幕間1 ブルーベリーの占星術師
エルラはアリエッタを見送った後、一息ついた。久しぶりに年の近い令嬢……否、彼女は平民だったろうか。ともかくアリエッタと話せて楽しいと思ってしまった。エルラとしては身分のことはあまり気にせずに話していたいのである。
たまに馬鹿にしてきたり、淡々と失礼なことを言ってきたりしたが久しぶりの会話に花を咲かせられたのではないだろうか。
また来る、なんて言葉は方便に過ぎないだろうが彼女には十分感謝している。
何せ、今まで怖くて分からなかったネフィシーが化け物だって証明された。それにより魔術使用が解禁されたのだ。今まで魔術を使えば最上階の不穏な結界に悪影響が出るのではと思っていた。だから自主的に魔術使用を控えていたのだが化け物には関係ない。
恐らくもう、ネフィシーは人間ではないから。
「よし、毒闇の塔で魔術を使うわよ」
ネフィシーの姿を自分の目ではっきりと見た訳ではないが、誰が化け物をこの目で見たいと思う。そんな人に気をつかう必要はない。故に、エルラは魔術を使うことにした。
外から薪を持ってきて窯に放り投げる。これから料理をして、夜ご飯を作るのだ。今まで火打石を使っていたが魔術でいけるのか。自然と瞳が輝く。
そうしてエルラは薪の前でかがみ込み、火の魔術を軽く詠唱する。
だが、杖から出てきた魔術の火は想像よりも威力の強いものだった。すぐに処理しないと塔全体が燃えてしまう。
「どうしよう。わたしはやはり凡才ね」
自己嫌悪の声を漏らし、あわあわと火を消すための水を探す。焦っているのか魔術で解決という方法は思いつかなかった。
「練習あるのみ。無謀な挑戦は禍いと化す」
理解できない言葉とともに現れたのは占星術師のアメリア・ジストリスだった。彼女は手を伸ばして、詠唱をし、威力の増した火まで消してくれている。
アメリアもエルラとともにこの塔で暮らしている。エルラが塔に訪れた時には既にここに住み着いていた。アメリアはすぐにエルラと打ち解けるために話をしてくれて、今に至る。
彼女はいい友人だが、いつも意味不明なことを言う。そして自由人だ。アメリアが時間に追われているところを見たことがない。そしてたまに「ふふーん」と言う何とも間抜けな声を出す。
いつも意味不明なことを言うので慣れてしまった。そのことに触れては負けだと思っている。
「ああ……来ていたのね」
何とか失敗を誤魔化そうとするがどう足掻いても無理そうだ。仕方ない、諦めよう。
「火の魔術を使っていたけど、この塔で魔術禁止って息巻いていたエルラはどこへいったの?」
やはりそこに触れてきたか。エルラはあらかじめ用意しておいた言葉を述べる。ネフィシーが化け物だったから今後は気兼ねなく使っていいよ、と。
「ふーん。ネフィシーが化け物だっていうの、それは本当なの? 実際に見て確認した?」
アメリアのごもっともな指摘にエルラは目をそらす。仕方ない。ネフィシーは何をしようが何を言おうが扉を全く開いてくれないのだ。
「無理に決まっているじゃない。あなたなら分かるでしょう。アメリアはネフィシーのこと実際に見たことがあるの?」
「出会った時以外はないよ。……だって興味ない」
特に表情は変わらず淡々と言う。興味ないなんて言えたらどれほど楽なのだろう。ちなみにエルラもネフィシーのことは出会った初期の頃以外は直接会っていない。正直に言ってしまうと彼の顔ももう思い出せない。
「安易な決定は後々痛い目見るかもだよ。気をつけて」
アメリアはいつも携帯しているアストロラーベを近くの棚に置き、こちらへ近づいてきた。
とてとてと歩く彼女は語彙の割にまだだいぶ幼い。
「あたしも料理、手伝う」
人任せなアメリアがこんなこと言うなんて珍しい。だが、同時に長い付き合いのせいで分かることもある。ろくなことにならない。
「ありがとう、気持ちだけ……」
「いつも家事とか色々任せてしまって申し訳ないから。たまにはあたしにも手伝わせて」
断ろうとしたら押し切られた。
