15 放課後×B組=第一回ヤンデレ対策談話
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時を少しばかり遡ること、放課後――とある教室の壇上にて声を上げたのは一人の女生徒であった。
開け放たれた窓から吹き込む風に、彼女の艶やかな黒髪が靡く。
「はい、ではこれより第一回ヤンデレ対策談話を始めます。参加者は挙手!」
「「「「はーい!」」」」
ワイワイと賑やかなB組。それはさながら祭りの様相にも似た空気をまとっていた。
廊下から向けられる、他クラスの奇異の視線も何のその。「やるぞー!」「おぅ!」と運動部の円陣さながらの団結力を見せつけている。
「橙子、いつになく張り切ってるねぇ」
「だねぇ」
「女子は元気だなぁ……」
「だな」
部活動に向かう者を除き、八割近くがそれぞれの席について銘々に手を挙げていた。
「では、さっそく今日の議題に入ります。テーマはずばり、遊ちゃんの貞操をいかにして守るか!」
「――って、おい! 直球過ぎるぞ、日高!!」
「そうだそうだ!」「少しは乙女心を学べ!」「ついでに甘味を寄越せ!」
「「「煩いわよ、男共!」」」
何はともあれ、非常に楽しげである。
「……随分と、思い切ったテーマ」
「ん、起きてたの礼司?」
周囲の喧騒を余所に、ぽつりと落ちた呟き。
壇上の上の橙子が、耳聡く拾い上げる。
「守るといっても相手はあの天羽。下手を打てば俺たち全員消される」
「怖いこと言うな、横田!」
「そうだ、冗談でも笑えないぞ!」
廊下側の、後ろから二番目の席。横田礼司は眠たげに欠伸を零しつつ、時々思い出したように鋭い発言をぶっこんで来るという自由人間として周知されつつある。
今も唐突に発言したかと思えば、すでに頬杖をついてうたた寝を再開していた。
「起きろ、横田!」
「言いたいだけ言って、寝るとか自由過ぎんだろ?!」
「――ほらほら、男子の皆さん。あんまり横田君に構って話を脱線させないで下さいね」
つい、と身を乗り出して注意をしたのはB組の猛者こと加藤沙耶香だ。
その秀才ぶりは他のクラスからも一目置かれる彼女であるが、普通は口に出すのも躊躇われるところをズバリと口にする有様をして、地雷娘として畏れられつつあった。
「橙子さん! ここは一つ、男子の皆さんの『普段は言えないそこんトコロ』を聞き取り調査するというのは如何でしょう?」
「うん、それは貴重な意見ね。採用します」
「「「「――そこ即決?!」」」」
B組に残っていた男子の内、睡眠を満たしている約一名を除いた全員が魂の叫びを響かせる。
俄かに危機感を覚え、逃走を図る数人の男子たち。これは非常に冷静な判断だったと言える。
だがしかし、女神が常に正しい方へ微笑むとは限らないのだ。
円陣を組んだ女子がジリジリと追い詰めていく先には、己の運命を悟った子羊たちの群れ。
天羽対大多数の際はドーベルマンとチワワの様相を呈していた彼らは、今や牧羊犬の群れに囲い込まれた羊が如し。
もしここに遊里当人が同席していた場合、おそらく「泣ける画だ」と零したことだろう。
「さぁ、男の子なんですから覚悟を決めてくださいね?」
「「「「神などいない……!」」」」
その後はまさに、B組全体を巻き込んだ阿鼻叫喚であった。地獄絵図である。
『意外とピュア』だと総評を下された糸山君は己の机に沈没し、『むっつりね』と全員一致で冷ややかな目線を向けられた新村君は床に倒れたままピクリともしない。
年頃の青少年たちの精神面。これが意外と繊細であることを、少女たちは実地を通して学んだ。
「えーっと。統計をまとめたところ『高校男児の性欲の度合い』は個々の性格による部分が大きいということが判明しましたね!」
B組男子による死屍累々、といった風情の漂う放課後の情景。
残されたのは不毛の大地。
