第27話 金の亡者
ルミナイト学園生徒会室にて。生徒会長サンドレア、副会長アリエッタ、書記のティアサ、そして会計の青年が真剣な表情で向き合っていた。
アリエッタは早く帰りたいな、とぼんやり考えながら、生徒会会議に臨む。ティアサもミーを撫でながらあくびをしていた。あからさまな。アリエッタは流石にそこまで態度に出さないが。
今年の生徒会は少数精鋭でやっていくようで、アリエッタ含めて四人しかメンバーがいない。何でも警戒心が強いらしいサンドレアが信用できると踏んだ相手がなかなか見つからなかったようだが。
アリエッタは一応仕事はやるが、そこまで仕事熱心ではないし、ティアサもほとんど同様だ。サンドレアに至っては何がやりたいのか本当に思想が透けない。
「みんなの耳にも入っていると思うけど先日、黒曜竜の群れが発生した」
上座に座るサンドレアが真剣な表情を頑張って作って話している。声を低く、おざましさを感じるように。演技は完璧だが、飄々とした余裕そうでつまらない態度が滲み出ていた。
明らかに演技であることが丸わかりだ。窓からの光を調整して自分の顔に翳りを入れようとして顔を動かす姿が微妙にダサい。こういうのは自然に起こるから格好良く見えるものなのに。
「それは由々しき事態ですね。被害額は?」
サンドレアの演技を無視するようにひとりの青年が口を開く。ルミナイト学園生徒会会計のゴルード・フォーナインだ。
短めの黒髪を後ろで少し束ね、琥珀色の瞳を持つ。彼は喋れば金、金ととにかくうるさいのだ。さらに黄金の宝石たちが煌びやかに散りばめられた豪奢なマントを制服の上から羽織っている。見ようによればサンドレアより豪奢な意匠かもしれない。その容姿と性格から巷では「金の亡者」と言われているらしい。
「被害額はないよ。何とも竜を討伐した人がいるらしくてね」
「なんと。被害がないとは。その者はまさしく英雄ですね」
ゴルードは目を輝かせた。アリエッタは反応しないように平静を装う。エルラ然り、ゴルード然り。ネフィシーはいつの間にか英雄扱いされてしまったようだ。本人はまったく望んでいなさそうなのに。
他者が作り上げた土俵ほど怖いものはない。
「私は倹約を掲げていますが、今回の件は金に糸目をつけませんね。何か英雄さまに私から贈呈したい。金でも宝石でもっ」
「そうねえ。素晴らしいことだと思うわ」
ティアサが本当に興味なさそうに返事する。一応会議に参加しているという体裁を整えるためか。アリエッタも適当に頷いておく。
アリエッタはネフィシーが贈呈品を貰う姿を想像した。本物の英雄のようににこやかに笑うことなど彼にできそうにない。大人しくもらいはしないだろう。おろおろして丁重に断りそうだ。
「うーむ。その英雄とやらに褒賞を与えるのならついでにわしにも与えてくれはしないかね? 金でちょっと遊んでみたいのじゃ」
ミーが会話に入ってくる。この蛇、ちょくちょく生徒会会議に口を挟んでくるのだ。一介の蛇風情が。黙ることはできないのだろうか。
「ミーズィーネスにはいつもお菓子を与えているだろう? それでは不満か? そんなに褒美が欲しいのなら、今から菓子をあげよう」
要するに黙れ、とサンドレアは言っているのだがミーは気がつくだろうか。それにミーズィーネスと呼ぶが一体どういうことなのだろう。ミーの名前はミーではないのか。
「ミー呼びで良いぞ。そんな堅苦しくなくて良いのじゃ。……じゃが、菓子は嬉しいのう」
「いつもはミーって呼んでいるだろう?」
その言葉を聞いてアリエッタは背筋に悪寒が走った。やはり、サンドレアは王子だなと思った。
話が少々脱線したので仕切り直しと言わんばかりにゴルードがぽん、と手のひらを叩く。なぜサンドレアを押し除けてゴルードが出しゃばっているのだろうとどうでも良いことを考えていた。
「サンドレア。黒曜竜は素晴らしく強いのですよ。さらに群れとなればサンドレアであっても厳しいかもしれない。私などが戦えば即死間違いなしですよ」
「そうだね。僕であっても厳しい、か」
サンドレアは満足いかなそうな顔をした。何だか不服そうだ。
「ですので、生徒会からも……」
「ゴルード」
サンドレアは厳しい声でゴルードの名前を呼ぶ。いつも余裕そうなのに。珍しい。
「何もお礼はいらないよ。確かにあの人がいなければ学園も被害を受けていたかもしれない。だけど学園の人とは限らない。……あの人は受け取らないのかもしれない」
(あの人……)
サンドレアはネフィシーのことを英雄ではなくあの人と言った。まるでネフィシーだと分かっているみたいに。
「されど。間接的に私を救ってくれたのですよね。私から個人的に……」
「辞めておいた方がいいよ。あれは……『黒魔術の大悪魔』だ」
「……っ! それは……本当にすみません。思い出させてしまって」
ゴルードは大きく目を開いて唇をぎゅっと結んだ。彼はは平伏するように頭を下げる。
