第38話 瑠璃の髪飾り
馬車が降ろしてもらった場所からそれほど遠くない場所にアリエッタの実家はある。四人はアリエッタに続いて歩いていく。ネフィシーはずっと海暗の塔に釘付けだったのが気になった。
「ただいま帰りました。お久しぶりです」
ローズナイト魔術店の表口から堂々と入る。一応裏口があるが、分かりにくし、急にアリエッタが現れたら、両親も驚くだろう。
ネフィシーは店棚に陳列されている魔道具や魔術装飾を物珍しそうに眺めていた。欲しかったら自由に買っていってほしい。父も大喜びだろう。
「おお、アリエッタか。学園生活はどうだ? 大事ないか?」
店奥からこの店の店主でもあるアリエッタの父、ヴィティ・ローズナイトが出てくる。短い黒髪と赤紫の瞳をした朗らかな父親だ。アリエッタは基本的に人間を怒らせないので、父の怒った姿を見たことがなかった。
「はい。問題ありません。かといって特段語ることもございません」
アリエッタは丁寧な口調で父に向かって頭を下げる。
「父上とお話しするときまで敬語なんだな。貴族は親子関係が厳しいが商家はそこまでではないだろ」
ネフィシーが小声で呟く。確かに、周りのご家庭では敬意を示しつつもここまで堅苦しくない。
「はい、どうやらお父さまは敬語ではないフランクな感じを望んでいるようです。ですが、私は物心ついた時から何故か冷めていたので。仕方がないのです」
そう言えばネフィシーが頭を抱えた気がした。アメリアは「意味わからない」と呟いている。アメリアと敬語は無縁そうだ。彼女が敬語を使っている姿を見たことがない。
正確には物心ついた頃、街の民が「ヴィティさまはきちんと敬わないと。不気味な笑みを向けられる」とこそこそ会話していたことがきっかけで今の口調になったのである。残念ながら幼いアリエッタにヴィティの恐ろしさを植え付けることになってしまった。
「あはは。まあそこがアリエッタらしいぞ。ところで、そちらの方たちは誰だ?アリエッタのお友達と……そちらの男性は、恋人か?」
父が探るようにふたりを見つめる。ネフィシーが恋人など信じられない。アリエッタならもう少し良い相手を見つけてくる。
「いえまったく。私が同行許可を断り損ねたただの付き添いのネフィシーさまです。こちらのおふたりも友達ではありません。ただの知り合いです」
「ああ。アリエッタ曰くただの付き添い。ネフィシー・ラピスラズリだ。よろしく」
「エルラ・メイランドよ!」
「アリエッタのお友達のアメリア・ジストリス。占星術師アメリア」
アメリアとお友達になった覚えはない。虚偽の申告を勝手にしないでほしい。友人契約がまだだ。だからアメリアとも、もちろんエルラとネフィシーだってまだ知人の域を出ていない。
「おう、こんなアリエッタが三人も連れてくるなんて、しかも恋人ひとり!」
恋人ではないと言ったはずなのに、上手く伝わっていなかった。どう見てもアリエッタがネフィシーを選ぶ未来が想像つかない。彼の良いところがすぐには思いつかない。悪いところはあげられそうなのに。
「あら〜。久しぶりにアリエッタが。お帰りなさい!」
居間から母が顔を出す。母はバーバラという。アリエッタと全く同じ薄桃の髪色と赤紫の瞳を持つ。巷ではこの街一番の美女と噂されているらしい。
「母親に似ているな。母親からアリエッタの美人さはそこから受け継がれたのか」
「え、何をおっしゃいます。こんなに地味で平凡な容姿ですのに、私は」
「……いや。美しい」
「……は?」
一発ネフィシーを殴っても良いだろうか。つまらない思ってもいない世辞を平然と述べやがって。
アリエッタは母親似だった。貴族でも珍しい髪色をしているせいで、学園に入った時、ちょっとした騒ぎが起こったらしい。アリエッタの性格が原因で、三日で収まったが。明るい髪色は人気だ。
「そうね、アリエッタは美しいし、可愛いわ! 胸はないけれど、女性らしさはじゅうぶんね!」
エルラも美しいと言ってくれる。胸はない、と言われたが。胸などない方がいいに決まっている。
母ののほほんとした包容力ある様子はいつもと変わらなかった。何も変わっていないのだが、その手には小さな赤子を抱いていた。
「……そちらの赤子は?」
「この子はアリエッタの妹よ。寂しくて作っちゃった」
よいしょ、と子供をあやかす母。まだそんな欲情は残っていたのか。アリエッタは白けてくる。本当にこの人たちが自分の親なのか。
「この年齢にもなって国家のために繁殖行為を致すとは。あなたたちの人間性を疑います」
アリエッタが試しに自分の妹を無愛想に見つめたら、赤子は泣き出してしまった。だから子供は嫌いだ。怖い、気に入らない、嫌だ。それらをすべて涙で表現しやがって。
「せっかくの可愛い子なんだ。そんな酷い言葉をかけなくても」
