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第37話 海暗の塔

「皆さま。準備はできましたでしょうか。問題なければこれから行こうかと思います」


 ここからシーズインザリオまでは乗合馬車を使って行こうと思う。街に出て、適当に馬車を捕まえていくつもりだ。


「わたしは準備万端よ」


 エルラは何を入れているのか荷物が大量にあった。大きな鞄ひとつで収まりきらなかったらしい。


「ああ。待たせたな」


 現れたネフィシーは全身黒ずくめでサイズが大幅に大きいローブを羽織っていた。いつもと同じ服装だ。外出用の服装すら持っていないとは。


「あたしも良いよ。行こう」


 荷物が大量にあるエルラに比べてふたりは本当に旅に出るのか疑問なくらいの量だった。小さな鞄ひとつで足りるらしい。ちなみにアリエッタは普通の大きさの鞄ひとつ分だ。


「では行きましょうか」


 アリエッタを先頭にしてそれぞれが歩きだす。荷物が大量にあるエルラは足取りが重い。

 本当に皆ついてきてくれるのか。アリエッタは未だに信じられなかった。


「ちょっと、ネフィシー。これ持って」


 やはりというかネフィシーをこき使っている。彼は文句すら言わずに黙ってエルラから受け取る。ひとつくらい何か言っても悪いことは起こらないと思う。


「アリエッタも。荷物、持とうか」


 自分のに加えて荷物が無駄に多いエルラの分まであるのに。随分と華奢な体つきに反して力持ちだ。


「結構です。まずは太陽に慣れてください。無理してはいけないのですよ」

「確かに。言う通りだな」


 そのままアリエッタの隣を自然に陣取った。アリエッタの後ろではエルラとアメリアが並んで楽しそうに会話している。


「あの。何故隣を?」

「ひとりでは、寂しいかと思って」

「……余計なお世話です。ほら、エルラさまとアメリアが楽しそうにか会話しておりますよ。入らなくてよろしいのですか?」


 そもそも最初の予定ではひとりで実家まで行くつもりだったのだ。前ひとり後ろ三人で歩いてもなんら問題はないと思う。

 そのままネフィシーを隣に据えたままルミナイト学園を出る。彼は妙に頑固なところがあり、アリエッタのそばからずっと離れなかった。

 自分の話はつまらないと思う、ふたりの方が圧倒的に会話能力に長けているだろうに。


 正門を使えば人混みにもまれるだろうと思い、アリエッタたちは、裏門へ足を運んだ。裏門の存在を知っている者は少なく、人がまばらにしかいなかった。


「馬車についてだが。個室の馬車を手配してもらった」


 歩きながらネフィシーがぽつりと呟く。


「……? 私には不要なのですが」

「俺には必要だと思った」


 個室の馬車は貴族用に作られているから価格が普通の平民ではとても届かない位置に設定されているのだ。まあ、アリエッタの父なら出せるかもしれないが。

 平民思考のアリエッタには理解できない。


「人に会いたくないばかりに。そういうところはちゃんとできるのですね」

「ま、まあ。アリエッタは知らないが。エルラは伯爵令嬢だ。アメリアも結構有名な貴族出身なのではと踏んでいる」


 貴族は命を狙われやすいから、知らない人たちと馬車で一緒にはなれないと暗に言われている。ジストリス家など聞いたことがないが。アリエッタの知らない辺境貴族なのかもしれない。


「ネフィシーさまは。どういう家出身なのですか?」

「名門魔術師一家……だった」


 そう言って唇を噛み締めて哀愁を漂わせる。余計な一言だったか。魔術師一家か。なら卓越したネフィシーの魔術技術も納得がいく。過去形なのが妙に気になるが。


「どうやって馬車を手配したのですか? ネフィシーさまに伝手なんてなさそうですのに」

「ジストリス家とメイランド家の令嬢が乗るから、用意しろと。伝書鳩を馬車運用を仕事にしている者に送った」

「できるのですね、あなたに」

「躊躇ったけど、俺のためだと思って頑張った」


 そうしてネフィシーが手配してくれた馬車に四人乗り込む。ネフィシーは大金を商人に渡していた。


 アリエッタとネフィシーは、お互い隣になって座る。向かいの席にはエルラとアメリアが座る。何故アリエッタの隣はネフィシーなのか。できれば彼以外の方が嬉しいのだが。彼が自ら希望したのだ、自分の隣を。


