↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/52

第28話 小さな成功

 特にサンドレアには命令されなかったが。自主的に毒闇の塔へ向かっていた。深い理由はない。ただ、第二の実家のような安心感は育まれつつあった。

 かなりこの塔が好きになってきた、などと口が裂けても言う気はないが。


「今日も来てくれたの。わたしは待っていたわ」

「最近、連日来てくれるよね」


 エルラとアメリアが迎え入れてくれる。だが、そこに引きこもりの青年はいなかった。徐々に目元や表情を見せてくれるようになったがまだ普通に居間に来てくれるのは高望みしすぎか。

 まだ彼には普通の生活は早かっただろうか。


「ねえ。聞いてよ! わたし、火炎球が使えるようになったのよ」

「……? エルラさまは古代魔術まで完璧なのではなかったのでしょうか。これは、初級魔術ですよ」


 以前そう言えばはっきりとそうね、と頷いていたと思っていたのだが。言葉の解釈を間違えたのだろうか。

 古代魔術は何百年以上前には主流だったが現在は、文字や文化の変化から伝承のものとなった魔術のことをいう。上級魔術よりも遥かに実力が必要だ。


 アリエッタも上手く扱えるかと言われれば、首を縦に振ることはできない。


「そそそ、そうよ! そうだったわ! 完璧令嬢エルラは何でもできるのよ。馬鹿馬鹿馬鹿。わたしの馬鹿ね」

 

 エルラが馬鹿と連呼するので本当に馬鹿そうに見えてしまう。完璧などとはとても程遠かった。

 次の瞬間にはアメリアに飛びついた。忙しい令嬢だな。


「どうしよう。せっかくできるようになったのに。あの子に見せたかったのに……。わたしの努力を返してよ……」

「見せたら良いじゃん。何を気にしているの」


 感情を出しすぎなエルラに対してアメリアはあまりに淡々としている。やはりふたりは性格も相性も真逆そうなのに。上手く馴染んでいる。


「設定よ。わたし、あの子の中では古代魔術まで完璧エルラ嬢になっていたわ。過去のわたし、何を言っているのよ」

「え、設定を気にしているの? 馬鹿みたい」


 一応声を潜めているが残念ながらアリエッタに全部筒抜けだ。なるほど、エルラは初級魔術がようやく習得できたレベルか。

 実力を履き違えてしまったのはアリエッタの落ち度だからきちんと謝らないと。


「エルラさま」

「な。何よ」

 

 アリエッタが名前を呼べば彼女は分かりやすく身構える。


「あなたはどうやら古代魔術を使う存在になるまでには遥かに遠い存在であった初級魔術師であったのですね。正確には火属性限定で初級魔術師でしたか。エルラさまの本当の実力を間違えてしまい、申し訳ございません。酷く屈辱だったでしょう。居た堪れなかったでしょう。次からはきちんとした魔術階級を述べられるよう心がけます」

「あ、あの……。あまり連呼しないでよ……。は、恥ずかしいわ」


 大真面目に頭を下げるアリエッタと僅かに頬を染めるエルラ。確かに初級魔術と連呼されて良い気分がしないか。


「すみません。初級魔術師であるあなたを馬鹿にしたわけではなく。初級魔術師であるあなたに驚きが隠せなくて。いえ、別に魔術が使えるだけで凄いかと思いますので、お気になさらず」

「アリエッタ、煽っているよね」


 アメリアがへらへら笑い出した。煽ってるつもりはない、ただ事実と謝罪を述べただけなのに。


「ま、まあ。とにかくあなたに火炎球を見てもらいたいのよ。……外に出ましょう」


 一応、ネフィシーへの配慮だろう。三人は杖を持って塔を出る。


 以前三人で魔術練習をした池付近に三人は集まる。エルラは杖をぎゅっと握りしめて俯いてしまった。


「……。あの時は、本当にごめんなさいね……」

「一度正式に謝罪してもらいましたし。私はもう本当に気にしていませんので。これからはこの話題についてはお互い触れないことにしましょう。暗い気持ちになるのは私も嫌ですから」

「ええ、そうね……」


 と言いつつもエルラは浮かない顔をしていた。完全に忘れることはできなくともエルラの心が少しでも軽くなればそれで良いと思う。


「で、では。いくわよ。わたしの火炎球を!」


 さっきまでしおらしい乙女のような表情をしていたエルラは一瞬で感情を切り替えた。いくら何でも早すぎる変化だ。

 エルラは詠唱をして、火炎球を展開させようとするが。


「あ、あれ? わたしの火炎球はどこへいってしまったの?」


 杖はぴくりとも反応せずエルラはおろおろしている。「もう一回」と息巻いているが結果は変わらない。


「ちょっと。何故なのよ。以前はできていたじゃない。アメリア!」

「知らないよ。……まあ、頑張って」


 放任主義のアメリアはアリエッタの隣に座ってこちらへ寄りかかってきた。アメリアが体重をアリエッタの方へ預ける。


「な。何ですか」

「んー、アリエッタの肩は気持ち良さそうだなって」

「それは良かったですね」


 正直やめて欲しいが、あえて咎めることはしなかった。

 代わりにずっと考え続けていることを問いかけた。


「アメリアは、ずっと慕っていたり尊敬していたりした相手が悪魔、といわれ続けて恐れられていることが判明したら。どう致しますか?」


 アリエッタは今後彼とどう関わっていくべきなのか。はたまた縁を切るべきなのか。ずっと考えていた。サンドレアに黒魔術の大悪魔だと言われてから彼とはまだ話していない。


「世間体なんて気にしないで、あたしはあたしの思うままに相手と関わるかな。だって人に流されるなんて馬鹿らしいでしょ」

「ですが、恐れられる存在と一緒にいると私まで悪く思われそうですね。とても嫌です」


 ちなみに、エルラはひとりで叫びながら、魔術練習と向き合っている。魔術使用は華々しく見られることも多いが、その反面陰ながらの努力は尋常じゃないくらい必要だ。エルラには、これから頑張ってもらいたい。


