表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/5

作中連載第1話 ステータス・オープンと、1行の絶望

 俺の名前はダロウ。


 WEB小説帝国『なろう』を統べる、絶対王者である。


 我が国の法律は、シンプルかつ合理的だった。


 読者を待たせるな。


 読者に考えさせるな。


 読者にストレスを与えるな。


 すべては、可処分時間を削られまくった現代の民へ、最短一秒でカタルシスを届けるために存在している。


「情景描写? テンポが悪くなるから二行で終わらせろ」


「主人公の挫折? 読者がストレスでブラウザバックするから、一話目で最強にしろ」


「タイトル? 三十文字以上であらすじを全部書け。読者は一秒でも早く内容を理解したいんだ」


 おかげで我が国は、今日も無数の『追放された元チート魔術師』たちが、実家のような安心感のテンプレートで大暴れする、世界で最もストレスフリーな楽園となっていた。


 読者は疲れている。


 仕事で削られ、学校で削られ、人間関係で削られ、スマホの通知で削られている。


 そんな民に、わざわざ難解な文章を噛ませる必要がどこにある。


 必要なのは、わかりやすい敵。


 わかりやすい味方。


 わかりやすいチート。


 わかりやすい勝利。


 そして、読み終えた瞬間に、


「ああ、気持ちよかった」


 そう思える、三分間の救済である。


 そう。


 我が国は、読者に優しい。


 優しすぎるほどに。


 ――あの侵略者たちが、空から降ってくるまでは。


     ◇


 ドォン!!


 その日、WEB小説帝国『なろう』の空が割れた。


 ランキング神殿の上空に、巨大な裂け目が走る。


 日間ランキングが震えた。


 週間ランキングが悲鳴を上げた。


 ブックマーク数の塔が、不穏な音を立てて軋む。


「な、何だ……!? 異世界転移イベントか!? それとも大型アップデートか!?」


 俺は玉座から立ち上がった。


 その瞬間、空の裂け目から二つの影が降ってきた。


 一人は、重厚なスーツに身を包んだ男。


 大衆文学の王侯のような風格を漂わせ、売れ行きと物語性を同時に見下ろすような目をしている。


 名は、ナオキ。


 もう一人は、痩せた影のような男だった。


 黒い外套をまとい、こちらの内臓まで見透かすような目をしている。


 名は、アクタ。


 かつて紙の王国に君臨していた、伝統文学王国の二大巨頭。


 直木賞。


 芥川賞。


 その擬人化存在である。


「ふっ」


 ナオキが、ゆっくりとあたりを見回した。


「WEB小説の最高峰と聞いて来てみれば、ずいぶんと騒がしい市場だな」


 アクタは何も言わず、薄い文庫本を取り出した。


 岩波文庫だった。


 だが、ただの本ではない。


 表紙の奥で、紙魚のような光が走っている。


 文学王国に伝わる戦闘力測定器――岩波文庫スカウターである。


「測ってやれ、アクタ」


 ナオキが言った。


「こいつの文章力を」


 アクタは無言でページを開いた。


 紙面に、数字が浮かび上がる。


「……PV数は五十三万を超えている」


「ほう」


「ブックマークも悪くない。更新頻度は高く、タイトルの説明力も異常に強い」


「で、文章の密度は?」


 アクタは、冷たく俺を見た。


「五だ」


「ご……?」


「文章の密度、五」


 アクタは本を閉じた。


「ゴミめ」


「なんだと……!?」


 俺は玉座の肘掛けを握り潰した。


「貴様ら、誰に向かって言っている! 俺はWEB小説帝国『なろう』の王、ダロウだぞ!」


「王?」


 ナオキが笑った。


「読者の視線に怯え、離脱率に震え、少しでもストレスを与えれば即座に展開を修正する。そんなものは王ではない」


「何だと?」


「読者に飼われた道化だ」


 その一言で、俺の中のランキングが炎上した。


「舐めるなよ、紙の亡霊ども!」


 俺は右手を掲げた。


 空中に巨大なシステムウィンドウが開く。


【固有スキル】


【最速無双システム】


【過剰説明魔法】


【読者ストレス自動除去】


【ざまぁ展開即時展開】


【タイトル内あらすじ完全搭載】


「喰らえ!」


 俺は魔力を集中させた。


「【悲報】最強の俺が、突然やってきた謎の文学者に文章力で負けるわけがない件! これで一撃……ダロウ!?」


 俺の手から、超高速の過剰説明魔法――ライトノベル・ナクが放たれた。


 主人公の心情。


 世界観。


 敵の正体。


 ヒロインの好感度。


 今後の伏線。


 読者が疑問に思いそうなこと全部。


 そのすべてを、三行以内で説明し尽くす禁断の魔法である。


 これを受けた者は、思考する暇もなく状況を理解し、次の展開へと流される。


 まさにWEB小説帝国が誇る、最速の読書体験。


 だが。


 アクタは、一歩も動かなかった。


 ただ、静かに口を開く。


「――日は既に落ち、路地裏の湿った風が、男の古びた外套を、優しく、しかし執拗に揺らしていた。そこには言葉にならぬ永劫の孤独だけが、澱のように留まっている」


 ドォン!!


