拓真が騎士団に入るという意思を折りにきている。お前に騎士は無理だと言われているようだ。
「くそ! カスりもしない」
さすがに焦る。どんな攻撃をしても、ヒルデはステップを踏む様に綺麗に躱してしまう。剣を使うまでもない、そう言われている様に感じる他なかった。
「どうしたんですか? 私に勝つんじゃなかったのでは」
ヒルデの華麗なステップはまるで踊り子の舞のような動きで見ている観客を魅了している。次第に拓真の振るう剣のスピードは遅くなっていき、やがて振るうのを止めた。
(これ以上、むやみに攻撃しても仕方ない)
そう思い、一度動きを止めることにした。
幸い、彼女はこれまで一度も攻撃するそぶりを見せていない。全て躱すだけで、未だ手に握る木剣の剣先を下に向けている。
いわゆる、これは入団試験だ。相手より強いことを示すのが目的ではない。技量を観察しているはず。だから、ヒルデ自身が攻撃してくることなく僕の攻撃をただ躱している。それが何よりの証拠だ。いくらでも一撃を入れる隙はあった。だが、してこない。ならば、時間を掛けて攻撃していけばいい。まずはヒルデとの距離を取り、消費した体力を回復させる。そのために剣を振るうのをやめた。しかし、彼女は率先的に攻撃してこない、などという安直な考えはすぐさま彼女自身によって覆された。
拓真の必死の猛攻も軽く躱し終え、次の攻撃に備えていると先ほどまであんなに動いていた彼はピタッと動きを止めた。
拓真のその行動を見て、ヒルデは思った「諦めたのか」と。これだけの攻撃だけで私に敵わないと悟ったのか。
彼の手合わせを放棄したような行動にヒルデは小さく溜息を漏らした。
「もう終わりか。あれだけ意気込んでおいて、意外と早かったな」
ヒルデはスゥーっと息を吸い込むと、身を屈めたような低い姿勢で拓真の間合いへ急速に突っ込んでいく。一撃で終わらせようと拓真の横っ腹めがけ、右手に持つ木剣を一振りした。
ヒルデの溜息と一緒に漏れた “意外と早かったな” という言葉に疑問を抱く拓真。どういう意味なのかさっぱりわからず、回復に専念しようと思った瞬間、攻守の役割が切り替わった。守りばかりだったヒルデが素早い身のこなしで攻撃に転じてきた。気付けば、目の前には鋭い睨みを利かせたヒルデがものすごい速さで接近していた。
「嘘だろ!攻撃してこないんじゃなかったのかよ」
とっさに下ろしていた剣を構える。どう攻撃してくるのかなんて考えている暇はない。自分の動体視力を頼りにするしかなかった。
拓真は柄を両手で握り、剣を横に寝かせるように平行に構える。読みは正しく、脇腹のあたりを狙ったヒルデの強烈な一撃が入ってきた。剣と剣が鈍い音たてて交わる。
「くっ」
お互いに声を漏らした。ヒルデは防がれたことによる不満の声を出した。拓真は重い一撃からくる衝撃を受け、苦しいながらに声を吐き出した。
奇しくもヒルデの一撃目を防いだ拓真だったが、その衝撃を殺すことが出来ず、態勢を崩しながら後方へと吹き飛ばされてしまう。
「マジか……!」
崩した態勢を立て直すことが出来ず、背中から地面へと打ちつけられる。軽鎧を着けてはいるが、そんなもの関係なく痛みは背中から全身へと伝わっていった。痛みのせいで、すぐに体を動かすことができず、その場でうずくまることしかできない。
(体中が痛い。もう、だめかも……)
そう半ば諦めかけていると、数メートル離れているヒルデが追い打ちをかけてこようとする姿が目に入る。
「そうは言ってられないか……」
土埃を上げながら、拓真は剣を杖代わりにして地面に両膝をついた。そして、力を振り絞り、体を震わせながら右足、左足と立ち上がった。
「ギリギリだな。この手合わせはもう終わりだ。お前には向いていない、それが答えだ」
彼女の言うとおり向いていないのかもしれない。でも、ここで諦めるのは、やっぱり、なんか嫌だった。勝とうなんて思っちゃいない。一太刀だけでも浴びせてから、この手合わせを終わらせたい。諦めるのはそれからでもいい。
「まだ終わっちゃいないよ、ヒルデ」
この状況では誰が見ても負け惜しみにしか聞こえない。自分自身でもそう感じる。だが、観客たちはそんなことお構いなしに熱気をあげ、さらにヒートアップしていた。
「立つのかよ。俺だったら、無理だ。起き上がれないな」
「痛たそ。頑張れよ、えっと……誰だっけ?」
「相手が相手だからな。でも、頑張れ! 少年」
「吹っ飛ばされてはいるが、あいつ、あのヒルデの一撃を見切ったんだぞ! それだけで、すげぇよ」
次第に拓真を応援する声援が増えていく。いつしか拓真が剣を握るのも初めての初心者とだいうことを忘れるように皆が拓真とヒルデのこれからの手合わせの行く末を楽しみに見ていた。
そんな観衆を放って、連打を浴びせようと突っ込んでくるヒルデを拓真は木剣一つでふらふらになる体にムチを打って迎え撃つ。
「来い!」
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