子作りは言ってしまえば子孫繁栄のための行為に過ぎないと思う。進んで人間を絶滅させないためにその事業に参加してやろうとは思わなかった。
ネフィシーはいつの間に用意したのやら猫じゃらしを持って赤子をあやす。猫じゃらしは棚に飾ってあった。一体何を飾っている。
彼があやせば一瞬で泣き止み、あうあうとネフィシーの方へ小さな手を伸ばしていた。アリエッタの妹になるよりネフィシーの妹になった方がきっと将来のためだ。
ネフィシーはじっと見つめた後、猫じゃらしを遠慮がちにアリエッタの方へ向かって振ってきた。
「何がしたいのですか?」
「猫は猫じゃらしを喜ぶだろう? アリエッタも喜ぶのかなって」
「私は猫ではありません」
アリエッタは苛立ちを隠さない声で言う。そんなにもアリエッタは猫っぽいのか、はたまた彼の気まぐれか。どちらにせよ気に入らないのでネフィシーから猫じゃらしを奪い妹にふりふりさせる。すると妹は泣き出してしまった。
実の妹なはずなのに。しかも血の繋がった。
「もう、結構です。お返しします」
猫じゃらしをネフィシーに返して不貞腐れて店棚をじっと見つめる。彼はまだ赤子との関わりを楽しんでいるようだ。
エルラとアメリアも妹に夢中になっている。
「妹……」
妹と言っても可愛がることができないと思う。すぐ泣く事しかできない子供など、愛せる自信がない。まあ、アリエッタの場合は成熟した大人も愛せないが。
アリエッタは装飾品を見つめる。本物の宝石が散りばめられていることで人気を博した商店だ。どれもが目を奪われて輝かしい空間だった。
何となく瑠璃色の宝石が嵌め込まれている髪飾りを手にとった。
「ラピスラズリ。俺の名前と同じだ」
横からいつの間にかいたネフィシーが声をかける。不意打ちはやめてほしい、禁止令を出そうか。
「そうですか」
淡々と呟き髪飾りを棚に戻す。この宝石がラピスラズリとすぐに分かったら絶対に手にとらなかった。変な期待はしないでほしい。
「ネフィシーさまは魔導具が好きそうですね。何かご覧になってはいかがでしょう」
「あ、ああ」
ネフィシーは店内をじっくり見ている。アリエッタは何となくネフィシーの視線を辿っていく。彼は桃色の装飾品が並ぶところで立ち止まり、ひとつひとつ丁寧に見ていた。そうして彼が手にとったのは。
「ロードナイトですね。嫌らしい」
ローズナイト家の由来となった宝石ロードナイトの首飾りを手にとった。何故アリエッタのイメージカラーに近いものを取るのだ。ネフィシーには寒色系が似合う。
「こちらのサファイアとかの方がイメージに合うのではないでしょうか」
青系統の装飾品を渡そうとしたが。そちらには見向きもされない。じっとネフィシーは桃色の髪飾りを探している。
「アリエッタに、似合うかなって」
そう言われた瞬間、彼の顔面を殴りたい衝動に襲われた。流石に殴らないが。
「馬鹿を言わないでください。私のことなんてどうでも良いから」
「……アリエッタも。俺のイメージの色。手にしていたな」
痛いところをついてくる。今日のネフィシーは妙に関わりづらい。
「それは新しい装飾品には青系統が良いと考えたからです。偶然瑠璃色だった訳で。ほら。シーズインザリオといえば青が似合う街でしょう? 私は昔から青が好きだったのです」
シーズインザリオが青が似合う街などという話は聞いたことがないが。青が似合うという共通認識を新たに植えさせたら良いだけだ。
昔からロードナイトが好きだった影響で今も昔も桃色が好きだが。どうでも良い情報、言わなければ暴かれない。その場凌ぎにはちょうどいい。実際のところ、髪色が暖色系で良かったと思っているくらい、桃色が気に入っている。
アリエッタは自分自身を言い訳上手だな、と感心していると。
「少しだけ。アリエッタの嘘が分かるようになった気がする」
それは聞いていない。少しネフィシーと深く関わり過ぎたか。また、距離を置くべきか。何故、嘘だと分かったのだ。聞きたいことがするする出てくる。
「まだまだですね。それでは私のこと何も分かっていない」
先ほどまでの抜けがないものから苦し紛れの言い訳へと変貌する。元々言い訳が苦手なのだ。勘弁してほしい。
「だから私は青色の髪飾りを購入します」
だから、の理由にはまったくならない。アリエッタはネフィシーのことなんて考えていない。考えていないはずなのに。
アリエッタが無意識に手を伸ばしてとったものは、瑠璃色の蝶柄の意匠をした儚くも美しい髪飾りだった。結っている髪ならより一層飾りの美しさを引き立ててくれる気がする。
最近は長い髪を結わえて過ごすようになったネフィシーによく似合うだろうか。……いけない、自分は何を考えている。
こうしてアリエッタは言い逃れのために必要もしない髪飾りを購入する羽目になった。




