2–2:手合わせ
午前中の仕事もひと段落したところで、昼休憩を取ることした。今日はいつもの食堂ではなく、天気が良いので城の敷地内の庭で食べることに。なので、ササミにおにぎりとおかずが入った弁当を無理言って作ってもらった。
「ここでいいか」
ちょうど良い切り株を見つけ、そこへ腰を下ろした。
「ヒルデも座れば」
「いや、私はいい」
そう言って、彼女は立ちながら食べ始めた。座っている者と立っている者の少し異様な食事が始まった。
僕が今いる庭の横にはこの城の護衛をしている騎士達が訓練する修練所が建っている。ヒルデはおにぎりを口へと運びばがら、その建物へと視線を注いでいる。今は僕の見張りをしているが、元は彼女も修練所で訓練していた騎士だ。実力はどのぐらいか定かではないが、相当なものだと騎士団長であるガウェインが彼女を選んだことから推測される。どれほどの腕前なのか気になるところだ。
静かな食事の中にカキーン、ガキーンと修練所の方から剣の打ち合う音がこだまして聞こえてくる。
僕は手に持つおにぎりにかぶりついた。中の具は甘辛いタレで味付けされた細切れ肉が入っている。僕が肉が大好きだということをササミは知っているため、彼が気を効かせてくれたのだろう。手についた米粒までペロリと食べ、この弁当を作ってくれたササミに感謝した。
「ごちそうさまでした」
相変わらず、彼女はおにぎりをちびちびと食べている。それ以上、口が開かないのかと思うほど口は小さく、おにぎりではなく米粒を食べているようだ。
先に食べ終えた僕はただ待つのも退屈なので、視線の先にある修練所を見物することにした。次第に剣の打ち合う音は大きくなっていった。
そこには鎧を身につけた騎士が二人でペアとなり、激しく斬り合っていた。その光景を見て、先ほどの音は剣が交わって発せらているものだけでなく、剣が鎧に擦れる音でもあったのだと理解した。その様子を息を呑むように見ていると、横から肩を叩かれた。結構強めで、肩が痛い。
「拓真じゃないか。どうした、こんな所で突っ立って」
その声の主はこの国の騎士団長であるガウェインであった。
「お久しぶりです、ガウェインさん。ちょっと、どんな感じなのか気になったので見学というか、見物というか……あはは」
彼とは城でたまに顔を合わせるぐらいで、この世界に来て間もない頃に少し話をしたぐらいだが、その時の印象は良く、とても気さくな人だ。
「なんだぁ、騎士団に興味があるのか。ちょっと、体験していくか?」
彼の思わぬ、提案に驚きはしたものの、興味があったのでお願いすることにした。
「じゃあ、これを持ってみろ」
そう言って、渡されたのは先ほどの騎士達が持つ、長さ1メートルほどはあるだろう長剣ではなく、木で作られた木剣だ。
それを手にして、僕は軽く風を切るように素振りをする。その場で空を切る音がブン、ブン、と鳴る。
「おお、やる気満々だな。どうだ、うちの訓練兵と手合わせしてみるか」
「訓練兵? 騎士じゃないの」
「ああ、そうだ。最初は訓練兵。訓練を終えると、兵士として認められる。騎士という称号を与えられるのはそこから実力のある限られた者だけで、このグレイル騎士団には10名ぐらいだな。騎士団とは名ばかりだな、まったく」
彼は笑みをこぼしながら言った。
「で、どうする。手合わせしてみるか?」
扱うのは木剣、もちろん相手が使うのもそうだ。なので、死んでしまうということもないだろう。そう思い、「やります!」そう答えた。
「よしっ! じゃあ、お前こっち来て、相手してやれ」
訓練に励む若い男達の中から一人を選び、こちらに呼び出す。呼ばれた男は「俺かよ?」と嫌そうな表情を浮かべながらも騎士団長の言う事は絶対なのだろう、ましてや訓練兵が断れるわけもなく、渋々とやって来た。
「ほら、お前の木剣だ。ここで訓練してどれぐらいだ?」
男は「1ヶ月ほどですかね」と言って、宙を舞っている木剣を慌ててキャッチする。
「相手としてはちょうど良さそうだな。ーー二人は中央で向かい合って……」
ガウェインに言われ、今いるひらけた場所に彼を中心として近づく。お互いに相手と向き合う。相手との視線が交わる。防具は身に付けず木剣のみを手に持ち、合図を待った。
