第44話 違和感の食卓
ローズナイト魔術店は一階部分が店、二階部分が住居となっている。アリエッタ、エルラ、アメリアの三人は二階部分でくつろいでいた。各々、魔導書を読んだり、ソファに寝そべったりしている。
「バーバラお母さま。わたし、お手伝いしましょうかしら?」
「あたしもいるよ」
エルラとアメリアは母が作っている料理を手伝おうとしている。なんと律儀な。
「良いの。せっかくおもてなしされる側なのだから。楽しみに待っていてちょうだい。……その代わりに赤子の面倒を見てくれないかしら?」
「ええ。任せてちょうだい」
エルラが胸を張り切る。アメリアもうんうんと頷く。
アリエッタは残念ながら子供がとても苦手なため、一目見たあと、少し離れたところに位置するソファでひとりくつろいだ。
母の手料理は美味しい。久しぶりに口にできることを密かに喜んでいた。誰にも悟られぬように無表情を保つが。
やがて太陽が沈み、辺りが闇のように黒くなった刻。
「出来たわ。今日はお客さまがたくさんだから。張り切っちゃったわ!」
母はビュッフェのように提供してきた。好きなものは自分で好きなだけ取るスタイルだ。様々な料理が並んでいる。一口サイズに切り取られた蜂蜜トースト、キャベツの肉巻き、ビーフステーキ、ポトフなど普段より豪華な食卓が机上を包みこむ。
「うわあ。たくさんね。ありがとうございます」
「あたしからもありがとう」
「遠慮せずにたくさん食べるのよ。おかわりも用意してあるからね」
ふたりは瞳を輝かせてお皿に盛り付けていく。その隣でアリエッタはひとり模索していた。どうしたら皆にたくさん食べたことを暴かれずに、できるだけ多く口に運ぶことができるのだろうかを。
とりあえず標準的な量を盛り付ける。早食いを頑張り、人の目を盗んでは盛り付けるを繰り返すか。
アリエッタはマカロニクリームを一口いただく。重厚なクリームの溶け込み具合、柔らかな食感、甘美へ誘うようなとろける口溶け。完璧だ。美味しい。気がつけば人の目を気にすることはなく好きなだけ盛り付ける。
各々が好きなように食事を楽しむ中。ひとりだけ明らかに様子がおかしい人がいた。蜂蜜トーストをひとつだけ皿に盛り付けて、まだ何も口に運んでいない者を。
ずっとトーストを見つめている。食べるのを躊躇って噛み締めているようには見えなかった。
「……食べないのですか? 冷めますし、早くしないとなくなってしまいますよ」
別に急かしているわけではない。ただ、母の手料理を口に運ばないのは勿体無い気がした。
「……ああ。食べる」
アリエッタに言われてようやく慌てふためいて、ネフィシーはトーストを口に運ぶ。
だが、それだけだった。次の瞬間には彼は再び、憂いを帯びた表情で俯いていた。母の料理が美味しくなかったという単純な理由ではなさそうだ。
蜂蜜は彼の好物だと思っているのに。
「アメリア、このローストビーフ、美味しいわ。ぜひ食べてみて」
「もう食べたよ。美味しかったね」
「そうよ。もっとふたりとも頂くのよ!」
エルラとアメリア、それに加えて母が三人で美味しいとはしゃいでいる。純粋にはしゃいでいるようだ。父は黙って口角をあげて食事を楽しんでいた。
ネフィシーも楽しめば良いのに。
「あなたが何を抱えていようが、知りませんし、深掘りするつもりはございませんが」
気がつけばネフィシーに向かって口を開いていた。また碌でもないことを言いそうだ。
「その感情を食事に持ち込むのは些か品がないかと。せっかくの食事なのです。作ってくれたお母さまに申し訳ないとは思わないのですか?」
「……普通に食べている」
全然食べていない。まだ一口しか食べていないと残念ながらアリエッタにはバレている。
「こういう時くらいは楽しまないと」
ネフィシーの許可なく、勝手に彼の皿に料理を盛り付けた。微かな声量で「……いらない」と呟いていたが、聞こえないふりをした。
「……っ」
彼は小さく息を吐いたのち、無理やり、抗うかのように食事を口に入れた。これは駄目なやつだ。相当な重症だ。
まあ、ここは見ないふりを決行しよう。アリエッタは彼を一瞥するだけにとどめる。
気がつけば皆食べ終わり、片付け作業に移っていた。ネフィシーの皿の上の料理ほとんど減っておらず、ずっと焦点は虚ろだった。
「ネフィシー。ゆっくりで良いのよ。わたしは食事を遅い人を否定しないの!」
どうやら母はネフィシーが食事が遅い人だと勘違いしているらしい。「そう、これも個性!」と言っている。
「バーバラ。星が見たい。一緒に見に行こう」
アメリアが急に母を誘ってきた。突拍子もないことを言う。確か今日は流星群の日だったろうか。アリエッタは興味ないし、見にいくつもりもないので、無縁だが。
