第8話 魔術練習
今日も毒闇の塔の調査は続く。アリエッタは学園の授業を受けた放課後、毒闇の塔へと向かっていた。授業が終われば毒闇の塔へ行く。これが日常になってしまうのは少しだけ恐れと不安を覚えた。
何でも今日の授業は占星術についてだった。終始昨日出会った癖の強い占星術師の顔がちらつき、授業に集中できなかったことはさておき。
サンドレアに報告したものの、「引き続き調査を続けるように」と気味悪いくらいの笑顔で言われたのみで彼に特異点は見られなかった。
やがて毒闇の塔へ到着し、扉近くに設置されているベルを鳴らす。しゃらん、という音はどこぞの伯爵令嬢が歩く音のようだった。
しばらくして扉が開くと小さな人影が現れる。出てきたのは伯爵令嬢エルラではなく昨日の夜に出会った占星術師だった。
「言いつけを守った。偉い人」
エルラとネフィシーだけでなく他にも塔の住人がいるとは。後、妙に上から目線なのが気になる。彼女が合法ではなければ確実にアリエッタの方が見た目年齢が高いのに。
「ええと。あなたは……」
頑張って名前を思い出そうとするが難しそうだ。占星術師、ということは分かるのだが。
自ら名乗ってくれていた気がするが。実のところもう二度と会わないと思い、占星術師の名前はその日のうちに忘れた。エルラやネフィシーの名前は覚えているのに。
「アメリア。アメリア・ジストリス。今後は忘れないでね。アリエッタ」
残念だが昨日で彼女とお別れというわけにはいかなそうだ。吉と捉えるべきか凶と捉えるべきか。
「はい。きっちりと覚えておきます。今後はよろしくお願いします」
「よろしく」
アリエッタはアメリアに招かれる形で塔の内部に入っていく。
内部は昨日とは違い、白い煙で包まれていた。何だか煙くさく、アリエッタは咳き込む。
見れば、エルラが正座してじっと小さな炎を見つめていた。一体何をしているのだろう。
「エルラは魔術の修行中。彼女はどうやら火属性の魔術も上達したいらしいよ」
地味な修行だ。絶対にやりたくない。エルラはアリエッタの来訪に気がつかないほど集中しているらしいが。
小さな炎を出すだけの簡単な魔術の訓練らしい。これをやるよう指示したのはアメリアだとか。こんなことよりも色々な火の魔術を実践した方が上達しそうだが。
そんなことよりも。
アリエッタはじっと天井を見つめる。……このまま魔術を使い続けるのは些か良くない気がしてきた。
「あの、あなたなら分かると思うのですけど。今魔術を使えば最上階があの。主とやらが」
近くで魔導書を読むアメリアに話しかける。天井を指差して言葉を紡ぐアリエッタは上手く説明が出来なかった。らしくない。
「使ってもいいんじゃない? エルラ曰くネフィシーは化け物だからどうなろうと構わないらしい」
淡々と言葉を返す。アメリアの口ぶりから察するに彼女はすでに真実を知っていそうだ。知っていて言わない。そうだとしたらたちが悪いが。
「あなたはどう思うのですか?」
「あたし? まあ、個人の好きにしたらとしか。ネフィシーも嫌なら嫌っていうと思う」
達観した様子で特にネフィシーを心配する様子もない。
誰かがこの塔で魔術を使えばネフィシーが咆哮し、苦しむ。
これはアリエッタが立てた仮説に過ぎないし、ネフィシーは何も言わない。むしろ使ってくれとさえ言う。これは誤解だから早く使えと暗に伝えているのではとさえ思う。
杞憂だと良いが念には念を。
「魔術練習なら外でいいんじゃないですか?」
「悪くない」
アメリアは快く頷く。続いてエルラにも話しかけにいく。
「あの。魔術練習、せっかくですし外でやりませんか?」
しばらく待ってみたが目を瞑っているエルラは無反応だ。仕方ないので、肩をぽん、と軽く叩く。
「まあ、来ていたのね! いらっしゃい」
一瞬口角が上がったがすぐに元に戻して涼しい表情をする。上から見下ろすような視線を見つめてきた。そして軽く咳払いをすれば喜んだ声からいつもの棘を感じさせる声に変わった。
「魔術練習を外ね。良いけれどどうして外に出なければならないのかしら?」
「あまり長い時間火をつけたままにしておけば火事の火種になります。それを防ぐため、外が良いかと」
結界を調べたらかなり火属性魔術と相性も良く、簡単には火事にならないようになっている。だが、誤りのある可能性を堂々と語る必要はない。建前さえあれば良いのだ。
「面倒よ。外に出るのは。何せ制服に着替えなければ」
面倒ならワンピースのままでも良いではないか。一応、敷地内は制服の着用を義務付けられている。だが、こんな異質な空気感を放つ毒闇の塔周辺に進んで来る者など珍しい。もし誰かに見つかったら教師だとか来客だとか誤魔化しておけばいいのではないか。
変なところで律儀である。アメリアに関しては昨日、普通にローブで出歩いていたし。
「着替えてくるわ」
本当に面倒そうに歩いていく。アメリアを見習ってほしい。褒められた話ではないが今もローブで出る気満々だろう。着替える素振りすら見せず、早くしてと表情で語っている。
ところで学園の制服はいつ手に入れた物なのだろうか。
毒闇の塔周辺には水辺があり、小さな池と小さな花庭があった。池の周りが雑草も生えてなくやりやすそうだと思い、陣取る。アリエッタとエルラはそれぞれが愛用する杖を、アメリアはアストロラーベと魔導書を用意する。
「じゃあ、後はよろしく。アリエッタ」
アメリアは座り込んで魔導書を開く。なんか可愛い独り言を漏らしている。ふふーんだとか何だとか。
「あの、よろしくって。どういうことでしょう」
「あたしの専門は占星術。あなたの専門は魔術。そしてエルラも魔術」
此処まで言えば分かるだろ、と言いたげな表情をして魔導書に視線を戻した。
「……はい。分かりました」
つまりエルラに指導しろ、ということか。じっと小さな炎を見つめる修行めいたものは、外ではやらないらしい。アメリアは外でしかできない魔術を練習させたいらしい。
明らかにアリエッタよりエルラとの付き合いが長いアメリアの方が彼女のことをよく分かっていそうだ。何せこの令嬢、とても扱いが難しそうな気配が漂っているのだ。
致し方ない。アメリアに逆らうと面倒そうなのだ。
何故か杖を構えてそわそわしているエルラに向かって声をかける。
「では。まず、どれくらいの実力なのか確かめたいので初級魔術である火炎球を……」
至って普通の質問だと思ったのだが、何故か怪訝な顔をされた。
「正気かしら?」
「はい。正気ですが。ああ。馬鹿にしすぎましたか。では中級魔術を見せて貰っても?」
そう言えばさらに青白くなる。また馬鹿にしてしまったか。令嬢には上級魔術だろうか。
「すみません。では。上級魔術……」
「ちょ、ちょっと。あなたの実力を見せてちょうだい」
言葉を遮って声をかけるエルラ。平民がやれば後が怖い行為だ。
一応、アリエッタは地水火風すべての属性の上級魔術を一通りこなせるため無茶振りにも対応できるが。
アリエッタは「この程度しかできないのか」と文句を言われ、自分の至らなさを実感することが大嫌いなのだ。