木剣を握り、素振りをする。木剣を持った事は今までないが、手に馴染み、自然と扱えるような気がした。相手は僕より年上の青年だ。木剣を強く握っているのが見て取れ、彼のやる気が伝わってくる。初心者に負けられないそんな思いが。
「相手が降伏したら、そこで終わりだ。いいな……? では、始め!」
ガウェインの低音に響く声によって、手合わせが始まった。正直、こんなことになるなんて想像していなかったが、心が少し踊っているのを感じていた。戦い方なんてよく知らない。とりあえず、相手の様子を伺うことにした。
合図と共に相手は即座に僕との距離を縮めてくる。大振りに上段から振り落とされた剣をとっさに後ろに飛んで避ける。しかし、相手の攻撃はまだ終わらず、そこから続け様に突きを繰り出してきた。これには反応が遅れ、太ももの辺りを軽くかすめる。
「痛て!」
かすめただけだが、仕事着の黒いスボンが摩擦によって、カッターで切ったようになって、肌が露出していた。
(やべー、カルファさんに怒られちゃうかもな)
相手との距離を取り、少し思考を巡らせる。
相手の様子を伺った上で、これぐらいなら僕でも勝てるんじゃないかと、客観的に見て、初心者と経験者、それを考慮すると、そんな考えバカバカしい、そう思われてしまうだろう。ただ、いけそうな気がしてならなかった。
「次はこっちの番だ!」
相手に近づき、先ほどの相手と同じ動きを取った。上段からの突きだ。しかし、相手に同じように避けられてしまう。ただ、ここから剣を右手から左手に即座に持ち替え、一歩前に出ている右足よりもさらに前に左足を踏み出し、さらに突きを続ける。そうする事で突きの距離が伸び、相手に当たるだろうと考えた。上手くはいった。だが、相手はかわすのではなく、手に持つ木剣によって弾かれてしまった。
「そうか〜。いけると思ったのにな〜」
避けるという考えしかなかったため、木剣で弾くという動作をてっきり忘れてしまっていた。
(でも、楽しくなってきた!)
ガウェインは拓真たちの手合わせの様子をじっくりと観察するように見て、ニヤリと笑った。
(拓真のやつ、本当に初心者か? あの動き、面白いな……)
その後、相手との打ち合いとなった。剣が交わるたびに手に痺れが走る。相手の必死さが伝わってくる。
「くそ! なんでこんな初心者に、俺が!」
訓練兵は焦りのあまりか木剣の軌道が乱れ、動きが鈍くなってきていた。その隙を見て、彼の後ろへと回り込み、思いっきり木剣を横薙ぎに振った。完全に相手の背中を捉え、見事命中した。
「うっ!」
相手はその衝撃で地面に倒れ、小さな声で「参った」と言った。僕の手は彼の背中に命中した衝撃でジンジンとしていた。木剣を離すと手のひらは赤くなって、熱を帯びていた。
「負けたよ……」
地面に手を付き、顔を上げることはなかった。少し経って、訓練兵たちが彼に近づき、ふらつく体を起こして、肩を貸す。
「すまない……」
「いいって。それより、大丈夫か?」
「ああ……」
勝った……ちょっと体験するだけだと思っていたのだが、いつしか真剣に相手との勝負に挑んでいた。何より、楽しんでいた。体はやけに熱く感じ、汗が地面にポタポタと落ちては土に吸収され消える。
「両者、見事な闘いであった。特に拓真、本当に初心者か? そうは思えない動きだったぞ」
少し離れて見ていたガウェインがその大きな手で大きな拍手をしている。そして、こちらへと近づいてきた。
「えっ、一応、剣を握ったのは初めてだけど……。もしかすると、向いてるのかも」
手を頭の後ろで組みながら、そんな気はなく、冗談交じりに言った。しかし、その冗談はガウェインには通じなかったのか、彼の口から意外過ぎる言葉が放たれた。
「そうだな、確かに向いている。筋がいい……どうだ、騎士団に入らないか?」
「えっ……っ‼」
唐突な提案に言葉が詰まる。頭の中で思考が巡る。僕は下僕として働いている。その条件でこの城に置いてもらっている。下僕としての仕事はどうなる? 騎士になってどうする? 一体、何をしているんだ? 何の目的で騎士団なんて存在しているんだ? 今度は本物の剣を握る? 人を殺すのか? 様々な考えが頭の中を圧迫していた。
お読み頂き、ありがとうございました。
やっと、話が進み始めると思います。よろしくお願いします!




