第3話「対立と混乱」
―――中継セクター会議室―――
第3回会議。円卓の上には、前回よりもさらに多くの資料が積まれている。博士は新たなバインダーを二冊追加し、スターはギターを抱えたまま立ち上がっている。空気は、張り詰めていた。
「……本日の議題は、前回の続きだ。」
監査役が、淡々と告げる。
「『好きなところから読む』という意見が出たが、それで本当に良いのか。議論を深める」
「それがナチュラルだろ」
スターが、即座に言い放つ。
「魂に揺さぶられるまま動けばいいんだよ。順番なんて、後からさ」
「順番は重要だ」
博士が、バインダーを机に叩きつける。
「論理的な積み上げがなければ、物語の深みは理解できない」
「じゃあ逆に、博士の『読者地図』を先に読んでから『計画』を読んだら、どうなるんです?」
青年がストレートに尋ねる。
「……それは、」
博士が、一瞬言葉に詰まる。
「それは、順序が逆だ!」
今度はスターが反撃する。
「逆でも揺さぶられればいいんだよ!」
ギターをジャラリと鳴らす。
「揺さぶりと理解は別だ!」
博士が、立ち上がる。
「ロック魂は分けられない!」
「二人とも、落ち着け!」
隊長が、仲裁に入ろうとする。
「整列だ!」
「ドブネズミみたいに……自由でいたいんだよ!」
スターが、ギターを抱えたまま叫ぶ。
「くっ、科学は、止まるのか……!」
博士が、机に突っ伏した。
長老が小声で諭す。
「……若いのう。迷っておるのは、読者ではなく、お前たちじゃな」
全員沈黙。
「……時間切れです」
監査役が、冷たく告げる。
しばしの休憩を挟み、メンバーは席に戻った。
「……そもそも、なぜ『入口』を一つに絞らなければならないのかしら?」
女将が、静かに口を開いた。
「私は、入口はいくつあってもいいと思う。むしろ、多い方が、来る人を選ばないわ」
「来る人を選ばないのは、良いことばかりじゃない」
博士が、顔を上げる。
「適切な順序で読まなければ、作品の良さを十分に感じられない読者も出る」
「それなら、それでいいじゃないか」
スターが、ギターのネックを撫でながら言う。
「感じられなかったら、また別の順番で読めばいい。読むのは、一回きりじゃないんだから」
「……それは、非効率的だ」
博士の声が、少しだけ弱くなる。
「非効率も旅の楽しさの一つよ」
女将が、優しく問いかける。
しばし、時が流れる。
「……データには残らない価値か。それも……観測対象にはなるかもしれん」
会議室に、沈黙が落ちる。誰も、次の言葉を探せずにいる。
その時、カノジョが、ぽつりと言った。
「……でもさ」
全員が、彼女の方を見る。
「迷子ってさ──」
彼女は、少し間を置いた。
「──帰りたい場所があるから、迷子なんだよ」
会議室が、完全に静まり返った。
誰も、その言葉に反論できなかった。
スターが、ギターの弦に触れたまま動かなくなる。
博士が、スライドの端末を閉じて、テーブルに置く。
女将が、カップを両手で包んだまま、目を細める。
隊長が、拳を開き、ゆっくりと座る。
青年が、静かに呟く。
「……やっと、本当の議題になった」
学生も、何か言いかけて、やめた。
長老は、ただ微笑んでいる。
「……議事録に、残します。……次回、最終決議を目指す」
監査役の声は、いつもより少しだけ柔らかかった。監査役が、手帳を閉じた。
会議室の空気は、まだ重い。でも、その重さは、さっきまでの喧騒とは、どこか違っていた。
【議事録:御前会議・緊急議題】
第3回会議:混沌を極める。
しかし、カノジョの「迷子=帰る場所があるから」という発言により、会議の方向性が大きく変わった。
次回、最終決議を目指す。
──次回予告──
「迷子を歓迎する余白」
「地図は、迷わぬためにあるのではない。」
──帰るためにある。
誰もが、帰る場所を探している。
迷子は、その途中にいるだけだ。