そもそも伯爵令嬢のはずのエルラが料理すること自体がおかしいと思うのだが。皆に裏切られてしまったから仕方ない。自業自得だ。
身寄りを無くしていた頃に手を差し伸べてくれたのがネフィシーだったのだ。彼の計らいで今は毒闇の塔を住居にしている。
こんなに好奇心旺盛なアメリアは珍しい。アメリアに押されて頷いてしまった。
「今日は何を作るの?」
アメリアが目を丸くして聞いてくる。手伝ってくれた記念にご褒美をあげようか。
「アメリアの好きなものにしようかしらね」
できるだけ声を高くして彼女が楽しめるような雰囲気を作り上げる。
「デザート。甘いもの」
相変わらず淡白だが少しだけ語尾が跳ね上がっていることに気がつく。そういえば昔アメリアは自分のことを「甘美の占星術師」とか言っていた。
デザートと言うことは予想外だった。これから夕食の時間なのに。アメリアはメイン料理には興味ないらしい。だが、好きなものを作ると言った手前、そうしなくては。
「パフェ。ブルーベリー」
「……え、ええ」
途端にエルラの顔が強張ってくる。ブルーベリーのどこが甘くて美味しいのか分からない。だがアメリアは昔から美味しそうにブルーベリーを単体で頬張るのだ。
それにパフェに火魔術は不要だ。ただ盛り付けるだけだから。せっかく薪を用意したものの、無駄に終わってしまうのか。
「今日の夕食はブルーベリーパフェ。メイン料理はなしで良いよ。いっぱい甘いもの、食べよう」
「すごい偏食家ね。何だか羨ましいくらいの」
このまま放置したら餓死してしまいそうな思考の持ち主だ。エルラの料理をいただくまで、アメリアはどうやらまともな食事をとったことがなかったらしい。昔はパンがひとつ食べれたら良い方だったとか。
この食事量はアメリアの食の執着によるもので、毒闇の塔に住んで居場所を得てからもたくさん食べるようになったことはなかったそうだ。
「ブルーベリーの占星術師アメリア。……甘いものに出会えた時の感動は大きいよ」
それはすなわちほとんどが酸っぱいものだと言っているようなものではないか。エルラの隣で勝手にブルーベリーを頂くアメリアがいた。
「……はずれ」
酸っぱかったということか。甘いものに出会う確率の方が少ない気がするのだが。アメリアの探究心は素晴らしい。
「これは甘い予感。エルラ、いる?」
「い、頂いておくわ」
ひとつアメリアから受け取る。濃い青紫の色をしたブルーベリーだった。しばらく向き合った後、口へと運ぶ。
「お、美味しくない」
不意に漏れた言葉はこれだった。よく聞いてほしい、エルラは酸っぱいではなく美味しくないと言ったのだった。
それから、アメリアと共にパフェを作り始めた。ガラス容器にクリームやホイップなどをふんだんに詰め込む。
「ねえ、せっかくだし。チョコも入れよ〜」
アメリアは独自のスピードで勝手に容器にチョコレートを入れ出した。チョコレートは高級品なのに。どうしてやすやすと使えるのだろうか。
彼女の要望でブルーベリーをたくさん散りばめたものになる。
出来上がったものの見た目は綺麗とは言い難かった。一口味見してみたが、味は問題なさそうだ。
「チョコレートが甘い分、何だかブルーベリーが美味しく感じるわ」
「でしょ。やっぱあたしは味覚が分かるんだよ」
そう言った直後に「まあたまたまだけど」と言ったのをエルラは聞き逃さなかった。
そうして三つ、ブルーベリーのパフェを用意する。
「んー? 何で三つあるの? あたしたちしか人間はいないはずでしょ?」
「これはもちろんネフィシーの分よ」
「ネフィシーは化け物なんじゃなかったの? あれ、聞き間違えちゃった?」
確かに、言われてみればそうではないか。半ば無意識に用意してしまったが。何か言い訳を考えなくては。
「そうよ、化け物の食事なんていらないわよね。これは、今日訪れた副会長さまの分よ!」
「なんだ、アリエッタのことか」
ちょうど良い人が居て良かった。そもそもパフェはあまり日持ちがしない。すぐ食べてしまうのが良いだろう。
アリエッタの分はふたりでいただくとして。
今度、アリエッタにも振る舞おうと思った。




