幕間2 蛇の大秘宝(前編)
スネークス家には七歳になると蛇の顕現の儀式を行う。屋敷にある隠された大魔法陣を使い、蛇を召喚するのだ。蛇の血を引くものとして契約を結ぶのが代々家に伝わる儀式。父も母も、兄たちも皆蛇を従えている。
蛇には一応力のランク付けがされており、色によって区別されているらしい。最高峰の色は確か紫だったろうか。
その家に生まれた令嬢、ティアサは足をぷらぷらさせてその時を待っていた。この儀式が無事終わればようやく認められた気になるのだ。
ようやくその時が来て、ティアサは魔法陣の上に立つ。目を瞑り、蛇を感じさせて。
「我、蛇を神と崇めし家の者。我が力を持って示さん、運命の番となるものを」
そう唱えれば光が包み込み、相棒となる蛇が現れるのだ。現れるはずなのに……。
ティアサが唱えても、蛇はおろか、光すら発せられなかった。
「どうして……」
今まで何十人もがこの顕現をこなしてきたが、誰も失敗などしたことがない。何なら詠唱を多少間違えても問題なく現れるというのに。
「もう一回……」
「ティアサ、諦めろ。お前は真のスネークス家ではないということだ。偽りの娘、というところか」
そう言ったのはティアサの父だった。諦めろ、って。偽りの娘とは。
「お父さま。わたしはあなたの娘よ。偽りなんかじゃない。わたしは……」
「なら、その手には蛇を抱えているはずだ。なのに、お前は何も抱えていない。そんな者は私の娘とは認められん」
ティアサの頬には涙が伝わった。どうして。自分には顕現できない。召喚が成功しない。信じて疑わなかったのに。
「出ていけ。お前がいる価値などはない」
「お父さま……」
幾ら訴えてもティアサの言葉など聞き入れてくれなかった。出ていくのが正義だと言わんばかりに。冷淡に、無感情に言葉を放つだけ。どれだけ泣き喚こうが、異物のような目線を向けられる。
「たまにいるのだ。家宝欲しさに自称スネークスを名乗る輩が。だから、蛇の顕現を失敗した者は全員平等に追い出すことにしている。それは、娘であるお前も同じだ」
父は、睨みつけるようにティアサに言う。どうして、出ていかなければならない。
母にも兄にも父をどうにかして欲しいと縋ったが返ってきた言葉は「規則だから諦めなさい」だった。
だから、仕方なくティアサは屋敷を出ることにした。ティアサについていくという侍女はひとりもいなかった。誰も自分が心配にならないのか。
屋敷を出たとして、これからはどうしよう。旅に出て、稼ぐか。……稼ぐ? そう、自分は稼がなければ生活できない。何か仕事を見つけないと。
……将来は魔術学園に行って、立派な魔術師になりたかったのに。蛇を顕現させられなかった。ただそれだけで明暗が決まるだなんて、あまりにも理不尽だ。
「わたしを働かせてください。お願いします!」
近くにあった飲食店に入り、ティアサは頭を下げる。忙しそうにしていたからうってつけだと踏んだのだ。店主は訝しげな視線でティアサを見つめてくる。
「まだ若そうな娘さんだな? 迷子か?」
「いえ、家を失ったので働き手を探しているの。それで……」
「悪いな、こう見えても人手は足りている。いや正確には足りていないが」
なら、働かせてもらえないだろうか。ティアサはその一心でさらに身を乗り出す。
「お前みたいな若者を入れちゃあ、さらに回転が遅くなるだろう。かえって逆効果だ。分かったなら帰りな」
ティアサはまだ七歳だ。親元を離れて独り立ちするには幾ら何でも早すぎる。
「でも、わたし……」
「お前に構っている時間はないんだ」
奥の方から「てんちょー! ちょっと来てくださーい!」と声が聞こえる。奥で店主を呼ぶ少女はにやりと口角を上げていた。
すべてティアサを追い出すためにやっているのだろう。
「分かり、ました。帰ります」
諦めて頭を下げてその場を去った。しばらく逃げるように走っていると視界が滲んできた。もう、泣くことはしたくないのに。みっともないのに。
