第48話 二面性
マリンルナと別れ、実家兼商店のローズナイト商店へ帰ってきた。
「ただいま……。はあ」
正面から入る。中には父か母どちらかがいるだろうと思い、外向きではない声で帰宅を告げる。やる気をなくして生きる気力がなさそうな声が出たことに自分でも驚く。
「おかえり。……随分と気怠げだな」
「何を。聞き慣れたものでしょう。……ああ。ネフィシーさまでしたのね」
勝手に父の声と判断してしまったが。ネフィシーと父の声はあまり似ていないのに。辺りを見回しても父も母もいない。
はあ、とアリエッタは盛大にため息をつく。まさか家での態度を露呈することになってしまうとは。平静を装うため散らかっていた店棚をさりげなく整える。
「ヴィティとバーバラと娘さんは。出かけて行った。久しぶりに家族でお出かけでもするとか言っていたぞ。エルラとアメリアは楽しそうに街を散策しているのではないか」
聞いてもないのに勝手に答えてくる。聞いてもないのに。
「私も一応家族なのですが」
「あ、ああ……」
とても触れにくそうな声をネフィシーは出す。これは完全に忘れられたパターンだ。別に今更家族と出かけても楽しめないだろうから、誘いは求めていないが。少しだけ寂しかった。
「それでネフィシーさまは店番を頼まれたのですか?」
「ああ。お金はあげるから、引き受けてくれって。エルラとアメリアはそう言われた瞬間逃げたぞ。損な役回りだ」
ネフィシーは十年はゆうに暮らせそうな大金を持っている。お金を貰えたところでちょっとした足しにしかならないだろう。
「嫌なら断れば良いだけです。それができなかったネフィシーさまが悪いのですからね」
「分かっている。……新入りとかお手伝いさんとか、助手とかはいないのか? 流石にふたりはきつくないのか?」
「数年前までは三人でした。どうやら三人いれば足りるそうです。今は知りません」
アリエッタに許可を取ることもなく勝手に店を手伝わされた経験がかなりある。手伝う度に銀貨一枚貰えたからまだ良かった。
「では、今のネフィシーさまは囚われの身ですね」
「そんなところだ」
毒闇の塔でも半ば囚われているのに。旅先でも誰かに捕まるとは。不憫だな、哀れになってくる。
改めてネフィシーを見る。彼は父がいつも使っている作業机に座って魔導書を眺めていた。店主でもないのに店主面だけは上手だ。
ネフィシーは今日もアリエッタが選んだ瑠璃色の髪飾りをつけていた。
「その飾りは最後の飾り用って言ったでしょう。どうして何気ないどうでも良い日につけているのです」
彼が死ぬかもしれないとか言うから。死に際の最後の装飾として渡したものだ。日常で着ける用として渡した覚えはない。
「死ぬ時だけでは勿体無い気がしたんだ」
アリエッタと視線を合わせて儚げに見つめてくる。
「使用用途はきちんと守ってください。分からないのでしたら紙に書いて伝えましょうか?」
使用用途を明確に言ったつもりはないが。今取り決めて仕舞えば良い。
「アリエッタは似合うって言いかけていたのに」
「気のせいです。髪飾りを引き立ててくれるって言いました。要はネフィシーさまという装飾によって髪飾りが輝いているのです」
輝いているのはネフィシーではなく髪飾りだと言いたいのだが伝わるのだろうか。人を装飾呼びするのは流石によろしくないか。
「髪飾りが輝くのなら、しまっておく必要はないな。つけておこう」
「あのですね。死に際に輝いていて素晴らしいですね、という意味です。普段から輝かせる必要はないのですよ」
負けた人の必死の足掻きにしか聞こえないのは何故だろう。言葉の言い争いは強いと自負していたのに。
「それにこの髪飾りは完全に女性用です。あなたの髪が長いとはいえ、男性がつけるのはあらぬ注目を浴びるかと」
「……何か問題があるのか。ヴィティだって耳飾りをつけているじゃないか」
「お父さまは装飾屋をやっているので。お洒落に目覚めるのも自然でしょう」
やっと言いくるめられた気がする。これで大人しく外してくれるとは思わないが。一度渡したものを返してと言うのも酷だろう。
「じゃあ俺もお洒落に目覚める」
近くにあった手鏡をとって、前髪を整え始めた。違う、そういうことを言いたかったのではない。
アリエッタは彼から視線を離して棚を見つめる。昔はもっと従順で気弱でおどおどしていたのに。今はアリエッタに対してあからさまに怯えるのが少なくなった気がする。
