第34話 期待すること
「なんかエルラ。ネフィシーといい感じ」
水晶を覗き見るアメリアが呟く。楽しそうで何よりだが、辞めれそうなら早急に辞めた方が良い。アメリアだから許されることであって倫理観的にもやってはならない。
「それは何よりです」
エルラ曰くネフィシーとは何年も会っていないらしい。
だが、それにしては妙に肝が座っていた。もっと怯えそうなものだが、彼女は想像以上に普通に話せている。
「エルラはずっと、ネフィシーのことはもう知らないみたいなこと何度も言ってたけど。本心は関わりたかったんだよ」
アメリアがにやにやと確信めいたことを言う。前にもそのような弱音を言っていた気がする。
「素直になれないってこんなにも面倒なのですね」
「アリエッタもだよ」
「私も?」
アリエッタも素直ではないと? こんなにも素直で従順な平民は他にいないと思うのだが。
前に素直な子と言ってくれたアメリアはどこに行った。
「そろそろ終わったかな。様子を見に行こうよ」
話を勝手にアメリアは進める。水晶を近くの棚に置いてアメリアはよいしょ、と可愛い声を出して立ち上がる。
水晶はインテリアになるのか。よく周りの雑貨とも馴染んでいた。
アリエッタもアメリアに続いて階段を登る。……この占星術師の前では会話の主導権を握られてしまう。
アメリアがはあはあ、と息を吐く中でアリエッタは平然とした顔で登りつめる。体力がないのか。ネフィシーほどでないにしても引きこもっていそうな白い肌をしているから、まあ納得だ。
「エルラ、ネフィシー。開けるよ」
一応、入室許可は取るが言いながら扉に手をかけていた。やはり羨ましいほど遠慮がない。
ふたりは自然光に照らされ、お互いがきちんと顔を向き合って話していた。
「あ、ああ。アリエッタとアメリア……だったろうか。来たんだな」
「アメリアだよ。占星術師アメリア・ジストリス。覚えてね」
つい先日まで寂れていたネフィシーの自室は一気に賑やかになる。どうしてネフィシーはアメリアとエルラという同居人がいながら数年彼女らと会っていないのだろう、いくら何でも不可能だと思うのに。
ネフィシーはちゃんとアメリアの名前を覚えていた。本当は、人間と関わりたいのかもしれない。
「おふたりとも。楽しそうで何よりです」
アリエッタもふたりに続いて椅子に腰掛けた。ネフィシーの自室にある円形の椅子に腰掛ける。
「別に楽しくなんかないわ」
エルラはすぐ否定するが、口角が上がるのを抑えきれていなかった。
「ネフィシーさま」
アリエッタは真剣な表情をして目の前にいるネフィシーの瞳をじっと見つめる。彼はアリエッタが何を言いたいのか察したのか身震いをした。
「あなたにはどうやら仲間がいるようで。私は安心しました」
「それが……どうした」
ネフィシーの声は掠れていて上手く聞き取れない。未知なる恐怖に悶えているようだった。大丈夫、安心してほしい。同じことは何度も繰り返しはしない。
「私と別れてもそこまで傷は抉られないのかな、って思いました。だからと言って肩入れされるのは困りますが」
もしアリエッタがこの塔を去っても、今のネフィシーならふたりと上手くやっていけるだろう。
「だから。ほんの少しだけ。適切な距離感を保つことが出来るのなら。私に期待することを特別に。本当に特別に許可致しましょう」
そう言えば、ネフィシーの表情はすべて失った闇の中から輝きを取り戻したようだった。相手が素直に感情表現することはあまり慣れていないから居心地が悪いのだが。ある意味、サンドレアのように分かりやすく胡散臭くて回りくどい方がアリエッタの性に合っているのかもしれない。
「えへへ。素直じゃないね」
隣のアメリアが嬉しそうに脇腹をつついてくる。茶番劇を楽しむ観覧客のようだった。
「何を言っているのですか。素直でしょう。私は正直に自分の思っていることを伝えたままです」
期待しないで欲しかったが期待してもいいと思う感情の変化をこれ以上ないくらい素直で丁寧に伝えたはずなのに。
「確かに。驚くほど素直ね。こんなにもはっきりと言える人なんて少ないわ」
エルラはアリエッタ側についてきた。やはりアメリアの言動はいちいち間に受けない方が良い。
