番外編 初デート小話
見上げた空はどこまでも青い。
幸いに風もあり、タンスの奥底から引っ張り出してきたワンピースもちょうどいいくらいの陽気だ。
海鳥が鳴き交わし、眼下には穏やかな海が広がっている。
絵に描いたようなデート日和であった。
「お待たせ、遊里。はい、ソフトクリーム」
「うん、ありがとう。天羽君」
木製のベンチがちらほらと見える、ここ海浜公園。
まさに市民の憩いの場である。
視界の端にはヤシっぽい葉がゆらゆら。
うん、取り敢えずここまでは平穏な景色と言ってもいいだろう。
道行くカップルの一方から、刺すような視線を受けているくらいは平常と言える。
しかし相手が真横にいるのにも関わらず、隠されぬその殺気。
普通に怖いな。
安定の天羽君現象である。
さて、件の彼はと言えば。
ひっつくぐらいの位置取りで、ソフトクリーム片手に満面の笑みである。
見よ。これぞ、糖分過多の図。
そして暑苦しい。真横というよりも、密着といった方が正しい現状だ。
折角ソフトクリームで涼を足しているのに、これではプラマイゼロである。
そっと視線を逸らし、ソフトクリームをパクリと一口。
うむ、程よい甘さ。
いいね。やはり初夏はソフトクリームが美味しい。
「ねぇ、遊里」
「何だ、天羽君」
「あとで唇、堪能させてね」
「ドン引きだなぁ……」
何はともあれ、初回デートだ。
海風を浴びながら、殺気混じりの視線を背に受け、黙々とソフトクリームを頬張る現状。
うん、甘いのは唯一ソフトクリームくらいのものである。
天羽君にデートの提案をしたのは、振り返ること一昨日前のこと。
それというのも、お家デートをひたすらに推してくる彼の目を一時的にでも逸らすための苦肉の策であった。
いや、そもそもお家デートとかリスク高いだけで誰得という話だ。
まぁ天羽君からすれば巣穴に招くようなものだから、彼にとっては最推しなのかもしれない。だがそこは断る。
こんな序盤からパックンチョされては堪らない。
だからこそ、涙を呑んで弟へ頭を下げたのだ。恋愛相談が弟頼み。中々泣ける現実だ。
しかしそれだけの成果はあったと思いたい。
「天羽君、折角だから休日くらいは外へ出かけたい」
「……ふーん。遊里がお出かけ推奨するなんて珍しいね。まぁ、でもいいよ。遊里となら何処へでも行ってあげる」
「何処でもいいなら、海浜公園へ行こう。たまにはカモメを見たいような気もする」
「カモメねぇ……。鳥、苦手だって言って無かった?」
「苦手なのは鳩。奴ら、群れで囲んでくるから」
「遊里、目が完全に据わってる」
まぁ、そんななんやかんやの会話を経て、今回のデートが実現した訳である。
「……でも以外と海辺にもいるものだね、鳩」
「うん、一説によると海水から塩分補給してる鳩もいるって言うからね。ふふ、遊里。完全に目が据わってるよ?」
「いっそ焼き鳥にしてしまいたい」
ボヤキながらも、そこはそれ。
本音を言えば、まぁ好んでは食べたくない。
まして鳩なら尚更だ。
イライラには、甘いものがよいと聞く。
溶けかかったソフトクリームをここで頬張らずして、いつ頬張るのだ。
コーンの端ギリギリまで責めるべく、大きく一口。
無意識に寄った眉も、ひんやりとした甘さに少しだけ和らいだ。
「うぅ……しかし背中がじりじりする」
「だから日陰にしようって言ったのに……。はい、日傘挿して」
「天羽君……用意周到にも程があるね」
「そう?」
「でも、グッジョブ」
いそいそと日傘を差せば、体感温度は大分下がる。
ついでに天羽君に向けられる熱視線も心なしか減少し、色々な意味で一石二鳥であった。
「それにしても、いい天気だなぁ……」
「遊里、どちらかというと晴れ女だからね」
「あー、うん。確かに学校行事は大抵晴れだったか」
青い空、白い雲。まさしく夏空のコントラストだ。
何となく雲の輪郭もはっきりしていて、搾りたてのアイスクリームに似ているような気がする。
さっきからアイスにばかり意識が偏っている気がするが、そこはそれ。
多分真横の気配が鬱陶しいすぎるからだろう。
「マラソン大会が晴れてたのは地獄だったなぁ……」
「体育祭も炎天下だったね」
「あー、でも修学旅行だけは雨の日があった気がする」
――ふと脳裏に浮かぶ、懐かしきかな中学時代。
今よりはずっと身の回りは平穏であったけれど、それはあくまで自分に限る。
天羽君の周囲はほぼ常に台風の目状態。
今思い返しても、凄まじい状況だった。
好意、と一言で括るには躊躇われる熱量の集積。そして生まれる地獄絵図。昼ドラも裸足で逃げ出すであろうリアルキャットファイト。
当人からすればさぞ、息苦しかったことだろう。
「天羽君?」
「うん、なぁに遊里」
「中学時代に比べたら、少しは楽か? それともあまり変わらない?」
「……心配してくれてるの? ふふ、遊里は相変わらずお人好しだねぇ」
お人好し。
折々で、天羽君からそう評されることに慣れつつある。
しかし実際のところ、それは的外れだとも思う。
何故って自分は結局、我を通せているからだ。
結果論としてではあれど、天羽君は私に甘い。
天羽君に振り回されているようでいて――まぁそれは現実ではあるのだけれど――それにしたって最後の最後は有耶無耶にしてくれている。
それすら計略の内、と言われてしまえばそれでお終いではあるけれど。
「遊里が横にいてくれるなら、何でもないよ。どんな状況でも楽しいから」
「……そこまで正直に言われると、普通に照れる」
潮風が心地よい。
真横の熱量はさておき、どうして案外楽しいのだ。
広げた日傘の陰の中。
まるで芸術品の如き、横顔。
うっそりと微笑み、伸ばされる掌がさり気なく後頭部に回され、引き寄せられる。
寸でのところで、両手を翳した。
こてんと首を傾げる天羽君。
いやいや可愛くないよ、君。
「遊里?」
「いや、屋外だから。普通に恥ずかしい」
いやまぁ、一応は認めた関係性。
仮とは言え、恋人同士だよ。
でも空気を読めないバカップルとか、一種の公害だと思うのだ。
「……休日に補充できなくて、いつ補充しろって?」
「そこはほら、想像してみるとか」
「実物が横にいるのに? どれだけ酷なこと言ってるか自覚してる?」
「あー。うん、確かに」
頷きながらも、両手は死守する。
流されないことが肝心だと、勘が囁くので。
「遊里」
「だが断る」
オマージュですよ。悪しからず。
ここまで読んでいただき、感謝申し上げます。
今作はこれにて、高校生編に一端の区切りをつけさせていただきます。
大学生編につきましては、構想段階ですが、いつか日の目を見ることを願いつつ……。