その最前線で、ふむふむと聞き取り調査に取り組んだ末、その結果を声高らかに宣言する猛者が一人いた。
「紗耶香……容赦ないねぇ」
「そんなの今更じゃない」
彼女の昔馴染みにあたる、羽田真由子と日高橙子。
彼女たちはこの混乱に乗じて窓辺に移動し、銘々に呟きを零していた。
「このクラスで、中学の時に天羽君と同じ学級だった人は挙手をお願いしまーす!」
地雷娘の独壇場に早変わりしつつある、第一回ヤンデレ対策談話。
未だ死屍累々が継続中の最中、誰が好んで挙手などするだろうか。いや、普通はしない。
分かり切った答えだ。誰だって自分の身が大切なのである。
しかし、追及の手は尚も緩まることを知らなかった。再び始まる羊狩りに、元クラスメート(当事者たち)は逃げる間もなく着実に確保されていく。
「いつの間にやら議長を乗っ取られたわ……」
「橙子、元々目立ちたがるの嫌いでしょ? 良いからこのまま譲っちゃいなさい」
彼女たちが見守る中、黒板前に集められた三人の男子生徒と二人の女生徒たち。
左から、葉山君。奥君。柴山君。中山さん。遠江さん――の順である。彼らは一様に、視線を床へ落としたまま彫像のように動かなかった。
「はい、じゃあ葉山君から中学時代の天羽君についての印象、正直ウザいなと思った瞬間、垣間見えたヤンデレの片鱗、以上三点をテーマに報告を願います!」
「――待ちなさい。何なの、その独断と偏見に凝り固まったテーマの羅列は! この場を以て、早急に議長解任決議を取ります!」
その結果。
見守っていられた時間も、そう長くは続かなかった。「早すぎでしょ……」と呟きを漏らす羽田さんの視線の先、賛成多数で可決された議長交代。
強制退場となった自爆娘こと、加藤さんである。
「……あぁ、まだこれから聞きたいことが沢山……」と呟きながら、B組でもとりわけ腕力に長けた岩永君、大湊君ら両名に抱えられるようにして教室から姿を消した。
彼ら三名が校内を循環し、再び教室へ戻って来たのは退場後約十五分後のことである。
復帰した日高議長の下、ようやく落ち着きを取り戻したB組談話。正面の黒板には、無数の書き込みと共に三つの文字が赤々とした丸で囲まれていた。
曰く『中学時代は、巨大な猫を被っていた模様(by J・H)』『今後の動向に注視(by 醤油よりもポン酢派)』『ヤンデレは無闇に刺激することで、周辺被害を拡大させる恐れがある(by 山田)』とある。
因みにそれ以外の書き込みについては、主要なものだけを羅列しておきたい。
曰く――『遊ちゃん以外のあだ名に関しては、各自議長の下へ持ち寄ること。抜け駆け厳禁(by 日高)』『そもそも天羽ってレベル的にはどこらへん?(by 乙女は二次元に限る)』『それに関しては、ヤンデレの応用事項を参照してください(by 身内がヤンデレ)』『まさかの身内ネタ?!何それ怖い!(by 匿名希望)』云々とあった。
この短時間で皆、何某かの成果が得られたのであろう。
一様に、参加者たちの表情は生き生きとした輝きを放っている。
それはさながら水を得た魚が如し。先刻までは死屍累々と化していた面々も既にそれぞれの席へと復帰を果たし、そこかしこで活発な議論が交わされていた。
「皆さんズルいですよぉ……仲間外れはあんまりです!」
「あんたが恐怖政治なんて布かなければ、そもそも退場なんてさせなかったわよ……」
戻って早々、涙目で不服を訴え出る加藤さん。そんな彼女へ、呆れた眼差しを送る返り咲き議長こと、日高さんは深い溜息を隠さない。
「第二回こそ、返り咲いてみせます!」
「万が一にもあんたが返り咲く可能性は薄いと思うけどね……」
「……うっ、酷いですよぉ。真由子さん!」
「事実を言っただけ」
「横田君、唐突に紛れ込んでくるのは遠慮してください!」
何はともあれ、当人たちを余所に異様な盛り上がりを記録した第一回ヤンデレ対策談話の模様であった。




