表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『記憶を失くした私は、神様?と時を渡る 』  作者: 巡里 ひより


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/35

エジプト番外編 タメクと妻の思い出・後編 いちじく桑の木陰 

それから幾日か経った夕暮れ、タメクは工房の裏手にある小さな庭へ、結を連れ出した。


「見せたいものがある」


そこには、まだ若い一本の木が立っていた。丸みを帯びた葉を茂らせ、夕陽を受けてやわらかく揺れている。


「これは……?」



「いちじく桑のエジプトイチジクだ。所帯を持った年に、二人で植えた」


タメクは、幹にそっと手を触れた。


「『いちじく桑の貴婦人』とも呼ばれる、豊穣と愛を司る女神様――ハトホル様がな。死者があの世へ渡る道すがら、この木の陰で、パンと水を与えてくださるという言い伝えがあって。……いつか、どちらかが先に逝っても、この木の下でまた会えるように。そんな話を、あいつとしたことがある」


タメクは、木の幹に目をやった。


「二人で、決めたんですか」


「ああ。ネフェルトが言い出したことだ。『私が先でも、あなたが先でも、ここで待ち合わせましょう』ってな」


タメクは、静かに笑った。


「あいつが逝った日、俺は真っ先に、この木の下に来た。もしかしたら、本当に会えるんじゃないかと思って」


「……会えましたか」


「いや。何も。いちじく桑の木が立っているだけだった」


タメクは、木漏れ日を見上げながら続けた。


「それから、毎日ここへ来たけど会えなかった。それで、徐々に行かなくなった。だが最近になってようやく分かってきたことがある」


タメクは一度言葉を切ると、気恥ずかしそうに笑った。


「目に見えないだけで、多分あいつの魂はここに来ているんだろうなと」


「ここに来ると、よく思い出すんだ、値切りに失敗した事に気付かず威張っていた顔も、下手な鼻歌も、震える手で俺の手を握ってきた、あの夜のことも。全部、俺の中で、まだ生きてる」


タメクは、木の幹をもう一度、そっと撫でた。


「妻の顔を描き上げるまで、長い時間がかかった。思い出すのが、怖かったからだ。でも今は――

こうして誰かに話す事で、こんなに心が楽になるとは思わなかったよ」


夕風が、いちじく桑の葉を静かに揺らした。


***


タメクの話が終わると、太陽は沈みかけていた。


「聞かせてくださって、ありがとうございます」


結がそう言うと、タメクは小さく頷いた。


「こっちこそだ。あんたが聞きたいと言ってくれなけりゃ、また一人で抱えたままだったろうな」


結の胸に、そっと温かいものが広がった。同時に、ふと浮かんでくる思いもあった。



「タメクさんは、もう怖くないんですか。思い出すことが」


「まだ、少しは怖いよ。ただ怖くても、思い出す方を選べるようになった。これからは、今まで忘れてた分も思い出したい。それだけだ」



結は、その言葉を、そっと胸の内にしまい込んだ。


いつか自分も、そう思える日が来るのだろうか。


その夜、いちじく桑の梢の向こうで、星が一つ瞬いていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