1–25:魔法?
ササミとの会話が長引きそうだったので、ちょっと出てくる、そう言い残して部屋を出ることにした。
「行ってらー」
彼は手を振って見送ってくれ、僕も手を振り返し、部屋を出る。そして急いでマリーの部屋がある四階まで駆け上がった。
マリーの部屋には最初の頃にクルスさんに案内してもらっていたので、すぐにわかった。
扉の前まで行き、軽くノックする。使用人達の部屋のドアとは違い、このフロアの扉には自然溢れる木々の模様が彫られている。
「マリー! 僕だけど、仕事はもう終わったから、いつでも行けるよ」
少し経って、中からマリーの声が聞こえてきた。
「ごめん。遅くなって」
ゆっくりと扉が開いた。
「とりあえず、入って」
彼女の部屋へと通され、まずその広さに驚いた。その部屋は部屋というより、一人で過ごすには広すぎるだろと思ってしまうほどの、一つの家のようだ。そして部屋の中にはさらにいくつも部屋がある。
「広っ!」
僕が急に来たのだから当然、彼女はまだ用意が出来ていなく、着替えるからその辺で座って待っててとのことだ。
部屋には様々な家具があり、中にはこんなの必要かと思うようなものもある。そんな物に目を通した後、ふかふかのソファーに座ると目の前のテーブルに奇妙な物を見つけた。それを手に取るが一体何に使うものなのか全くわからなかった。その物は手のひらに収まる大きさで水晶玉のように見える。占い? そう思い聞いてみた。
「マリー、これなに?」
彼女は僕から見えない部屋の奥で着替えている。
少しすると着替え終わったマリーが近づいてくる。
「なに? ああ、それは即席魔法の水晶よ」
即席魔法? 僕は頭を傾ける。彼女は何を言っているのだろうか。
僕の様子を見て、彼女は即席魔法について説明を始めてくれた。
「そうね。拓真は何も知らないから教えてあげる。ここでは……というよりこの世界では魔法というものがあるのよ。魔法は限られた人、時間を掛けて習得した者しか使えないの。でも、この水晶は普通の何でもない人も簡単に魔法が使えるようになるアイテムなの。少し、試してみましょうか」
彼女はそう言って、水晶を手に取り何か唱えている。
「唱え!——幻影の白雪」
すると、この広い部屋の中で降るはずのない雪が天井から降り始めた。まず第一にここは屋内だ。それに外は雲ひとつない、綺麗な星空が見えている。どうやら降っているのはこの部屋だけらしい。気温も下がって、自分から吐き出された息は白く、そして消えていく。
驚きのあまり、僕はその場でじっと雪を眺めていた。
「どお? すごいでしょ!」
「うん……すごい。本当に魔法みたいだ」
「だから、魔法なんだって!」
彼女の手には先ほど持っていたはずの水晶が消えていた。
「ああ、……うん。でも、雪が積もってきたけど大丈夫なの?」
部屋一面に雪が積もっていた。部屋の中でこんな景色を見るとは思わなかった。まるで白銀の世界だ。
「それなら大丈夫よ。全部、幻だから。時間が経つと消えてなくなる。でも、少し寒いわね」
雪は幻だが、どうやら寒さは本物らしい。寒くて、彼女の耳も赤くなっている。お互いに自分の手をさすって、冷たくなっている手を少しでも温めようとしている。
彼女が言った通り、積もりに積もった雪は時間が経つと跡形もなく消えてしまった。それと同時に寒さもなくなり、暖かくなってきた。
「他にも魔法ってあるの?」
「ええ、あるわ。でも、手元には無いわね。さっきのが最後だったから」
「そういえば、さっきの水晶はどこにいったの?」
「消えたわ。即席魔法には大体、使用回数が決まってるの。1回のもあれば、数回の物も。それに使用回数に制限がないのもあるって聞いたことあるわ。だから、さっきのは最後だったから消えたってわけ」
「なるほどね。なんだか悪かったね、僕のために最後の物を使わせちゃって」
「いいのよ、また買えば。それよりそろそろ行きましょ」
「そうだね」
そうして、夜の散歩がてら、彼女の案内で街を探索するため外に出ることにした。
夜になるとさすがに昼の陽気な暖かさはなくなっており、少し肌寒い。
(もう少し厚着してこればよかったな……)
仕事着のまま出てきてしまったので寒い。それにジャケットは部屋には置いてきたため今、上半身に身に着けているのは白シャツ一枚だ。時折吹く風でさらに寒さが増して、身震いしてしまう。彼女はさっき部屋を出る前に茶色いコートを上に着ているのでとても温かさそうだ。一言、「寒いよ」と言ってくれれば何かしら上に着てくることは出来たのに。
「そんな格好で来るからよ。戻って、上着取ってくる?」
マリーにしては優しい提案だ。しかし、僕はそれを断った。
「いや、いいよ。時間も限られてるし、これぐらいなら我慢すれば大丈夫」
「そう。ならいいんだけど」
マリーの手前では、そう言ったもののやはり寒い。鳥肌がたっては治っての繰り返しだ。
(強がるんじゃなかったかもな……)
こんなにも昼夜で気温が違うものなのか。今度から夜、出歩くときは厚着をしていこうと心に決めた。
しかし、先ほどの魔法には驚かされた。まさか、あんなものが存在するなんて思いもしない。本当に漫画の世界のようだ。彼女の手から放たれたものは天井に達するとその場で弾け、雪を降らせた。実に幻想的な景色があの部屋に広がっていた。あの場には見張りのヒルデもいたのだが、特に驚いている様子はなかったから、やはりこの世界では当然な物なのだろう。
マリーはさっき「買えばいい」って言ってたけどそんなに簡単に手に入れることができるのだろうか。それに他にも種類があるみたいだし、いつか自分でも使ってみたい。なんだか魔法を使っているマリーが僕の目には格好よく映っていた。魔法なんて、誰しも憧れるものだろう。そんな物が自分の手に届く所にあるなんて信じられなかった。
そして、僕とマリー、見張りのヒルデの三人で晴れた夜空の下で寒い風を体に受けながら、賑やかな声が聞こえてくる街の方へと歩いていく。
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