「ゴルードは悪くないよ。悪いのはあいつだから」
「はい、ありがとうございます」
ゴルードは笑みを浮かべて頭を上げた。
(黒魔術の大悪魔……)
あいつが悪いってどういうことだろう。「黒魔術の大悪魔」ってどういうことだろう。
黒曜竜が「黒魔術の大悪魔」と呼ばれているのかそれとも……。
(まさか、いえ。でも。あり得ない話では……ですが……)
どうしてもネフィシーという存在と大悪魔というイメージが結びつかなかった。何をどう切り取っても大悪魔には見えないのだ。
黒魔術とは人に害を与えたり、呪いを加えたりする魔術のことで、禁術とも言われたりする。ともかく、善人ならば一生使うことのない悪の魔術なのだ。
「黒魔術の大悪魔」という言葉はアリエッタは知らなかった。三人とも驚く様子はないから、既に知っているのだろう。
後で聞いてみるか。いや、聞く前に調べてみるか。
「知らないのが良いこともあるんじゃ。そうじゃろう? ティアサ」
「ええ、そうかもしれないわね」
ティアサは深緑の瞳を細めて蛇のミーを撫でる。ミーはやたらとアリエッタを見ている気がする。
「とりえあえず。僕が言いたいことは。黒曜竜の群れが今後も発生することがあるかもしれない。生徒会役員として、気を引き締めてくれ」
サンドレアの一言によって生徒会会議は終了した。サンドレアは去り際、アリエッタの肩をぽんと叩く。
「『黒魔術の大悪魔』なんて言葉は忘れた方が身のためだよ。忘れられないなら……と、距離を置いた方がいい」
その瞳はいつもとは違う赤い瞳をしていた。
これは、アリエッタのためというよりサンドレア自身が自分を律しているように見えてしまった。自分が忘れようと必死になっているような。
サンドレアが完全に去った後、アリエッタはある人物に声をかける。
「ゴルードさま」
忘れた方がいい、なんて言うが忘れることなどできなかった。故に一番事情の知っていそうなゴルードに話しかける。名前からして金にしか興味がないのかと思っていたのだが。
「何でしょう。私は何も知りませんが。聞くだけは致しましょう」
金には熱いゴルードは冷めた感情を向けてくる。アリエッタが何を言いたいのか理解しているのだろう。
「『黒魔術の大悪魔』とは一体何なのでしょうか?」
ゴルードはやっぱりと言いそうな雰囲気を分かりやすく出す。
「正直に申し上げますと。私は「黒魔術の大悪魔」には会ったことがありませんし、存在もよく分からないのです」
申し訳なさそうに眉を下げるところから見るに事実なのだろう。
「とはいえ。私がサンドレアと出会った当初、大悪魔を忘れようと必死でした。もういない親友だから、と。サンドレアは何度も何度も言っていましたよ」
親友とアリエッタは反芻する。サンドレアに親友という言葉は似合わない気がした。
親友という言葉からは一番遠く離れていそうな人物なのに。アリエッタだけでなくゴルードもティアサも。都合の良い駒にしか見てなさそうなのだ。
「この事実は内緒にしてください。サンドレアが怒ります」
「ゴルードさまは」
気がつけば口走っていた。聞くべきではないと分かっているが、それでもアリエッタの口は止まらない。
「ゴルードさまは。殿下とは親友なのですか?」
「私は親友とまで言えるほど仲良いとは思いませんが。少なくとも友達だと思っています。だけど殿下は……サンドレアはどう思っているのでしょうね」
ゴルードは憎々しげな瞳でマントをふわりと翻した。去ろうとしたがアリエッタに言いたいことがあるようで、振り返った。
「ああ、そういえば。貴方は最近生徒会に顔を出す機会が些か少ないですが。……サンドレアに伺っても彼は歪ませた笑みではぐらかされます。真面目な貴方が席を外すことなどあり得ないと私は思っておりますが」
アリエッタはいつの間にか真面目認定されてしまっている。サンドレアはティアサにもゴルードにも何も伝えていないらしい。アリエッタがどこで何をしているのか。
ティアサに以前聞かれた時は何をしに行っているのか答えられなかったが。サンドレアは言外禁止とは言っていなかった。ネフィシーにも伝えてしまったし、隠す必要もないだろう。これからは大っぴらに明かすことにする。
「私は少し。殿下からの命令で調査に行っておりまして」
「ほう。はてその調査とは?」
アリエッタはどう答えるべきか逡巡する。毒闇の塔の調査など素直に言えばゴルードがどういう反応をするか容易に想像ついた。
「知らない方が良いかもしれませんし。私も。調査の真意を考えるのが少し怖くなってきました」
「そうですね。ミーの言う通り知らない方が得策なこともあるでしょう」
ゴルードは察して頷き、そのまま生徒会室を出て行った。アリエッタは絶対に考えなかった。どうしてサンドレアがアリエッタという平民に毒闇の塔調査を命じたのかについて。