「星。占星術の研究とか何かかしら。是非!」
「ううん。今日は流星群らしい。とても綺麗だから。あ、エルラも行くよ。ヴィティも良かったら来なよ」
何故かアリエッタは誘われなかった。仲間はずれかと思ったら、アメリアはこう言った。
「アリエッタはネフィシーの様子を見てあげて」
何を馬鹿な。星ではなくネフィシーを見ることになるなんて。星は綺麗で美しいから、嫌いではないのに。
「あの、私も星を。流星群、少なくともネフィシーさまより興味あります」
「アリエッタはネフィシー」
断固として譲ってはくれなかった。
何故アリエッタに面倒ごとを押し付ける。明らかに様子のおかしい人間の世話をするなんて。
今のネフィシーみたいな人は、ひとりになりたい期間だろうに。
アリエッタは仕方なくネフィシーの対面に座った。先ほどまでの賑やかな空気とは一転、静寂が場を支配した。
「アリエッタか。……これ、いるか?」
アリエッタが盛り注いだ料理を差し出してくる。
「いりません。ちゃんと食べてください」
「……ああ」
アリエッタの言葉に律儀に反応してまた少し、口に運んだ。
「皆は星を見に行ったようだな。……すまないな。俺の方に残らせてしまって」
「別に。その辛気臭い顔を見せられるのは鬱陶しいですが」
「俺は……そんな表情をしているのか?」
自覚がないのか。驚いたように目を開く。
「少なくとも私には。……ほら」
ネフィシーからフォークを奪いブロッコリーをさして、彼の口元へ引き寄せる。
「え、何……?」
「ほら、口を開けるのです。そうでもしないと食べないのでしょう?」
「あ、ああ」
ネフィシーは戸惑いながらも小さく口を開けた。そこにフォークを押し込んで流し込ませる。
以前恋愛小説を読まされた時、同様のシーンがあった。食べ合いっこをするシーンでヒロインが照れていたが。何に照れているのか当時のアリエッタには全く分からなかった。そして、今も分からない。
彼は少し頬を赤めているけど。
「冷めていたら美味しさも半減されますよね、熱魔術で温めましょう」
軽く詠唱すれば料理が淡い光に包み込まれれる。熱量を調整しながら、魔術を使用した。
「これで、問題ないですね」
「あ、ありがとう……」
本当にほんの少しだけだが、ネフィシーは活気を取り戻してくれた気がした。ゆっくりだが、ちゃんと食べてくれている。食品たちが廃棄されることにならなくて良かった。
どれくらい時間が経っただろう。ようやくネフィシーは皿を空にして、食べ終わらせた。
「……アリエッタ」
彼は怯えているような怖さを必死に隠すような優しい声でアリエッタの名前を呼ぶ。視線で返事をすると。
「星が見たい」
アリエッタが星を見たがっていたことを察してのことだろうか。断る理由もないので「良いですよ」と言って立ち上がる。
ネフィシーは分かりやすく嬉しそうにした。
「海辺で見ると、灯りが少ないのでよく見えるのですよ。行きますか?」
「ああ、行く」
ネフィシーはぶかぶかの漆黒のローブを羽織った。
「その大きさのローブ、どうにかならないのですか」
「どうにか出来ていたら、やっている」
そう短く呟いていただけだった。ネフィシーは杖を振り翳して無詠唱魔術を使った。すると杖の先端部分の瑠璃の宝石が煌々と輝く。
「この街は田舎ではないので。灯りは不要ですが。まあネフィシーさまには必要かもしれませんね」
「どういうことだ?」
「足元がよく見えず躓いてしまうのですよ」
昼間でも階段などの障害物がある場所で躓くのに。夜だと何も無いところで普通に足を踏んでしまいそうだ。
ネフィシーは何も言わずに歩き出した。言い返せなかったのか。アリエッタもついていく。
道中のふたりはかなり異質な人間として映っていたのだろうか。周りが微笑ましく見守っていた。皆ネフィシーが躓かないように見守っていたのか。
「綺麗だな」
杖の光を消して、ネフィシーは手を伸ばす。今日は数年に一度の流星群の日だ。流れ星が、煌めいている。何を願おうか。
「人生の最後に、こんな綺麗な景色が見えた。……ありがとう」
手を伸ばしたまま複雑な笑みでネフィシーは綺麗だという。彼が喜んでくれるなら良かったが、どうしてもある言葉が気になる。
「……人生の最後?」
「ああ、いや違う……。よくある比喩表現。そうだ」
杖を握りしめて急に慌て出す。人生の最後が何の比喩だ。反論が下手すぎにも程がある。だが、次の瞬間の言葉は本当に、人生の最後の言葉だった。
「俺がこの世から魂を消しても。アリエッタは普通の幸せな日々を送ってほしい」