はあ、と肩を落としそうになれば、しゃらんと扉についている鈴が鳴った。客の来訪を知らせてくれるのだ。
「いらっしゃいませ!」
ついついお手伝いをしていた時の癖が残り、普段出さないような明るめの営業声を出してしまう。
「……そんな声も出せたんだな」
相変わらずネフィシーが茶化してくるが。彼には目もくれずに客の方へ視線を向けると。
「あら。アリエッタではないですか。こんな所にいらしていただなんて。奇遇ですわね」
サンドレアの妹だというジュリエがつばの広い可憐な帽子を被って来訪した。後ろには召使いのようにサンドレアを連れている。サンドレアも王子なのに尻に敷かれているのか。
彼の頬には、ジュリエに殴られたのか、あざが残っていた。
奇遇と言っているが、まったく奇遇ではなさそうだ。ここにアリエッタがいると知ってやってきているようにしか見えなかった。申し訳ないが。
「本日はどのようなご用件で。オーダーメイドでもしにきたのでしょうか?」
ヴィティお手製の魔導具は高価な分、性能も申し分ないとの噂だ。アリエッタのロードナイトの杖もヴィティが一から作ってくれたものである。ルミナイト学園の入学記念に頂いたものだ。
サンドレアとジュリエ相手にもう営業声は出さなくて良いかと思い、いつもの淡々とした口調に戻す。
「君はそんな媚を売るような猫撫で声も出せたんだね。意外だ」
玩具を面白がるようにアリエッタを見つめてくる。彼は頬をさすりながら、からかってくる。結構な傷になりそうだ。
「常時媚びているような声を出されているあなたに言われたくありません。演じることにしか執着がいっていない方に」
「何だ。酷い物言いだな。だが、嫌いじゃない」
サンドレアだから許される発言であって他の王族に言ってしまえば即刻死刑もありかねない。王族にあなたと言うとか恐ろしい。不敬と捉えられても致し方あるまい。
「ちょっとアクセサリーを見にきましたの。あなたの父親の装飾レベルを測ろうかと思いましてね」
「そうだね。君の父親のセンスは少し見てみたいな」
ふたりは仲良く店内を物色し始めた。このふたりに付き合うのは面倒そうだなと思いそっと離れようとしたが。
「アリエッタも一緒に見ませんか? わたくし、あなたの装飾意見もお聞きしたいの」
一緒に見ようと誘われた。
「いえ。私は少し……」
「どうせ暇でしょう? せっかくの機会ですのよ。断る理由が見つかりませんわ」
暇だと勝手に決めつけられ、半ば強制的に付き合わされた。ふと会話にずっと入ってこないネフィシーが気になって作業机の方を見た。彼は、肘をついて、魔導書で顔を隠すようにして眺めていた。姿勢は怪しいが、ふたりが気がつく様子はない。良い感じに逃げやがって。
「待ってください。こちらはシトリンの宝石ですわね。本物の宝石だなんて素晴らしいわ。一級品が並んでいるとは。みくびっていてはいけないようですわね」
ジュリエはシトリンの宝石があしらわれた耳飾りを手に取って満更でもなさそうにする。この調子だと購入してくれるか。
「見てください。こちらはお兄さまに似合いそうなアレキサンドライトですわ。光によって色が変わりますのよ」
「本当だ。本物だね。……僕と同じように」
確かに二面性を持っていそうなサンドレアには似合いそうだ。どうせこういう王子は普段の公務用と素の顔ふたつを持ち合わせている。まさにサンドレアのための飾りではないか。
「でも。これをつけることによってさらに輝きを増してしまわないか? 僕のことが露呈してしまうかもしれない」
「そうかもしれませんね。やめておきましょう」
先ほどから楽しそうに兄妹が話していてアリエッタが入る余地がない。元々会話する気などさらさらなかったからどうでも良いのだが。忍び足で去ってもばれないだろうか。
ゆっくり後ろ足で後退していると。
「何をしておりますの。あなたも会話に入りなさいよ」
ジュリエに釘を刺された。装飾品に夢中になっていそうだからチャンスだと思ったのに。
結局ふたりは見るだけ装飾品を見た挙句、満足そうに帰っていった。何も購入してくれず、アリエッタの時間だけが奪われてしまう結果になる。
逃れるのだけは上手なネフィシーが「お疲れさま」と呟いた。その言葉がすごく腹立たしくて彼の言葉を無視した。




