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幕間3 蛇の大秘宝(後編)

 ふたりは並んで馬車に座るが、道中会話という会話はなかった。今日知り合ったばかりだし、話すことなど思いつかないのだろう。意外に人見知りなティアサであるし。

 そうして馬車は目的の場所へと着く。少年の手をまたもや借りることになる。馬車の乗り降りくらいひとりでできるのに。ふたりは外に出る。

 訪れた場所はロアロナ地方にある存在感の大きいカナード山だった。この山の中に蛇の大秘宝があるらしい。


「山の中ね。それに、とても寒いわ」


 ティアサは寒さに震えてくちゅん、と小さくくしゃみをした。ナーリア王国の北の方に位置するロアロナ地方は年中王都より気温が下がってしまうらしい。


「寒いのでしたら、私のマントをどうぞ。重いですが、とても温かいのですよ」


 ティアサの返事を待つことなく少年は勝手にマントを羽織らせる。


「ちょっと。わたし、は頼んでいないわ」

「ですが、本当に寒そうではないですか。遠慮せずにどうぞ」


 ふさふさの素材がティアサを包みこんでくれる。ティアサは暖かくなったが、少年が寒そうだ。マントを脱いだ少年は簡素なシャツにズボンという軽装備だった。


「それに、山登りよね? そんな服装で大丈夫なの?」


 かくゆうティアサも着の身着のままで屋敷を飛び出してきた。路銀も幼いティアサに与えられた量は少なかった。服を買おうにも買えない。


「蛇の大秘宝は、山の麓にありますからね。大丈夫ですよ。私も軽装備で立ち入ったことがありますしね」


 しばらく歩くと兵士が槍を構えて立っていた。ここは王城ではない。ただの山だというのに。些か警備が頑丈すぎるのではないのか。


「カナード山は国宝だ。王国より厳重な警備が求められている。そして、通行量に銀貨一枚。ふたりだから二枚分だな」

「はい。これで問題ないですね?」


 少年は迷う素振りすら見せずに銀貨を二枚、兵士に手渡した。


「あの、わたし。銀貨くらい持ってきたわ……」

「問題ありません。我が家は金で溢れてますからね。金貨を集めてちょっとした遊びができるくらいたくさんあるのですよ」


 少年は胸を張って自慢げに言う。ティアサと違って家から追い出されることなどないのだろう。少しだけ羨ましく感じる。

 ティアサは生き生きと金貨を眺めては瞳を輝かせる少年を見つけて俯きがちになってしまう。


「……どうしたのですか? 落ち込んでいては金は降ってきませんよ」


 何でも金に結びつけるのはとても残念だが、これが少年なりの精一杯のフォローなのだろう。


「そうね。金はいらないけれど、蛇が降ってこないわ」


 少年が金馬鹿ならティアサは蛇馬鹿だろう。両者共に家訓の影響を受けていそうだが。


 さらに足を踏み入れると白い光があたりを包み込む。迷宮に迷い込んでしまったかのようだ。

 足元もぬかるんでおり、うまくバランスがとれない。ティアサは足を踏み外し前にいる少年にぶつかってしまった。ティアサだけでなく少年までよろけてしまう。


「あ、あああ……。ごめんなさい。あなたの服装が……」


 少年は前のめりになって膝をついて倒れてしまう。服は、土で汚れてしまった。


「お気になさらず。それより、怪我は大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ。……あなたは」

「私は大丈夫ですよ。私はこう見えても少しお転婆なところがありますからね。よく服を汚しては怒られてしまいますよ」


 怒られると聞いてティアサは心配になる。今回も怒られてしまうのではないだろうか。


「ご心配なく。女の子を助けたと言えばこれ以上ないくらい喜ばれ、よくやったぞとむしろ褒めてくれるのです。だから、もっと汚れても良いのですよ!」


 何だかおかしな家庭だ。そして楽しそうだ。少年が放つ言葉の端々からそう感じてしまう。

 しばらく歩いていると突如大きな壺が目に入った。白亜の壺からは白い煙が出ている。


「これが、蛇の大秘宝ですね。祈祷すれば願いが叶うとか何とか」


 ティアサは壺の前に立ち、じっと中を見つめた。だが後ろから少年にマントを引っ張られてしまう。


「壺の中は見てはなりません! 覗けば大悪魔が現れるとか何とか言われているのですからね。気をつけてください」

「ならそう言ってほしかったわ。知識不足な私も悪いけど」

「いえいえ、私が言うべきでした。ともかく! 次からはお気をつけくださいね!」


 少年の言葉にティアサは大きく頷き今度は壺を決して覗かないように細心の注意を払って目を瞑り、手を合わせる。


(わたしの元にどうか、蛇が顕現されますように……)


