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第7話 占星術師

「本日はありがとうございました」


 アリエッタは扉の前でエルラに向かって頭を下げる。ここにネフィシーがいないのが、毒闇の塔の現状を表しているような気がした。

 夕空はいつのまにか沈み、深い夜が訪れていた。


「良いのよ。久しぶりに他の人と話せて良か……まあ、悪くなかったわね」


 エルラは胸に手を当てて令嬢の笑みを向ける。完璧な所作で施された表情だった。素直に良いって言えば良いものを、悪くないで誤魔化して周りくどく言う。


「良ければ。明日以降もまた訪れてもよろしいでしょうか」

「ええ。待っているわ」


 どうせサンドレアのことだから、明日以降も平気で調査を命じてくるのだろう。彼が望むような調査結果を与えるつもりはないが。


 アリエッタは出る前にもう一度深くお辞儀をしてから毒闇の塔を出た。

 塔から出たその足でサンドレアに本日の報告をしようとする。生徒会室に急いで向かおうとするが、アリエッタは思い出した。


『いいかい? 僕に会いにくるのは太陽が沈む時までだ。それ以降は何があっても許さないよ』


 確か出会った当初にこのような旨を発言していた。その時に何故なのか理由も聞いたのだが。


『だって僕が光で輝いている姿しか見られたくないだろう? 僕に闇は似合わない』


 というしょうもなくてくだらない理由だったことだけは覚えている。


 到底、この理由が上辺だけの言葉だろうと安易に想像ついた。だからといって今、会いに行こうとは思わなかった。

 報告は明日にお預けだ。


 もう面倒だし、飛行魔術でさっさと寮へ帰ってしまおうと杖を取り出す。つい先日やってきたルームメイトが待っているのだ。


 だがそれを阻むように。


「侵入者。でも運命の星」


 淡々とした抑揚のない声で呟く声に足を取られた。言っていることも微妙に分からない。


 振り返れば月光に照らされ光り輝いている儚げな少女がいた。

 紫がかった白い髪と深い紫の瞳をしている。髪型は複雑で位置によって肩までの髪に見えたり、二つ結びに見えたりもした。

 よく貴族とは無縁の髪型をできるものだ。感心する。


 さらに少女は立体型のアストロラーベを宙に浮かせて持っていた。星占いに使う道具だが、何も宙に浮かせるものではない。魔力の無駄遣いだ。


「あたしは占星術師アメリア。アメリア・ジストリス」


 にこっと笑ってみせるアメリアだが、慣れてないのか逆に怖く見えた。


「あなたの運命、占ってあげようか?」


 特殊な髪型をゆらゆら揺らして近づいてきた。

 小柄な体型で中等部の生徒に見えなくもないがまだ幼そうだった。学園の制服は着ておらずいかにも魔術師を体現したような服装だった。侵入者とアリエッタに向かって言ったが服装だけではアメリアの方が侵入者ではないのか。


「結構です。早く帰りたいです」


 何となくアメリアと関わってはろくにならない気がした。不思議なものだ。出会って三秒で察せられるとは。


「つまらない人。……友達を無くすよ」


 そういえばエルラにもつまらないと言われた。自分でもつまらない人間だって自覚しているのだから何度も言わないで欲しい。 

 そもそもアリエッタには友達がいないので、その言葉はまったく効果をなさない。


 すぐに去ろうとしたことを察したのか。逃げ道を塞ぐかのようにアメリアはアリエッタの手をぎゅっと掴む。


「知りたいでしょ? アリエッタ」


 アメリアはアリエッタの名前を誇張して言う。恐らく何故名前を知っているのか疑問に思って欲しいのだろう。分かりやすく強調するせいで逆に白けた顔になる。


「いいえ。占星術は虚言の塊です。その変な道具も体裁を整えるために持っているようにしか見えません」


 気がつけば殴られても文句を言えないことを口走っていた。早く帰りたい気持ちが高揚してしまった。ただでさえいつもよりどこぞの王子のせいで帰りが遅くなってしまっているのだ。許して欲しい。


「その、根拠は? あたしは暗に未来を教えてあげるって言っているようなものなのに。あなたにはもう教えてあげない」


 どこか子どものように拗ねた可愛らしい表情をするアメリア。年頃の少女なのかもしれない。


「結構です。最初から私は望んでいませんよね?」


 占星術は星を使い、その動きなどで人の運命を判断して占う特殊な術だ。星の動きを完璧に見ることはできない。どんな一流の占星術師でも絶対はないという。


 いい加減で適当な占いを一流の占い屋と称して店をやっている愚か者もいた。

 一度占星術で占いをしてもらったが結果はアリエッタと正反対だった。「寡黙で超美形に恋をしてしまう」と。そもそもアリエッタは恋をしたことがないし、今後も恋愛の予定はない。自分が相手に惹かれることも余程のことがない限りないだろうと思う。

 何もアリエッタのことを分かっていなくて怒って帰ったことを思い出した。

 そんな適当な占いが嫌いだ。


「見えた。星は微笑み、栄冠を手にする。あの……なんて……ことができない」


 頼んでもないのに勝手に語り出した。しかも所々聞き取れない。恐らくアリエッタの運命を語ってくれているのだろうが抽象的すぎて全く分からない。

 さっき未来は教えないと言ったアメリアはどこへ行ったのだろう。


「あたしの占いは当たるよ」


 それは本筋をぼやかしているからではないか。それっぽい言葉を羅列して、占い大成功だとかいうつまらない商売をやっていそうで怖い。

 そんなことは思っても言えないけど。また失言をしてしまいそうだから。


「そうですか。よく覚えておきます」

 一秒でも早く忘れるようにします。


 心の中でそう呟く。占星術の特別な力と称してアリエッタの思考が読み取られないことを祈りつつ。


「ともかく。あたしが言いたいのはこれだけ」


 アメリアは目を瞑り深呼吸する。アストロラーベがきらきらと淡い光を発する。何か魔術でも使っているのだろう。


「あなたは……アリエッタはこれからも毒闇の塔に来なさい。必ず」


 淡々と命令口調で伝えてきた。アメリアの臣下になった覚えはないし従う必要もないと思われたが。


「はい。来る予定でいます」


 残念だがエルラに向かって既に明日も来ると言ってしまった。これはエルラへの裏切りと見なされる。致し方ない。

 それに一応、アリエッタは頼まれた仕事に文句は言うが、すっぽかすことはしない主義である。


「そう。素直な子だね」


 話はもう終わりだそうで、自ら去っていった。

 ……アリエッタは素直なのか。褒めてくれたのか。素直に受け取っておこう。

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