第45話 流星の願い
「俺がこの世から魂を消しても。アリエッタは普通の幸せな日々を送ってほしい」
ネフィシーは消えそうな儚い瞳でそれでも力強い声で言う。覚悟を決めた者の声だ。
「待ってください、魂を消すって。もうすぐ、命を落とす……もう。あなたには会えないってことでしょうか」
基本的に動揺しないアリエッタだが、今回は瞳が揺れて、上手く言葉が紡げない。もうあなたには会えないって。別れを惜しむ人のようではないか。
……別に今すぐ二度と会えなくなっても、無感情で終わる自信があるのに。
どうして、どうして……。こんなにも鼓動が早くなる。焦燥に駆られている。
「分からない。だけど、魔導具を使えば。俺は死ぬ。それが早まるか遅くなるかの違いでしかない」
自傷行為を施す魔導具もあると聞く。その魔導具を使おうか迷っていると自白したのか。どうしよう、何と声かければ良いか。早く冷静にならなくては。いつものアリエッタらしくない。
「せめて最後の装飾には」
アリエッタは懐を探る。死ぬのを否定するつもりはない。あの時、ネフィシーに誤魔化すために必要なく買った髪飾りだ。
きっとアリエッタよりもネフィシーがつけた方が纏う雰囲気や色合いから鑑みても最適解の気がした。
「青の蝶の飾りをつけてはくれませんか?」
「青ではなく瑠璃だ」
蝶が縁取られている髪飾りは、死ぬ時の象徴のようで。もうすぐ羽ばたく蝶のように儚く消えてしまいそうな雰囲気があった。
彼は、微妙な色の修正をしてくる。違う、光の加減で色を間違えただけだ。青と瑠璃など。そんな分かりやすい間違いはするつもりはない。
「……アリエッタが望むなら。喜んでつけよう」
ネフィシーは微笑んだ後、背を向けて少し屈んだ。
「つけてくれないか?」
いつものアリエッタなら言い訳を言って断っていただろう。だが、もうすぐ生命の火が消える者のお願いくらいは聞いてあげようと思う。
アリエッタはネフィシーの長い紺色の髪に手をかける。今日もいつものように後頭部の高い位置で髪を結っている。
蝶が加わることによっていつもより少しだけ華やかになった。
「私がつけるより。ネフィシーさまがつけた方が似合……いえ、よく髪飾りを引き立てていて素晴らしいと思います」
「……ありがとう」
その後、ふたりは海辺に座って星と海を眺めていた。ネフィシーは覚悟を決めているようだが、怯えは完全に消せていなかった。
「ネフィシーさま。魔導具を使うって。自死するってことでしょうか。あなたが望んでいる行動なのですか?」
「アリエッタ。勘違いしているようだが」
ネフィシーの瑠璃の瞳はいつもより深いところを彷徨っているように見えた。
「救おうだなんて考えるな、って言ったよな。俺が自死を選ぼうが何かに殺されようが。干渉しないでほしい」
杖をぎゅっと握りしめて縋るように言う。声は震えていた。ネフィシーは逡巡した後、海の方をじっと見つめながら口を開く。
「正直に話そう。本当は生きたいよ。そして俺の抱える魔導具が、使命が。誰かの手によって救われることも知っている。……だが。それと同時に」
生きたいなら生きれば良いのに。そんな単純な話では無いのか。
「誰かに頼って。力を借りるのが。俺はとてつもなく怖いのだ。そんな誰かの力あってしか生きられないのなら、俺は死を選ぶ」
とてつもなく極端な思考だ。アリエッタだって誰かに頼りっぱなしは嫌いだ。だが、何より生存が一番大事だと思っている。生存が危ぶまれるなら他人だって利用する。
「最終的にはネフィシーさまの自由にするべきだと思いますが。まだ死ぬには早いと思います。自死する日は私が指定します。だから」
ここで言葉に詰まる。何と言うべきか。正解を言える自信がないが、アリエッタなりに頑張ろう。
「その、魔導具とやら。私が持って置いてよろしいでしょうか?」
「え……?」
ネフィシーは本気で困惑した。魔導具を持っていたら、彼が死ぬ可能性があるのなら、それを未然に防ぐために。アリエッタが代わりに持っておく。筋が通っていてとても綺麗な言い分だと思う。
「……っ」
彼は胸元をぎゅっと握りしめて逡巡した。軽く息を吐いている。額からは汗が滲んでいた。彼は小さく頷いたのち、震える手でその魔導具を差し出してきた。小さな黄金に煌めく時計だった。
「あの時の……」
ネフィシーに無詠唱魔術を教えてもらう直前の時のこと。彼はこの魔導具を隠すように針を動かしていたことを思い出す。
当時は必死に全身を使って存在を隠していたのに。今は何も隠すことはしなくて良いのか。やすやすアリエッタの手に渡って良いのか。
「しばらく持って置いてくれないか? そうしたら少しだけ解放されたような気がする」
随分とアリエッタを信頼してしまうようになったな、と思う。昔のネフィシーなら、誰かに大切なものを預けようとはしないだろう。
「言われなくても。持っておくって言っているではないですか」
これで、ネフィシーが少しでも楽になってくれるなら構わない。それに。
「面白い魔導具ですね! 折角ですし、内部構造とか分解してしっかり見てみたいですね」
魔術好きアリエッタが興奮するには十分だった。目を輝かせて、黄金の煌めきを目に焼き付ける。
「……分解はしないでほしい。分解はするな」
余程大事なことなのか二回言った。いつもに比べて、低い声になっていた。ネフィシーはきつく言った後、ふっ、と息を吐いて微笑んだ。ほんの少し前までは食事も喉が通らなかった人と同一人物だとは。にわかに信じがたかった。
「笑えるようになったなら。良かったです」
アリエッタはふと星空を見上げる。無数の星がこちらの様子を見守ってくれているような空間だ。次々と流れる流星群を見て、アリエッタは目を瞑って願い事をする。
(ネフィシーさまが、何も抱えることなく『普通』の日々を送れますように)
自分のことではなくこんなにも他人に干渉するアリエッタだったっけ。出てきた願い事に疑問を持ちつつも瞳を開いた。
「何を願った?」
「何でしょうね。少なくともあなたのことを願ってはいませんよ」
平然と嘘をついた。これについては擁護のしようがない、いつものような言い訳も思いつかない。だからその事に触れないで欲しい。
「俺は。……アリエッタたちと平穏無事に幸せな生活が送れますように。って願った」
聞いてもいないのに勝手に語り出した。俯きがちに呟く彼は柔らかでそれでも芯がある声で願いを語った。
ネフィシーは星明かりに灯された光の中、消えそうな綺麗な笑みを溢した。彼のことはアリエッタが責任を持って殺さないようにしなければ。アリエッタは、黄金の魔導具をぎゅっと握りしめた。




