第40話 七人の悪勇者
ローズナイト魔術店の作業室にて。アリエッタはその作業台で宝飾品を作っている人に声をかけた。
「お父さま。只今少し、お時間をいただいても宜しいでしょうか」
作業に集中していた父は手を止めてアリエッタの方を見つめる。アリエッタは母親似だ。父とは、容姿があまり似ていない。
「何かな? アリエッタから頼ってくるなんて珍しいね。なんでも聞くよ」
逆に怪しく見えるのではないかと思うくらい怖いくらい笑みを浮かべてきた。
「海暗の塔の……マリンルナさまとは。一体何者なのでしょう?」
『あたしを差し置いて。あんたもあいつ……ヴィティみたいになるのか!』
こう、マリンルナは言っていたような気がする。何か父が……ヴィティが、マリンルナやネフィシーについて知っていると踏んだ。
「行ったのかい?」
「ええ。行きました」
その瞬間に、すっと先ほどの笑みは消え去り、真剣な表情をした。父親の表情から、使命を持ったかのような姿に変貌した。
「マリンちゃんに会いに行ったのかい?」
「はい、会いに行ったというより、向こうから寄ってきましたね」
「……そう」
父は話は終わったと言わんばかりに、目の前の宝飾品に目を向けた。中断していた作業を再開させる。
「私の質問に答えてはいただけませんか? マリンルナさまは何者なのか。私は質問をしています」
「答える義務はあるのかい? ちょっとうるさいよ」
作業に集中したいから、さっさと去れと言われている。アリエッタは父の腕を掴み、作業台から強制的に離れさせる。
「なんでも聞くと言ったのはどこの誰でしょう。私の話を聞いてくれるのではなかったのですか?」
「聞くと言っただけで、答えるとは……。あああ、もう、答えるよ」
アリエッタは父の脇腹をくすぐる。そうすれば、父は大体降伏してくれるのだ。
「マリンちゃんはね。可愛い子だったよ。雛鳥が羽ばたく前のようなそんなあどけなさを持った子だったね」
父は懐かしそうに目を細める。父親が過去形で彼女を語ったのが気になった。今のマリンルナはかなり暴力的な少女だった。少なくともあどけないなんて感情を持てない。
「そんな彼女をここまで追いやったのは、僕だろうね」
父は申し訳なさそうに、目を瞑った。伝えるべきかどうなのか、逡巡したのち、彼は口を開いた。
「彼女もネフィシーくんも使命を持つ者だ。他の誰にも変えられない、王国から存在すら秘匿される、重い使命を抱えたね」
「ネフィシーさまは、よく化け物のような咆哮を出したり、突然、深い傷を負って血の湖を作り出したりしておりました。それも、使命なのでしょうか」
「うーん。そんなに彼は苦しんでいたのかい? 僕はネフィシーくんのこと、よく分からないな」
アリエッタもネフィシーのことがよく分からなかった。まだ関わるようになって数ヶ月だが、期間の割に知っていることは少ない。
もっともアリエッタが知ろうとしなかったからなのだが。
「その使命って。命に関わるものなのですか? 私、ネフィシーさまが死ぬのは耐えられませんよ」
『俺は人間だけど。エルラが化け物っていうのなら化け物なんだ』
『俺がどういう状態になってしまっているのか、知っているのか?』
『俺が……いや。魔導具と俺は直結している。もし服従していたら。運が悪ければ俺が死んでいたかもしれない』
ふいにネフィシーの言葉が反芻される。彼はずっと初期の頃から、苦しいと訴えていたのではないか。救われたいという思いが微かにあったのではないか。
彼の痛みに気がつけてあげたら。自分にも何か、できることはあったのではないだろうか。
「いつのまにかマリンちゃんの話からネフィシーくんの話になっているね。なんだ、君が興味を持ったのはネフィシーくんの安否か。分かりやすいねえ」
「違います。私は、マリンルナさまのことを知りたくて、彼女が何を抱えているのか……。ネフィシーさまなんて興味ありません!」
あの暴力的な少女に興味を持っただけ。ネフィシーなど死のうが何しようが好きにすれば良い。
「そんなアリエッタに、伝えておいて欲しいことがある。ネフィシーくんにね」
ヴィティは、アリエッタの耳元でそっと囁いた。
「彼も、僕みたいにさっさと逃げてしまったらどうだい?」
耳元で囁く姿があのサンドレア王子に酷似しており、アリエッタは寒気がした。
♢♦︎♢
夕刻すぎ。
ネフィシーはアリエッタの父親から大事な話がある、と言われ酒場に呼ばれた。ヴィティが奢ってくれるらしいから気兼ねなく来てくれと言われた。
目的の酒屋へ行くとすでにヴィティは待っていた。
「すまない。待たせてしまったな」
「別に良いよ。……じゃあ行こうか」
ヴィティに続いてネフィシーも足を踏み入れる。彼の背中は幾許と大きく蠢いているものが見えたような気がした。
ネフィシーは本能が叫び、自然と身構える。何もしてこないと信じたいが。
賜った席は個室だった。木製でできた引き戸があり、完全に密室となる。逃げ出したくなった衝動をぐっと堪えた。
ネフィシーが席につき、一息つく間もないうちに「さて」とヴィティが口を開いた。