 目に見えぬ衝撃波が、俺の胸を直撃した。


「ぐはっ……!?」


 俺は地面を転がった。


 おかしい。


 ダメージ表示が出ない。


 HPバーも減っていない。


 状態異常のアイコンも表示されていない。


 それなのに、胸の奥が重い。


 呼吸が浅くなる。


 何かが、文章の外側から俺を押し潰してくる。


「な、何だこの攻撃は……!? 数値が出ない……! ステータス画面に、ダメージが表示されないだと!?」


「ふっ」


 ナオキが冷酷に笑った。


「わからないか。これが情景描写の重圧だ」


「情景……描写……?」


「お前たちWEBの民は、キャラクターの感情も状況も、一から十までセリフとナレーションで説明せねば理解できん」


 ナオキは、ゆっくりと俺を見下ろした。


「だが、我々の言葉は違う」


 アクタが続ける。


「書かれている言葉だけを読むな」


「何……?」


「文字と文字の間。沈黙の奥。書かれていない場所。そこにこそ、物語の本体がある」


 ナオキが告げた。


「それを、行間と呼ぶ」


「ぎょ、行間……!?」


 俺は必死に、先ほどの文章を思い返した。


 日は落ちた。


 路地裏。


 湿った風。


 古びた外套。


 永劫の孤独。


 澱。


 何だ。


 何を言っている。


 敵はどこだ。


 ステータスは。


 目的は。


 主人公は強いのか弱いのか。


 ヒロインは出るのか。


 ざまぁはいつ来る。


 この路地裏の湿った風とやらは、何属性の伏線なんだ。


「くそっ……!」


 文字が、すり抜ける。


 意味はわかる。


 だが、意味の奥にあるものがわからない。


 表面の文章は読めているのに、その奥で何かがこちらを見ている。


 それが、読めない。


「何を言っているのか全然わからない! なのに、なぜか胸が重い! 行間が……行間が読めない……ッ!」


「終わりだ、ダロウ」


 アクタが静かに指先を上げた。


 その先に、純文学の美学を込めた究極の一文が凝縮されていく。


「次の一撃で、お前の安易なハッピーエンドごと消去してやる」


「くっ……!」


 俺は立ち上がろうとした。


 だが、膝が笑う。


 おかしい。


 俺は王だ。


 読者に求められ、ランキングに選ばれ、テンプレートを磨き上げた絶対王者だ。


 なのに、たった一文で立てない。


 たった一行で、俺のシステムが止まりかけている。


「ダロウさん、捕まってください!」


 その時、上空から声が降ってきた。


 轟音とともに、銀色のサーバーバイクが突っ込んでくる。


 ハンドルを握っていたのは、額読。


 中間プラットフォーム『カクヨム』の擬人化存在であり、公式コンテストとレビュー文化を操る知略型の相棒である。


「公式コンテスト防護壁、発動!」


 額読が叫ぶと、透明な防壁が展開された。


 アクタの指先から放たれた一文が、防壁にぶつかって弾ける。


「ちっ」


 ナオキが眉をひそめた。


「KADOKAWAの息がかかった盾か」


「ダロウさん、早く!」


 額読はサーバーバイクを横付けし、ボロボロになった俺の腕を掴んだ。


「何をする……俺はまだ……!」


「今のあなたでは勝てません!」


「俺が負けるだと!?」


「はい!」


 即答された。


 地味に傷ついた。


「ポリス!」


 額読が通信機に叫ぶ。


「検問を閉鎖してください!」


「了解した!」


 重々しい声とともに、巨大な鎧の騎士が前線に躍り出た。


 重装騎士ポリス。


 アルファポリスの擬人化存在。


 その全身には、ランキングと投稿インセンティブの紋章が刻まれている。


「二十四時間ポイント規律壁、展開!」


 巨大なランキングの壁が、ナオキとアクタの前に立ちはだかった。


「小賢しい」


 アクタが呟く。


「読者の数字で築いた壁など、行間の前では紙同然だ」


「それでも時間は稼げる!」


 ポリスが大剣を構えた。


「行け、額読! ダロウを死なせるな!」


「はい!」


 サーバーバイクが唸りを上げる。


 俺は助手席に引きずり込まれた。


 遠ざかるランキング神殿。


 崩れかけたブックマークの塔。


 そして、こちらを見下ろすナオキとアクタ。


「逃げるのか、WEBの王」


 ナオキが言った。


「違う……!」


 俺は血の味がする口で叫んだ。


「これは戦略的撤退だ……ダロウ……!」


 だが、その声にいつもの勢いはなかった。


 ナオキとアクタは追ってこなかった。


 ただ冷酷に微笑みながら、遠ざかる俺たちを見送っていた。


     ◇


 命からがら逃げ延びた先は、中間プラットフォームたちの隠れ家だった。


 国立国会図書館の地下深く。


 スマホのブルーライトも、アクセス数の電子音も届かない、インクと紙の匂いだけが支配する場所。