「見て。景色が綺麗。良いね」


 アメリアはぴょんぴょん子供らしく跳ねて景色を眺めている。


「本当ね。綺麗ね。こんな素敵な景色は、初めてよ」


 エルラもアメリアにつられて景色を見る。


「ネフィシー。個室ありがとう」

「あ、ああ」


 お礼されることに慣れていないのか返事が少々ぎこちない。

 ふたりが夢中になっている間、アリエッタとネフィシーは隣同士で会話もない空間を過ごしていた。

 特に話すことはないが、それでも気まずく感じられなかった。アリエッタは相手を特に気にすることなく魔導書を開く。ネフィシーも同じく魔導書を開いた。


「無詠唱魔術は、上手くいっているか。それとももう、諦めたか」


 静寂な空間を振動させるかのようにネフィシーがぽつりと呟く。


「諦めたかったです。ですが、諦めきれなくてあなたの知らないことで少し。ほら、これも無詠唱魔術に関しての書物です」

「もし、アリエッタが良ければ俺を頼ってはくれないか? アリエッタに頼られるのはなんだか心が……。悪い気がしないんだ」

「嫌です。あなたはできない私を馬鹿にしようとなんてしないでしょうが、どうしても矜持が許しません。あなたが悪いわけではないから、そう気に病まないでください」


 ネフィシーにもう一度懇願するのが最善の選択くらい分かっている。でも、どうしても敗北感が否めなくて言い出せずにいた。


「そうか、俺はいつでも待っている」



 一時間くらい経っただろうか。アメリアとエルラは景色に飽きたのかお互い頭を合わせて仲良く眠ってしまった。守りたい寝顔をしているな。

 そう思った瞬間、アリエッタの肩が急に重くなる。ちら、と隣を見ればネフィシーがアリエッタの肩に身を寄せていた。寝息までたてていて、アリエッタの肩を利用しやがって。

 起こそうと思ってネフィシーの前髪をそっとよける。


「んん……」


 どこか心地よい寝息を立てて少しだけ微笑んでいるように見えた。


「まあ、良いですか」


 久しぶりの遠出だ。少しぐらい大目に見てやっても良いだろう。アリエッタはネフィシーを一瞥した後、魔導書に視線を戻した。


 アリエッタは、馬車の中をじっと見渡す。少し前まで誰かと一緒に遠出することになるなんて思いもよらなかった。自分は少しの間にどれだけ変わってしまったのだろう。

 嬉しいような、だが変化に少し恐れがあった。


「もうすぐ着きますよ。ネフィシーさま起きてください」


 まだ街まで時間があるが早めに起こす。他に客はいないので直前まで寝かせておいても良いが、効率はとにかく大事だ。少しの時間も無駄にしてはならない。


「んー。もう着くの?」


 アリエッタの声で起き上がったのはアメリアだけだった。何故一番近くにいるネフィシーが起きない。ネフィシーもエルラもすやすや子供のように眠っていた。


「エルラー。起きてー」


 間延びしたとても眠たそうな声でアメリアはエルラを起こす。声だけでは起きないなら手を使うか。


「起きてください」


 本当に仕方ない。すべては効率のため、そう思ってネフィシーの肩を揺する。


「んん……」


 ネフィシーは眠い目を擦る。その儚くも美しい姿は自然と令嬢たちを魅了するものなのだろう。


「……ありがとう」

「別に」


 開口一番の言葉がお礼だとは、彼の評価を見直しても良いかもしれない。

 そうしてアリエッタたちは目的の場所で馬車を降ろしてもらった。


「海が見える、綺麗」

「本当ね、入りたいわ」


 アメリアとエルラは海を見るのが初めてなのか、相当はしゃいでいる。メイランド家は王国北側の山脈近くに屋敷を構えているから海とは無縁なのだろう。


「機会があれば。入りましょうね」

「幾らでもあるわ! 何としても機会をもぎとるわ!」


 最近はエルラが我を忘れていても驚かなくなってきた。

 一方、ネフィシーはある方向を向いて黄昏ていた。瞳を揺らしてじっとその一点を見つめている。海には興味ないらしい。


「あれは。海暗(かいあん)の塔です。中には入れないらしいですが。塔を囲む庭なら入れますよ。どうやら観光地のひとつらしいです」

「海暗の塔……」


 ネフィシーは反芻する。何かあったのだろうか。本当に分かりやすい。ネフィシーたちがいる毒闇の塔に外装や作りが似ているな、とぼんやりと考える。


「せっかくですし。時間ができたら行ってみますか」


 ネフィシーは分かりやすく瞳を揺らして唇をぎゅっと噛んだ。行きたい、という感情を伝えているより、何かに怖がっているように見えた。


「まあ、考えておいてください」


 アリエッタは数歩進んで振り返る。これだけは伝えておいた方が今後のためだと思った。


「秘密は抱え込むほど吐き出すのが辛くなります。私でなくても、そろそろ誰かに言った方が。楽になりますよ」


 彼が秘密を抱えている、なんていうのはアリエッタの推測に過ぎないし。彼がどうなろうと微塵も興味ないが。助けてを求めてきたのなら手を差し伸べるくらいはしてあげようと思った。

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