第47話 救うべきではない
アリエッタが見せた黄金の魔導具をマリンルナが覗き込んできた。興味深そうな顔をしたがほんの一瞬で険しい表情になった。
「あんた。奪ったのか?」
表情が抜け落ちて牙を剥き出しそうな剣呑さを感じられる。女性とはやはり恐ろしいところがある。自分が女性であることには触れずに。
「奪ったとは一体。人聞き悪いですね」
この魔導具が誰の所有物なのか言っていないのに。アリエッタのものかもしれないのに。勝手に奪ったなどと言ってほしくない。
「だってこれはネフィシーのものだろ。それともあんたが使命を代行することにしたのか? もしそうなら随分と聖人だな」
勝手にネフィシーのものだと決めつけられた。実際そうなのだが。
それにしても使命代行とは何なのだろうか。
「おっしゃている意味がよく分かりません」
「じゃあ、端的に問うよ。奪ったのか、奪ってないのか。いや。ネフィシーがあんたに渡したのか?」
「はい。奪ってはないです。そうですね、彼が渡しました。そこに私の意思は関与しておりません」
実際にはアリエッタが預かっても良いか、と言ったのがきっかけになったのだが。ネフィシーは最終的に自分からきちんとお願いしてきたし、嘘は混じっていない。
「あのなあ。これは大事なものだ。そうやすやす誰かの手に渡って良いものじゃない」
やはりマリンルナは知っている側か。それだけでも十分な収穫と見て良い。ここで撤退しても良いが、どうせならこの魔導具の用途や構造でも聞いてから帰ろう。
「こいつの存在があたしを。いや、ネフィシーをここまで追いやったと言っても過言じゃないぞ」
アリエッタはそう言われてじっと魔導具を見つめる。装飾は綺麗でアンティークインテリアにもなりそうなのに。
「そしてこれは誰にも知られてはならない。秘匿任務だからな」
「なるほど。秘匿ですか。ちなみにその情報も秘匿にはならないのでしょうか?」
アリエッタに指摘されて「あっ」と口を噤むマリンルナ。指摘しなければさらに奥深くまで秘匿が掘れてただろうが。流石に最後の良心が許さなかった。
「まあ。良い。あんたはヴィティの娘なんだろ。そこはあまり関係ないが。……ネフィシーのことを知りたいと思うのか?」
真剣な表情で覚悟を問われた。ネフィシーのことを知りたいのか。一番答えに困る質問を。アリエッタは基本人には干渉しないと決めている。誰にも興味を持たないと誓える自信があった。
「知りたいとは思いません。……ですが知ってどうにかなるのなら知る価値は十分にあると思います」
少しでもネフィシーが楽になってくれたらそれで良い。アリエッタの拙い方法が何かに繋がるとは到底思えないが。
「じゃあ少しだけ教えてやる。分かっていると思うが、どこの誰にも言うなよ? ヴィティにも。ネフィシーでさえも口を噤め」
アリエッタが黙って頷いたのを確認するとマリンルナは口を開いた。
「あんたは『七人の悪勇者』と『黒魔術の大悪魔』っていう単語は聞いたことがあるか?」
「なんか聞いたことがあるような……? ですがよく分かりません」
初めて聞く単語ではない。記憶を辿ってみると、あの胡散臭い王子の顔が浮かんだ。
『辞めておいた方がいいよ。あれは……黒魔術の大悪魔だ』
サンドレアが以前言っていた言葉だ。その当時初出の言葉で引っかかったのを思い出した。
「だろうな。王国には影の組織もある、という露呈にしかならないだろうし。あたしの境遇も誰も理解してくれない」
内部実情はよく分からないままだが、王国秘匿組織と言ったところか。
「ネフィシーは『黒魔術の大悪魔』なんだよ。王国から見放され、二度と普通の生活になんて戻れはしない」
言いながら酷く歪んだ表情をした。マリンルナは涙が滲み出そうなのを必死に堪えている。
「そして魔導具は。『悪魔の魔導具』なんて呼ばれていてな。あいつの身体を蝕む。使えば、いや。使うことにならざるを得なければ血飛沫をあげ、時に致命傷を負う。最悪死に至るぞ」
「致命傷……。私見たことがありますよ。ネフィシーさまが血の海に溺れているところ」
そう言った瞬間マリンルナは目を丸くした。口も開けて呆然としている。
他にも、ネフィシーはこの魔導具を触った時に汗が滲んでいた。あの時何か言ってあげた方が良かったのか。気が付かないふりを決行したけど。
「あんた、その時どう思った?」
「特に何も。何かあっただろうとは思いましたが当時は彼に興味はなかったので。何も聞いていませんし」
その後、アリエッタが倒れてしまったせいで記憶が曖昧だ。
「何も思わない? かなり無頓着なんだな」
「そうですね」
それはアリエッタもつくづく感じていた。自分は誰かと関係を深めるのは向いていないと昔から薄々気がついていた。
「おいおい。さっきから冷静すぎないか。何だよ、淡々と言いやがって」
「え。そうでしょうか?」
冷静すぎるも何もアリエッタの通常運転だ。露骨にリアクションした方が良いのだろうか。逆に嫌がりそうだが。
「とにかくあたしが言いたいのは。ネフィシーを。救おうとなんて考えるなよ。逆に救われない方が幸せかもしれないんだ」
「その言葉、以前ネフィシーさまも同じようなこと言っていました」
その時の彼はマリンルナと境遇が同じだとは言っていないとか何だとかほざいていたが。
「そうだ。ネフィシーは間違っても踏み込ませるな。その魔導具も大人しく返した方が身のためかもしれんぞ」
ずっとネフィシーとは距離を置くべきだと頭では何となく分かっていた。
「だが、あたしのことは、その。救いたいという感情を持っても構わない」
要はネフィシーは救ってはいけないがマリンルナなら救っても良いということか。如雨露を投げつけて感情的に叫ぶマリンルナとはまるで別人だ。どことなくエルラと同じ雰囲気を感じる。
「アリエッタ。またきてくれたらあたしは喜ぶかもしれんぞ」
そう言ってぷい、とそっぽを向く。かなり翻訳が大変な言い方だった。




