第42話 リル・マリンシー
リル・マリンシーは流行を意識した服飾屋だ。特に水着の売れ筋がすごいらしく、店内の半分は水着で埋め尽くされていた。
「じゃあ。決めていきましょう」
「ちょっと待ってください。値段は幾らでしょう?」
水着なんて買わないから相場など分からないが、明らかに高いものは判別がつく。アリエッタの実家は服飾も展開しているから大体は分かると思う。
あくまで実家のメインは魔導具や装飾だから、水着などローズナイト商店では取り扱っていない。
「アリエッタ、ネフィシーからたくさんお金はもらったでしょ。心配いらないよ」
ネフィシーは外に出るならお金は必要だと言われ金貨がびっしり詰まった巾着を三人それぞれに渡したのだった。いつどこでためたお金なのだろう。
アリエッタはたまに実家から仕送りがあるから必要ないって突き返したが、何かあったらどうすると念を押された。結局押し負けて懐に忍ばせてある。
「そうねえ。銀貨二枚から三枚くらいかしら」
「なるほど」
ちなみに実家に売っている魔力が込められたローブは銀貨七枚ほど。魔力付与代が銀貨三枚だと仮定してもこのお店はだいぶ安い。
「お金に関しては問題ないかと。では。少し店内を物色させてください」
アリエッタはふたりの手を引っ張って売り場のある棚へ移動する。当然のように店主もついてくるので釘を刺しておく。
「あの。私たちで見たいので。邪魔です。仕事は進めなくて大丈夫なのでしょうか」
喧嘩を言うような言い方になってしまった。まあ、この買い物が終われば二度と会わないだろうから。印象よくとか考えなくて良いと思う。
「わたしたちの仕事は客の隣に立って似合う服装を考えることなのよ」
「その仕事ならわたくしが。引き受けますわ」
背後から凛としたしっかりと響き渡る声が聞こえてきた。この声は聞いたことがある。振り返れば彼女は口元を不気味に上にあげた。
先ほど銅像で気になる言葉を残した、令嬢のような佇まいの少女だった。流石に日傘は差していない。だが、つばの広い帽子で目元をすっぽり隠していた。長い白銀の髪は背に垂らしている。
「失礼ですがあなたは何者でしょう」
「あなたはアリエッタと申しますわよね。そちらの女性たちは存じ上げませんが」
答えになってない回答を返してきた。何者なのか答える気はないということだろう。アリエッタだけ名前を知っているというとはどういうことだろう。疑問に思ったがあからさまに顔に出すほどアリエッタは馬鹿ではない。
「まあ。じきに分かりますわ。して、そこの店主。それはわたくしが引き受けると申したでしょう。さっさと去りなさいな」
「あ、はい。失礼しました」
自分のお店だというのに謎の少女に主導を握られ呆気なく店主はその場を去っていった。少女の只ならぬ雰囲気が恐ろしかったのだろう。一瞬にしてその場の支配者のような空気を保ったのだから。
「ではわたくしは。そちらで休んでおきますわ。口は挟みませんの。そういうのをアリエッタは望んでいるのでしょう」
「気安く名前を呼ばないでください。気色悪いです」
彼女は扇を優雅に開いて口元を隠したのち、近くにあった椅子に腰掛けた。アリエッタは彼女に名前を教えた覚えはないが。
「よし。では、決めるわ!」
先陣を切ったのは張り切っているエルラだ。棚を掻き分けてお目当てを探っている。アメリアは適当にひとつとって早々に試着室へ行ってしまった。興味なさそうだ。
「ちょっと。アメリアは早すぎるわ。まあ、良いわ。わたしにはわたしのペースがあるもの」
アリエッタも店の端っこから黒のワンピース型のものを見つけた。ふんわりしたスカート型だ。上に長袖の上着を着たら完璧だ。アリエッタも試着へ行く。エルラがまた独り言を叫ぶように呟いたが無視した。
「アリエッタ、あたしは完成。すごく良いよ」
「私ももうすぐです。ちょっと待ってください」
アリエッタも着替え終わり、レースのカーテンを開ける。その視線の先にはつばの広がった麦わら帽子を被り、洒落た服装のアメリアがいた。白のレース水着を着こなしている。へそは出していたが、アメリアからは珍しく上品さを感じた。ビキニなんてものを選んでなくてよかった。ちゃんとスカート型だ。
「あたしは露出に反対だよ」
「分かります。何が楽しいのでしょう」
アリエッタは上着を着て腕はすっぽり隠している。露出の多さより、いかに日焼けをしないかの方が大切だ。
「似合っている」
「それは、デザインが良いからでしょう。その良さに助けられているようで」
ふたりとも気に入ったようで何よりだ。
「それにしても、アメリアさまは、とてもおしゃれですよね」
「へへ。あたしお洒落は大好きだからね。えへへ」
褒められたのが嬉しいのか、可愛い声を出して照れている。この服にしようと決め、ふたりは元の服に戻ろうとすると。
「出来たわ! どうかしら」
「……」
「……うん」
アリエッタもアメリアも反応に困った。こういうのは男性が喜ぶ服装だと知っている。まさかビキニを選ぶとは。
「辞めましょう。せめてレース型で良いので肌をもう少し隠しましょう」
「うん。同感」
「ええ、ちょっと。求めていないわ!」
エルラの反論虚しく、肌を隠す上着が彼女の同意なく買わされた。
「終わりましたか」
謎の少女がつまらなさそうな声を出す。存在感を消すのが上手だった。途中で忘れかけていた。
「はい。終わりました」
「よろしいわ。アリエッタに合わせたい人がいますの。ついてきてちょうだい」
少女はアリエッタの返事を待つことなく歩み出した。この少女についていって良いのだろうか。逡巡していると。
「早くしてください。あまり待たせると恐ろしいことになりますわ」
ただの脅しに過ぎないだろうけど。誰に合わせたいのか気になって、彼女の後についていくことにする。
エルラとアメリアも戸惑いつつもついてきてくれた。
足を進めていると、マーメリア像とともに併設されている噴水で佇む青年が目に入る。圧倒的な気品とオーラを感じさせた。
「殿下、アリエッタを連れてきましたわ」
「ああ。ありがとう」
(殿下……)
とても嫌な予感がする。佇んでいる青年はどう見ても残念ながらナーリア王国第三王子、サンドレア・キトラ・ナーリアだった。
「アリエッタ。こんなところで会うとは。奇遇だね」




