第43話 王子の妹
サンドレアから奇遇だね、なんて言葉を聞くと、アリエッタは背筋に悪寒が走った。何故胡散臭い演者王子がこんなところにいる。
「どうしてこんな所にいるかって? そりゃ妹が行きたいなんて言うから。どうやらこの街には毎年この時期になれば、祭りが催されるらしいね。そこに参加しに来たんだよ」
「妹? 謎に現れた少女のことでしょうか」
アリエッタが質問している訳でもないのに勝手に語り出す。まるでアリエッタの心の内が見えているかのように。さっき少女は兄上と言っていたし。
祭りといえば、アリエッタは参加したことがないが。そんな毎年祭りが開かれていたことすら初耳だ。
「ああ。そうだよ。……彼女はジュリエだ」
「あなたのせいで私の名前がこの人に暴かれたのですか。本当に余計なことを……」
「ん? 何を言っているのかい?」
サンドレアは本当に分からないのか人形のように首を傾げる。
「わたくしがアリエッタと言いましたの。浅はかでしたでしょうか。配慮が足りずに申し訳ございませんこと」
「いや、いいよ。だって僕の妹だから」
少女はサンドレアの肩に頭を乗せている。随分と距離が近い。アリエッタなら兄がいたとしても丁重に断る行動だ。
「あ、サンドレア。久しぶり」
話がひと段落するとアメリアが声をかける。敬語は。敬称は。極刑当然の事を平然とやってのける。一度殺されかけたらしいのに。
「ああ。久しぶり。ええと君は……」
顎に手を当てて思い出す素振りを見せる。王子の顔を立てるなどということを彼女は知らないようで。間髪入れずに自己紹介を始めた。
「占星術師アメリア。アメリア・ジストリス。覚えてね」
「ああ。勿論覚えているよ、アメリア」
慌てて笑みを作って覚えている発言されても。アリエッタなら全く嬉しくない。アメリアの名前は誰からも覚えてもらえない気もするが気のせいなのだろうか。
サンドレアとアメリアが話しているのでアリエッタはしばし懐かしい街の雰囲気を眺めていると。
「あ……」
街のお出かけにはついて来させなかったネフィシーがこちらへ向かって歩いていた。やがてネフィシーもアリエッタたちの存在に気がつき目で反応する。
彼は急いでいるのか、瞳を大きく開いたのち、足早にその場を去っていった。長いローブを踏みつけそうな勢いで慌てて走っていた。
そんなにアリエッタたちが怖いならもっと早く言えば良いものを。それか、サンドレアが怖い、とかだろうか。
アリエッタは何となく振り返ってネフィシーの様子を見る。
「どうしたの?」
「いえ、あれ。あの……」
一緒に振り返ったエルラに指を差して彼の存在を教える。
「ネフィシーね。相変わらず格好悪いわね」
勘違いとはいえ、つい最近までエルラから英雄よ、格好良いと言われていたのに。真実を知れば彼女からの評価が天と地の差になってしまうとは。おいたわしや。
「ああ。アリエッタ。君はどうしてこんな所に? 僕の命令した調査を行わないとか。見損なったよ」
アメリアとの会話は終わったようで再びアリエッタに焦点があたる。
「そんな毎日行わなければならないのですか」
「当たり前だよ」
当たり前と言われても。帰郷くらいしても問題ないのではないだろうか。全寮制のルミナイト学園は、家族に会える期間や時間だって限られているのに。
何も知らないアメリアは「調査?」と疑問符を浮かべている。エルラも同様だ。調査していることはネフィシーにだけ明かしたのだっけ。
「……塔内部の同行者さまたちが旅行に行きたい、アリエッタと一緒に行きたい。とほざいておりましたので。仕方なくついて行っているのです。つまりこれも調査の一環です」
正確にはアリエッタ「と」ではなくアリエッタ「が」なのだが。細かいことはどうでも良い。
「君は、人間のおねだりを聞くような人だったのか?」
「聞きませんよ。あなたからのおねだりや要望など気色悪い。時間の無駄です」
サンドレアが上擦った声を出してもお断りだ。帰郷に王子殿下をほいほい使わせるかという話もあるが。
「まあ。良い。塔内部に残された人間はいるか? くろま……いや、ね……でもない。とにかく残された人間は」
「私の知る限りでは全員連れてきました。どこか隠し部屋に隠れている人がいない限りは、大丈夫でしょう」
あの引きこもり魔術師ネフィシーもちゃんと連れてきた。残された人間とか物騒なことは言わないでほしい。
「全員? あいつも?」
「あいつがどなたを指すか分かりませんが。全員、ですね」
恐らくネフィシーのことを言っているのだと思う。先ほどネフィシーの名前を言おうとして上手く言えてなかったし。くろま、というのは何を指すのか分からないが。
サンドレアはほんの一瞬信じられない、と言いたげに瞳を揺らした。
「何でもない。驚いたよ。君がそんなに変化するなんてな。……うん。今日の所はこれにて失礼。……行こう」
「ええ。お兄さま」
妹はだというジュリエを引き連れてサンドレアは去っていった。
「なんか慌てているね、サンドレア」
「はい。本人は冷静で完璧な動作だと思ってそうですが」
ずっと黙っていたエルラはというと。
「ねえ。あれが殿下なのね。素晴らしいわ。気品、顔立ち、佇まい。流石殿下ね」
恐らくエルラには殿下フィルターがかかった状態でしかサンドレアを見えていないだろうと思う。あれを格好良いという奴とは速攻で縁を切ろうと誓っていたが。
エルラは殿下にときめくタイプか。彼女への評価が下がったぞ。
「だけれど。わたしにはときめかなかった。将来の奥方にしたいとは思わなかったわ」
殿下フィルターは上手く機能しなくて良かった。これなら縁を切らなくて済みそうだ。
「はい。あれの奥方は辞めましょう。大丈夫、エルラさまにはきっと良い殿方が見つかります」
「そうね」
完璧な動作はエルラの前でも通用しなかった。日頃サンドレアを見て黄色い悲鳴をあげている連中は彼のことをちゃんと見えていないと思う。
アリエッタはため息をついた。今日は気分の悪い日になりそうだ。




