第9話 火炎旋風
ロードナイトの杖を構えてじっと集中する。エルラに馬鹿にされないように最上級の魔法を見せなくては。
「よく、見ておいてください。とても素晴らしくも綺麗な魔術を見せますね」
「え、ええ」
余裕ない声だったエルラだが、アリエッタは魔術が使える高揚感で彼女の様子に気がつくことがなかった。
「へえ。面白そう」
いつのまにかアメリアもそばにきていた。
杖をそっと振り翳していつもより少し長めに詠唱する。詠唱を続るとアリエッタの腕には清らかな水のようなものが腕を伝って杖の方に流れていく。自身の魔力が杖にたまり、魔術を発動させる準備を整えているのだ。
「……火炎旋風」
そう呟いた瞬間、目の前にある池に火の竜巻が出来上がった。威力は相当あったようで此処まで暑さが伝わってくる。あまりの強さに風が吹きアリエッタは目を瞑る。
ごお、と良い音がたつ。自分で満足する出来栄えだ。この魔術を直撃した者がいたら、相当な重傷を負ってしまうだろう。
エルラも認めてくれるだろうか。馬鹿にされることはないだろうか。
しばらくして炎は消え去り、平穏が訪れる。我ながら綺麗で美しく、それでいて恐ろしいなと思った。
「どうでしょうかっ!」
珍しく語尾を跳ねて嬉しそうな表情をして振り返る。
そこには顔面蒼白なエルラと口を開けてぽかんとしているアメリアがいた。
「おふたり的にはどうでしょう? やはり至らないですかね?」
眉尻を下げて言うがふたりは無反応だ。新手の嫌がらせだろうか。
無視されたのかと思い始めた頃、ようやくアメリアが口を開いた。
「すごい。けど、やりすぎ」
やりすぎ。これは褒められたのだろうか。上等な嫌味だろうか。じっと考えているとアメリアがさらに言葉を紡ぐ。
「よく魔力切れを起こさないね」
ということはすごいということだろうか。馬鹿にされなくて済むだろうか。実力を認めてくれるだろうか。
「ありがとうございます」
よく分からないがお礼を言っておくに越したことはない。
さっきから硬直しているエルラにはアメリアが声をかけてくれた。
「エルラもなんか言って。エルラが持ちかけた話だし」
「す、すごいと思う……」
いつもの余裕のある笑みと優雅な仕草はどこかへおいてきたらしい。いつものエルラらしくない。
「あれはどうやってやるのかしら……。とても上手くできそうにないわ」
独り言のようにぽつりぽつりと呟く。そんなエルラは置いていかれた子どものようで。失敗を嘆く完璧ではない人で。どこか儚げで弱々しかった。
アリエッタはそっと座り込むエルラの前に跪く。
「あの魔術は応用編でして。風の魔術と火の魔術の応用です。まず、脳内で風の魔術を展開します。その後に火の術式も加えて……」
「もう、良いわ。結構よ。……そ、それくらい言われなくても分かるわ」
ぷい、とそっぽを向くエルラ。何だろう、とてもらしくない。本当に分かっているのか?
「あなたができることはわたしにもできるはずなのよ。良い? さっきの発言は聞いていないわよね?」
「……はい。聞いておりません」
何もできないことを隠す必要はないと思う。強がらなくていいのに。見栄を張る必要なんて全くないのに。
何より飛行魔術はアリエッタよりも動きにぶれがなく綺麗だった。
「できない自分を認めないと、成長はしませんよ」
「……何よ。余計なお世話ね。できるって言っているでしょう。人の話をちゃんと聞いていらっしゃるの?」
そう言っている割に顔面は酷く歪んでいるが。アリエッタを睨むような目つきだ。正直やめてほしい。
「できるのですか。では、見せていただけないでしょうか」
「どうして、見せなければならないの? わたしは誰かさんのように自分の実力をひけらかす趣味はないの。自慢するように魔術を使ったりなんかしないわ」
そもそもエルラの方から実力を見せろ、魔術を披露しろと要望したくせに忘れたのだろうか。挙げ句の果てには自慢だと解釈されるだなんて。
実力をひけらかす趣味とは。アリエッタはエルラの要望に答えただけなのに。言いがかりにも程がある。
……だが、残念なことにこれが貴族というものだ。自分の都合のいいように捉えて適当なことを良い、低身分の者を愚弄する。とても残念な生き物だ。同じ人間だとは到底思いたくない。
エルラは自身の綺麗な髪をぎゅっと握り、泣きそうな顔で大きく首を横に振っている。本当に認めたくないようだ。
そうして低く恐ろしい声で一言。
「あなたも化け物ね」
「エルラ。流石に酷い。……謝りなさい」
アリエッタの代わりにアメリアが声を上げる。その声はいつもより鋭かった。
エルラはプライドが許さないのかぎしぎしと歯軋りを立てる。令嬢さは微塵も感じられなかった。
「別に良いですよ。私は怒っていません。気にしていませんし」
貴族とはこういう生き物ですから、と心の中で呟いて。。
「あたしが許さない。アリエッタも調子乗らせちゃ駄目だよ」
淡々としているのに何故かアメリアは恐ろしかった。
「ここはあなたの楽園じゃない。都合の良い世界じゃないの。調子乗らないで」
「あの、私は全然……」
「駄目だよ。酷いこと言ったのだから。ちゃんと謝らせなきゃ」
アリエッタはどうすれば良いか分からず視線を彷徨わせた。アリエッタが大丈夫と言えば話は終わると思ったのに。
気がつけばアメリアが怒り、争っている。どうしてこうなったのか、わけが分からない。
だが、エルラが謝れば事が鎮まるだろうなということは何となく分かった。が、アリエッタにはそこまでエルラの言葉が酷いものには聞こえなかった。
別に化け物と言われようが構わない。ネフィシーとは違い、どこからどうみても人間だろうし。逆にアリエッタが人間以外の選択肢があるのなら、教えてほしい。
実力をひけらかす趣味といった発言も、言いがかりにしか聞こえないが、本当に捉えられても仕方がないと思う。怒る理由にはならない。
アリエッタにはこれまで見てきた人から分かる。
貴族というのは貴族としての矜持が傷つけられるのは酷く嫌いで苦手だという事を。
「わたしは魔術が嫌いなの。あんなもの、滅びてしまえばいいのよ」
髪で顔が隠れてしまっているせいでよく見えなかったが、おそらく醜く歪んだ顔でもしているのだろう。
好き嫌いは個人の感性なのでどうでも良いが。
滅びてしまえばいい。それはアリエッタが困るし、好きなものを否定されるのは本当に居た堪れない。
「そうですか。では、練習はもういらないですよね。杖も捨てたらどうでしょう」
滅びてしまえばいいと考えるのに都合よく飛行魔術や火の魔術は使い続ける。杖も捨てずに今も使い続けている。
些か理解できなかった。言動が矛盾している。
実に素直じゃない貴族令嬢だった。よく見ればエルラの杖はとても綺麗で手入れがきちんと施されている。
「なっ……」
エルラは顔を真っ赤にして視界を滲ませている。そうして、手を拳にしてアリエッタの顔面を殴ろうとする。反射的にアリエッタは目を瞑るがいつまで経っても痛みはこなかった。
直前で気がついて辞めたらしい。未遂に終わって安堵する。いや、別に殴られたらやり返せば良いだけの話か。
そうしてどすのきいた声で一言。
「あなたなんかがここに来るから。わたしは、狂わされた」