走って走って逃げ続けていると、誰かとぶつかりティアサは尻もちをついた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……。どうかお許しを……」
「立てますか」
まだ声変わりしていない少年の声が響いた。手を差し出してきたのは黒髪に琥珀色の瞳を持つ少年だった。豪奢なマントと、手首や首元には高価そうな宝飾品がたくさん嵌められている。
ティアサと同じ貴族の家の者だろう。
少年の手を借りてティアサは立ち上がる。
「本当にすみません。わたしとしたことが……」
「気にすることはない。ああ、迷子ですか? それとも金が欲しい? 金ならたくさんありますよ。いりますか?」
「いえ、あの。金ではなく仕事を……」
少年は金貨を数枚手に取って遊び始めた。
「んー? 仕事は何のためにする? 金を得るためでしょう。私は代々金が命に変えがたい存在の家の者。困った時は何でも言ってください」
「わたし、は蛇が家宝として代々伝わっている家系の家、よ。でも、見捨て……いえ何でもないわ」
見捨てられたと言おうとしたのに、声にすることができなかった。それを見かねた少年がティアサの背中をさする。
「優しいのね……」
「いえいえ、金を愛する者、人を愛するべし。これは我が家の教訓ですよ」
優しいが金馬鹿なところが少々ある。
「しばらくは私の家の屋敷にてお過ごしになられますか?」
「ありがたい提案だけど。あなたに悪いでしょう?」
自分が蛇を顕現させられなかっただけの仕打ちだ。この少年は何も悪くない。邪魔者がひとり増えるなんて良い迷惑だろう。
貴族は家同士との関わり合いは慎重にやらねばならない。おいそれと他人の屋敷に踏み込んではいけないのだ。
「そうですか。ではしばらく私はあなたについていくことにします」
「そんな。迷惑、よ」
「いえ、これは私がやりたいことなのです。何だがあなたがこれからどうなるのか、少しだけ楽しみになりました」
そうしてティアサと少年はふたり並んで歩き出す。
「楽しみって何よ。人の不幸を嗤う人かしら?」
それを聞いた少年は慌てて首を横に振った。誤解です、本当にすみません、って謝ってきた。
それからティアサは蛇の顕現のことについて少年に話した。自分には才能がなくて失敗したこと。それが原因で家を追い出されたこと。
本当に貴族の令嬢ひとり追い出して何がしたいのだろう。まだティアサの名前を少年に明かしていないが、彼も大方誰なのか分かっていそうだ。
ティアサ自身も少年がどこの家の者なのか大体分かるし。黄金の鉱山を構えている子爵家の令息なのだろう。
「なるほど。それはあまりにも残酷ですね……と言いたいところですが、大体貴族とはそういうものでしょう。無能は、使い捨ての駒のように捨てられる。そんなものでしょう」
「わたしは別に捨てられても良い。もう。慣れたわ」
全然慣れていないし、可能なら蛇を連れて屋敷に戻りたい。
あんな酷いことを言った父だが、決して嫌いになったわけではない。むしろまだ好き、という感情の方が強い。
少年は顎に手を当てて迷うような素振りを見せた後、口を開いた。
「ロアロナ地方に実は蛇の大秘宝たるものがあるのです。ご存知ですか?」
「いえ、知らないわ」
ティアサは首を振る。可能ならぜひとも行ってみたい。
「なら一緒に蛇の大秘宝に向かってみませんか? 何かヒントが得られるかもしれませんし」
その言葉に大きくティアサは頷いた。
ふたりは少年の家の所有物である馬車を借りて乗り込む。その馬車には貴族であることを示す紋様が彫られていた。
何がしたいのか分からないが少年が手を差し出してきた。
「何の真似よ」
「エスコート、たるものです。少しやってみたくて」
少年は嬉しそうに微笑む。その笑みを絶やしたくはなくてティアサは手を受け取った。