「アリエッタ。今聞いていることって実体験? 誰かが悪魔って言われているの?」


 アメリアは鋭いところを突いてくる。


「どうしてそう思ったのでしょう」

「こういうのって自分の本心や体験を架空の存在に置き換えるのが主流なんだよ」


 架空の存在に置き換えた覚えはないが、言いたいことは概ね伝わった。察しの良いアメリアには悪魔と言われる存在までばれてしまった。何なら黒魔術の大悪魔が誰なのか検討がついていそうだ。

 答えのない問いを永遠に反芻していると。


「悪魔なんて不吉なことは忘れた方が良いかも。きっといつか分かる。……気にしなくて良い」


 アメリアは確信を持つような瞳で言う。占星術の結果だろうか。


「アメリアは『黒魔術の大悪魔』が何なのか知っているのですか?」

「うん? 何それ」


 彼女はかくんと人形のように首を横にする。紫水晶の瞳には何も浮かんでいなかった。


「私もよく分からなくて。アメリアなら何かご存じかな、と」


 彼女の場合は知らないふりを平気でしてきそうだから、少し怖い。息をつくように嘘をついてきそうな勢いがあるのだ。


「あたしは興味ないことには本当に詳しくないから、分からない」

「そうですか。それは残念です」


 サンドレアも忘れた方が良いと言っていたし、知っても良いことはないのだろう。ここは彼の言う通り一度その言葉から離れてみるか。


「ねえ、見てよ! 火炎球に成功したわ」


 話が途切れたところで見計らったかのようにエルラが魔術を成功させた。彼女の杖の先からは小さな炎の球が浮かんでいる。


「やったわ。あなたたちのおかげね。嬉しいわ」

 

 エルラはぴょんぴょん飛び跳ねている。きちんと成功体験は大事にして欲しい。ここからは更なる試練が待っているから。


「本当に素晴らしいですね、エルラさま」


 たとえ最下級の魔術の成功だとしても。成功という事実には変わらないのだからアリエッタは祝福の言葉を送ることにしている。

 小さな積み重ねが大きなものに繋がるのだ。


 突然エルラは思い出したかのように「あ」と声を上げた。


「そうだわ。最近あなたがよくここへ来てくれるから。お部屋を用意したのよ。アメリアと一緒に必要物資を買いに行ったのよ」

「うん。エルラが張り切ってた」

「ちょっと。それは内緒よ!」


 やはりふたりは仲良しのようだ。若干エルラが振り回されているような気がするが。


「早速見に行きましょうよ」

「ええ。悪くないですね。行きましょう」


 そうして三人はエルラを先頭にして順に歩き出す。塔の階段をひとつ登った先にアリエッタの部屋はあるらしい。


「ここよ」


 扉は硬い木材でできた赤紫色の扉だった。奇遇なのかアリエッタと同じ瞳の色をしている。


「最初はあなたに開けて欲しいの」

「はい、では楽しみに開けさせていただきます」


 アリエッタはふう、と息を吐き赤紫の扉を開く。まず目に映ったのは天蓋付きのひとり用はゆうに超えているベッドだった。視線を移せば白を基調にした作業用の机が鎮座している。

 全体的に桃色を基調とした部屋だった。髪色と瞳の色から連想して用意してくれたのだろう。特に好きな色は存在しないが強いて言うならば髪色と同じ桃色が好きだった。


「どうかしら」

「とても素晴らしいですね。……おしゃれです。私が作ればもっと地味なものになっていたと思います」


 ご丁寧にベッドまで用意してもらったが今のところ毒闇の塔に泊まり込む予定はない。今まで部屋が欲しいな、と感じることは少なかったのでせっかくの部屋も使う機会が少ないかもしれない。それでも。


「こうして私のためにお部屋を用意してくれたふたりに感謝します。ありがとうございます」


 アリエッタは部屋の中に入り、ゆっくりと室内を見渡す。ある一箇所だけ他とは違う輝きを放っていた。


「魔導書!」


 アリエッタはすぐさま魔導書が並んでいる棚に走り込む。背表紙を見れば貴重な魔導書がたくさん飾られていた。気が利く令嬢と占星術師だ。


「本当にありがとうございます。この部屋での生活が楽しめそうです」


 アリエッタはぎゅっと魔導書を大切に握りしめるように言った。


「まあ。アンティーク用で置いていたのだけれど。実用的に使われるのならきっと魔導書も喜んでくれるわ」


 エルラも満足そうだ。貴重な魔導書を飾りがわりに使うとは。発想が突飛すぎてついていけそうにない。


「あなたは本当に魔術が好きなのね」

「はい。本当に、大好きですよ」


 魔術だけは素直になれる。もし何か悪さをするのなら、アリエッタが魔術に夢中になっている時にすると良い。アリエッタは魔術の話題になった時を狙って、口を開いた。


「ところで、エルラさまは。無詠唱魔術の使用は可能なのでしょうか?」


 すると彼女は本当に分かりやすく眉を顰めた。


「あなたができるって言ったらできるだろうし。できないって言ったらできないのだと思うわ」


 それは即ち、その話題について触れるなということか。無詠唱魔術の習得は引きこもりの青年に頼るしかなさそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。