 そう心の中で願えばティアサの魔力が何かに反応したように流れ出す。魔力は腕を伝って合わせる手のひらにまで到達した。


 ティアサは目を開けて軽く一度礼をすると……。

 シャー! と蛇のなく声がした。


「え、蛇……」


 あたりを見回せば壺の中から蛇がつたってきた。穢れのない純白の美しくも凛々しい体躯を持った蛇だった。


「おぬしを探しておった。おぬしはティアサじゃろう。顕現の際、現れることができなくて本当に申し訳ないな」

「しゃ、喋った……?」


 ティアサの父も母も、兄たちだって喋ることのできない蛇だというのに。

 甲高い声が響き渡る。蛇が喋る驚きで、何故ティアサの名前を知っているのか気にもとめられなかった。


「そうじゃ、わしは特別な蛇なんじゃ! 何千年と時を過ごしてきた、神の蛇である神蛇(しんじゃ)に近しいぞ! ……正確には違うがな。そんなことはどうでも良い。敬うがよい」


 本来ならここで頷き最敬礼をするのが正しい行いなのだろう。だがティアサは。


「良かったわ、あなたに出会えて。嬉しいわ。ありがとう」


 ティアサがやったことは、神蛇を抱きしめることだった。


「お、おう。こんなふうに親しくされたのは初めてじゃ。じゃが、悪くないな。よろしく頼むぞ、ティアサ」

「ええ、こちらこそ。よろしくね」


 蛇はすぐにティアサに懐き、首元に自ら巻き付いてきてくれた。


「わしは生涯命をかけてティアサを守ろうと誓おう。何せ、わしとティアサはかけがえのない相棒じゃ!」

「相棒……。良い表現ね」


 ティアサは蛇の頭をそっと投げる。舌を出し、満更でもない表情をしてくれた。


「良かったですね。私も何だか嬉しいです」

「ええ、あなたのおかげよ。ありがとう」


 ティアサは少年に感謝することを忘れない。少年が居なかったら、ここまで辿り着けなかったし、ひとり路頭に迷っていただろう。


「いえいえ、ティアサ嬢の力もあると思いますよ。私はきっかけを与えただけに過ぎませんし」

「ちょっと、気安く名前を呼ばないでほしいわ。まあわたし、はティアサだけど。蛇! 勝手にわたしの名前をばらさないでちょうだい」

「おぬしはティアサじゃろう。ティアサはティアサじゃ。それと蛇呼びはやめんか。わしはミーズィーネスじゃ」


 ミーズィーネス。とても言いにくい名前だ。本当に発音しずらい。


「省略してミー呼びでも良いかしら?」

「構わんぞ。というか本名で呼ぶやつなどほとんどおらん」

「じゃあ。ミー。ふふ、良いね」



 その後、少年の家の馬車でティアサはスネークス家の屋敷まで送ってもらった。蛇は召喚された。本物の家の者として認められないだろうか。

 だから、ティアサはもう一度父と話してみることにした。そばにはミーを従えて。


「ティアサ嬢、頑張ってください。……またいずれ社交界で会いましょう」


 少年は手を降って、マントを翻して去っていった。自信ありげな堂々とした姿はほんの少し、羨ましく感じてしまう。

 ティアサは一度大きく深呼吸をして扉をノックする。返事とともに侍女が扉を開いた。


「はい、ご用件は……ってティアサ嬢ではございませんか! しかも蛇まで従えている! これはこれは、早速ご主人さまにお伝えしなくては」


 侍女は慌てた様子でその場を去っていった。侍女は驚いていた。また、もう一度追い出されてしまうのだろうか。

 ティアサは不安でぎゅっとスカートを握る。


「大丈夫じゃ。神蛇付きの最強ティアサじゃぞ。わしの権力と威光でおぬしの父など蹴散らかしてやるわ!」


 ティアサは強力なミーという仲間を連れて堂々とした足取りで屋敷へ足を踏み入れた。


 すべて、自分は家の者だと認められるために。顕現は失敗したが、こうして出会うべくしてミーに出会えている。名前も知らない少年との縁もできた。

 これは結果論に過ぎないが、追い出せれたことで繋がった出会いだ。父のしたことを許すつもりはないが、縁を切ろうだなんて思わない。


 だってティアサはこの家が、蛇を従える自分が大好きなのだから。

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