 古い本棚が壁のように並び、背表紙には見たこともない重たいタイトルが刻まれている。


 俺は床に座り込み、拳を握った。


「クソッ……!」


 床を叩く。


「タイトルを三十文字以上にして、あらすじで全部説明すれば勝てるはずだったのに……! なぜ、あいつらには通用しないんだ……ダロウ……」


 額読は、しばらく黙っていた。


 それから、山のような世界文学全集を俺の前にドサリと置いた。


 鈍器かと思った。


 実際、読者によっては鈍器である。


「ダロウさん」


 額読は真剣な目で俺を見た。


「あなたが彼らに勝つ方法は、一つだけです」


「何だ」


「行間を読む能力を身につけることです」


「行間を……?」


 俺は思わず後ずさった。


「そんなまどろっこしいもの、俺の読者は求めていない!」


 そう叫んだ瞬間、自分の胸の奥に、別の言葉が浮かんだ。


 本当にそうか。


 読者は、本当に何も求めていないのか。


 ただスカッとすれば、それで全部なのか。


 だが俺は、その問いを振り払った。


「俺の国を、薄っぺらいと笑うな!」


 自分でも驚くほど、声が熱を帯びていた。


「毎日仕事や学校でクタクタになって帰ってきた民が、何も考えずにページを開いて、三分で笑顔になれる! 嫌な上司も、理不尽な現実も、将来への不安も、その瞬間だけ忘れられる!」


 俺は歯を食いしばる。


「その圧倒的な優しさと救済が、あいつらの高尚な文学に一ページでも書かれているのかよ!?」


 額読は、一瞬だけ目を見張った。


 それから、ふっと優しく微笑んだ。


「ええ。その通りです」


「……額読?」


「だから私は、あなたを死なせたくないんです」


 額読は、積み上げられた文学全集に手を置いた。


「文学側は、あなたたちを読者に魂を売った存在だと嘲笑うでしょう。ですが、読者を置き去りにした物語もまた、いつか誰にも届かなくなる」


「誰にも……届かなくなる……」


「物語は、読まれて初めて物語になります」


 額読の声は静かだった。


「けれど、ただ読まれるためだけに自分の深さを捨てても、いつか空洞になります」


 その言葉に、俺は何も返せなかった。


「ダロウさん」


 額読は言った。


「あなたの最速無双システムに、文学の行間をプラグインするんです」


「俺のシステムに……行間を……?」


「はい。読者に媚びるだけのテンプレと、読者を置き去りにするだけの文学。その両方をねじ伏せる、最強のハイブリッド小説になってください」


 俺は、山積みにされた本を見た。


『人間失格』


『こころ』


『羅生門』


『檸檬』


『山月記』


 どれも薄い。


 だが、重い。


 物理的にも、精神的にも。


 俺は、その中の一冊を手に取った。


 ページを開く前から、もう胸がざわついた。


 だが、逃げるわけにはいかない。


 ナオキとアクタに負けたままでは、WEB小説帝国の王として終われない。


 それに。


 俺は読者を笑顔にしたい。


 そのために、あいつらの力が必要だというなら。


「ふっ……やってやるさ」


 俺は不敵に笑った。


 笑えていたかどうかは、少し怪しい。


「文字の表面しか見ない俺が、文字の奥に潜む怪物と戦う。いいだろう。見せてやる。WEB小説の底力を」


 俺は右手を掲げた。


「ステータス・オープン」


 青白い画面が浮かび上がる。


【ダロウ】


【職業:WEB小説帝国の王】


【読者配慮:限界突破】


【即効性カタルシス:SSS】


【テンプレ展開速度:SSS】


【行間読解:未習得】


【情景描写耐性:0】


【サブテキスト感知:0】


【作者性:瀕死】


【新規クエスト】


【文学修行を開始しますか?】


 俺は、表示された選択肢を睨んだ。


【YES】


【ブラウザバック】


 いつもの俺なら、迷わずブラウザバックしていた。


 ストレス展開は避ける。


 難解な話は飛ばす。


 読者が求める快感だけを、最短距離で取りに行く。


 それが俺の正義だった。


 だが今は。


 俺は、震える指で【YES】を押した。


 その瞬間、地下書庫の奥で、本棚が低く鳴った。


 まるで、眠っていた文豪たちが目を覚ましたかのように。


 額読が小さく頷く。


「では、始めましょう」


「何からだ」


 額読は一冊の本を差し出した。


 表紙には、四文字だけが書かれていた。


『人間失格』


「……タイトル、短すぎないか?」


「そこからです」


 額読は微笑んだ。


 俺は本を受け取り、喉を鳴らした。


 現代の創作界隈の覇権をかけた、俺たちの生存戦略。


 その第一歩が、今ここに始まる。


 ――ダロウ!?


(作中連載第1話・了)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