「僕に何か言いたいことは? 自分のことでも王国のことでも何でも」
アリエッタの父だからと言って必ず白いとは限らない。彼女の人柄は良くとも、ヴィティが潔白だとは誰も言っていない。
ネフィシーは両手を力強く組み、その場に俯いた。
「何も。よく分からない人に教えられるか」
「何かあるんだね?」
「……」
できるだけ表情を崩さないように努める。昔からこういう駆け引きは苦手だった。ついつい余計な一言を言ってしまう。
実は、言葉の探り合いや駆け引きが得意そうなアリエッタに憧れていて。自分も彼女のように成長したいだなど、言いたくても言えなかった。
「僕は元『七人の悪勇者』のひとりだ」
ヴィティが勝利を確信した嫌らしい笑みを浮かべてきた。
「そうか。それがどうした」
「君も『七人の悪勇者』なのだろう? 君に与えられた二つ名は……そうそう『黒魔術の大悪魔』だね」
「……っ」
平静を装うにしても装えない。どうしても声や表情に出てしまう。そんな自分が歯痒くて嫌いだった。
王国のためにそれぞれ使命を背負わされ、ただ決められた過酷な指令を受けるために生きる存在。彼らは塔に匿われ、普通の人間からは距離を置かなければならない。人間とはかけ離れた存在。
それが「七人の悪勇者」だ。
ネフィシーの場合、禁術に関しての指令が中心だった。それは禁術を使った者がいれば、世界の均衡のためネフィシーに激痛が走る仕組みで。
そんな経緯から裏では、知る人ぞのみ知る「黒魔術の大悪魔」と呼ばれるようになった。
アリエッタにはまだ暴かれていないだろうか。彼女だけでなくエルラやアメリアでさえも。自分が「黒魔術の大悪魔」だとばれたら、三人とも離れていってしまうだろう。それが、本当に怖かった。
ネフィシーは無意識に手袋ごしに左手の甲をさすった。冷静な表情が保てているとは到底思えない。
「ああ。本当に分かりやすいねえ。手袋の下には何が隠れている?」
「それを見て。どうする。馬鹿にするのか?」
マリンルナにも使命を持つ者として、「七人の悪勇者」であることを示す紋様が手の甲にあった。彼女は隠すことはせず、堂々と見せつけるようにしていた。
だがネフィシーは。否定されるのが怖くて、化け物なんかになりたくなくて。手袋で隠していた。
「馬鹿になんてしないよ。僕から心得を教えてあげようと思ったのに。いらないの」
いらない。心得なんて存在しない。ネフィシーが知っている。逃れられる手立てなどないに等しい。
使命など死ぬまで解放されないのに、ヴィティはどうしてこんなに普通に暮らせている。ヴィティは禁断の手を使ったのかもしれない。
「それに君。君は毒闇の塔に篭ってなきゃでしょ? 規則違反だ。さっさと帰りなよ」
笑って小馬鹿にするように言うが、目が笑っていなかった。怖い。
「違う、俺は……」
勢い余って立ちあがる。その反動で懐に忍ばせておいた悪魔の魔導具が転がってしまった。ネフィシーが手を伸ばすより先にヴィティが拾い上げる。
「返して……」
規則違反だって知っている。外に出ることなど許されないことも。だが。
(アリエッタの誘いに負けた)
アリエッタが辿々しくも帰郷しようと思うと誘ってきたのだ。アメリアとエルラだけでなく、こんな自分にまで。
少し街に出かけるのとは訳が違う。今回は数日、塔を離れることになる。自分が生きるためには断るべきだったのに。
「黒魔術の魔力量が尋常じゃないね。次、この針を動かしたら、君は死ぬよ」
ヴィティは冷淡に言い放ち、悪魔の魔導具を机に叩きつけるように置く。ヴィティはその場を静かに去ろうとした。
「待ってくれ。死ぬって……どういうことだ?」
「死ぬとは言葉通りだろう。分からないの? 運が悪かったね。本当に可哀想に思うくらいに。一日でこんなに悪の魔力が溜まるなんて、この王国も終わりだな」
ネフィシーを憐れむような視線で、一瞥したのち、ヴィティは去っていった。
(俺は何がいけなかった……?)
ネフィシーはぎゅっと悪魔の魔導具を握りしめて未知なる恐怖に怯えていた。
ヴィティが何故怒っていたのかも、どうして自分は死ななければならないのかも何もかも分からなかった。
「何で俺がこんな役目を背負わなければならないんだろう……」
静寂の中、ネフィシーの弱気な声が響き渡った。
「失礼しまーす! 黄卵牛肉丼、二人前でーす!」
重い空気を壊すかのように、若い少女が入ってきた。彼女は、ネフィシーと誰もいない対面に置いていく。
「ごゆっくり〜」
少女は間延びしたような声で颯爽と去っていった。
ネフィシーはスプーンを手に取って、牛肉丼をいただく。残念ながらヴィティはもう帰ってしまった。
「……っ」
せっかくの食事なのに、ひどく味気なかった。これから起こるであろう恐怖にひどく怯えていた。
アリエッタに、相談しようか。……いや、こんなこと言っても混乱するだけだ。自分が頼って良いのだろうか。彼女の時間を奪ってまで言うことではないと思う。
ネフィシーはほとんどない食欲の中で、ひとり孤独に無理やり食事を口に含ませた。