アリエッタはふう、と息を吐く。何かを隠されるのは、あまり良い心地がしないと思った。それが面倒ごとになろうとも。アリエッタは素直に吐露しているのだから。少しでも楽になれるように。伝えておこうか。
「それと。私はまだまだあなたのことが分からないのです。だからあなたに興味を持ったわけではありませんが。秘密だからと言って隠されるのは嫌気がさします」
「本当に? 興味持ったら知りたいんじゃないの?」
アメリアはネフィシーの返事を差し退いて確信めいたことを言ってくる。アメリアにはアリエッタが言いたいことが正しく伝わらない。
「違います。ネフィシーさまは。何かを隠しているのです。それが何なのか興味を持っただけで。ネフィシーさまになど、微塵も興味を持っていないのですから」
「えー。本当に?」
本当だ。ネフィシーという人間にではなくネフィシーの秘密に興味を持った。いわば推理小説の謎に惹かれを持っただけで、犯人には目を置かないという状況だ。アリエッタは犯人や細部まで魅力溢れる小説の方が好きだが。
「つまり。私が言いたいのは。隠されるのは御免なので。何かあったら躊躇わずに口を開いてくれたら良い方向に転がるのかなって思うことを伝えたいのです」
「つまり、口を開いてくれたらアリエッタは喜ぶ、と。そう言いたいんだね」
「違います」
勝手に言ったことを解釈して伝えないでほしい。アメリアは発想が自由すぎる。
「尽力する」
ネフィシーはぽつりと、瞳を伏せて言葉を発した。彼はほんの少しだけやわらかな笑みを浮かべてでいた。
「そうよ、わたしもいるわ! まあ、わたしに大事なこと言われてもきっと。何も変わらないだろうけどね」
エルラも指をネフィシーの方へ真っ直ぐ伸ばして言う。
「何かあったら。特別にわたしを頼っても良いわ」
エルラも特別という言葉を使う。どこかアリエッタと似ている部分がある。
ネフィシーはというと驚いた表情をして口を閉じたり開いたりを繰り返していた。
「ネフィシー」
アメリアも淡々としたが、冷徹さは感じられない声で彼の名前を呼ぶ。彼女の支配力は、アリエッタが名前を呼ぶ時とは違う別の緊張感があった。
「あたしも。前まではネフィシーに興味なかったんだけどね」
その瞳はぶれることなくしっかりとネフィシーを見つめている。わざわざ興味ない宣言を本人の前でしなくても。自分のことを棚に上げていることには気が付かず、アリエッタはそう思った。
「でも、関わる人を制限する必要はないと思った。これからは機会があればあたしと関わっても良いよ。関わろう」
単純な疑問なのだが何故エルラもアメリアもネフィシーと関わるのにわざわざ許可を出しているのだろう。関わりたいと思うのなら勝手に関われば良いのに。これからネフィシーと関わります、なんて堂々と宣言しなくても。
「なんか……急に俺に対して優しくなったな」
「多分優しくなった訳ではないかと。捉え方によっては、用事がなければあなたと接点を持つ必要はないと聞こえます」
頼っても良い、機会があれば。この言葉は絶対を保証するべきものではない。勘違いはしないでほしい。しみじみ感動じみているネフィシーには悪いが。
「そうね。用がなければあなたには会わないでしょうね。もともとあなたみたいなタイプは苦手なの。うじうじしている殿方は無理よ」
「あたしも縁がなかったら積極的に話しかけようと思える男性ではないなあ」
長年一緒に暮らしているエルラとアメリアに言いたい放題言われている。ふたりともアリエッタと同じくらい物事をはっきり言うタイプだとは。
「確かに。社交界にひとりで居ても放置されるタイプだと思います、ネフィシーさまは」
「そうか……」
明らかに沈みこむ船のように、表情を動かす。事実を述べているだけだ。アリエッタたちは悪くないと思う。
「ですが。こういう言われようでもあなたの周りには今、人がいる。それがすべてでしょうね」
本当に頼りなくてどうしようもない人の周りには人間は集まらない。皆が本心で近づいているとは言い難いとはいえ、そう悲観的に捉える必要はないのではないのだろうか。
ネフィシーは無邪気な大型犬のように儚く消えそうな表情ではにかんだ。




