第3話 塔の主
アリエッタがサンドレア王子から依頼された毒闇の塔についての調査。エルラの反応から察するにアリエッタが調査目的でここに来たことが暴かれたと捉えて良いだろう。暴かれたから何だ、という感じだが。
エルラは何も深堀りしなかった。単に興味がないのか、何かを企んでいるのか。
有耶無耶にされるのは落ち着かないから、はっきり言ってほしい。アリエッタは机をお借りして、手帳に記録していると。
エルラは薬草のような草が入った籠を持った。アリエッタと出会った時に、持っていた籠である。
「その草は一体何なのですか?」
「その草持っているあなたは平民みたいですね」とは初対面の貴族相手に流石に言えず、無難な質問を投げかけることになった。単純にアリエッタが興味を持ったのだ。
「薬草よ。見れば分かるでしょう?」
何故か言葉に鋭さがあった。苛立ちを隠す気はないらしい。何か怒らせてしまっただろうか。普通に疑問を投げかけただけなのに。
学園に草や花を植える場合には生徒会の許可が必要なはずだ。何処に何の植物を植えるのかを細々と書かないといけない申請書を提出する必要があるのだが。
毒闇の塔周辺に植えることを認められた植物はない。
つまるところ規則違反なのだが。
(まあ、そういうことを言ったらさらに苛立って薬草を投げつけられるかもしれないですし……)
貴族のご機嫌どりのために喉元まででかかった言葉はするすると戻っていった。相手がサンドレアなら思ったことを躊躇いもなく、すぐに口走っていた気がするが。この令嬢には少し機会を伺って言葉を選んでいる。なお、サンドレアの方が身分が上だ。
まだ、自分の中によく見られたい気持ちが残っていたことにほんの少しだけ驚いた。他人からどう見られようが思われようが、本当にどうでも良くなったと思っていたのに。
「この薬草。今から届けに行くのだけれど。あなたも来る?」
相変わらず言葉に棘はあった。だが、エルラは一緒に行動という行為を求めてきた。好意的に映ったと見て良いだろう。
「はい。行かせてください」
「ついてきてちょうだい」
エルラに続いてアリエッタも歩き出す。
居間の中はアンティーク雑貨で埋め尽くされていた。少し古めかしいが、それが雰囲気にあっている気がする。天球儀、杖の模型、更には主に占星術で使われそうなアストロラーベも置かれていた。統一された雰囲気で、こだわりを感じる空間だ。
「今から最上階に行くわ。結構大変よ。途中で音を上げないことね」
振り返ることなく淡々と言った。まだ僅かに苛立っている気がする。
「大丈夫です。体力には自信ありますよ」
魔術を使うことにおいて、体力はないよりあるに越したことはない。
階段は螺旋状だった。柵は黒い鉄製のもので、美しく高級感が溢れていた。エルラの言う結構大変は、体力のことではなく目が回ることなのかもしれない。だって階段はぐるぐる回る螺旋階段なのだから。
「そう」
少しだけエルラは足を早める。もう話は終わりだと言いたいのか。
だが、アリエッタはどうしても知りたいことがあった。どうせすぐに分かることだけれど。それでも口は止まらない。
「最上階には一体誰がいるのでしょう? 薬草は最上階の方に届けるのですか?」
普通薬草は、病気や怪我の治癒の為に調合して使われる。誰か体調が悪い人でもいるのだろうか。
「主。塔の主みたいな人。実質的な支配者ってところかしら」
「ほう。その方は怖いのですか?」
至って単純な質問だと思ったのだが。何故かエルラが足を止め、こちらへ振り返った。口元ににやりと嫌らしい笑みを浮かべて。
「あなたは、怖い人が苦手なの?」
まるで嘲笑するかのような鈴が鳴るようなゆらりとした声ではっきりと言われる。
罵声を浴びたり、人に危害を加えたりするような類に分類される怖い人は大して怖くない。アリエッタが怖いのは静かな怒りを滲ませるような人だ。まさにサンドレアが当てはまる。もう慣れてしまったが。
「……別に」
アリエッタは目を合わせられずにぼそりと呟いた。これでは認めてしまったも同然ではないか。
「そう。ちょっとあなたのことが知れるかなって、期待していただけなのに。まあ、良いわ」
その言葉が本音だとは思わなかった。思えなかった。どうしても表情が作っているようにしか見えないのだ。エルラは本当につまらなさそうに、面倒そうに足をまた進めた。
「主はね。もう長年会っていないのよ。わたしですら顔を合わせてくれないの」
ようやくエルラが苛立ちを帯びた棘のあるものから、優しい声色に変わった。
「同じ塔にいらっしゃるのに、会っていない?」
「ええ。扉越しに会話することはあっても面と向き合って話したことは本当に少ないのよ」
彼女の顔は見えないが、寂しそうな顔をしていそうだな、と思った。
「わたしは彼のことを語れるほど知らないの。なんだか情けないわよね」
「そんなことはないと思いますよ。だって合わない人はいます。人間に相性はつきものですよ」
アリエッタとサンドレア王子との会話が事務連絡しかないように。絶望的に話が弾まない相手はひとりやふたりいたっておかしくない。
「そういうものなのかしら」
「そういうものですよ。……だけど凄いですよね。普通なら自分で用意するべき薬草を人に用意させるなんて。この役目を辞めたいとは思わないのですか?」
アリエッタは純粋な疑問を口にしただけだと思ったのだが。
「辞めたいわよ」
その声は短く恐ろしく低くエルラの感情を存分に語ってくれた。辞めたい、ということは何か辞められない事情でもあるのか。
螺旋階段を上っていくにつれて段々と不気味さが増しているように思えた。階段の最初こそ綺麗で過ごしやすそうだったのに。今や壁は所々黒ずんでいるし床も軋んでいる。段々と管理が疎かになっている。
ギシギシとよくない音がする。もう戻りたい。
しばらく無言で階段を上っていると。気が付けば塔の最上階にまで来ていた。
「ここよ」
ぼろぼろの木の扉かと思ったが違った。結構しっかりとした紺色のペンキでわりかし綺麗に塗られた扉だった。もとは上質なものだったのだろう。すぐそばには小さなテーブルが置いてある。
エルラが扉を強く叩き、声を上げる。
「頼んでいた薬草。置いておくわよ」
やや怒りが混じった声でそばにあるテーブルに薬草を置いた。
「……」
微かな小さな声で扉の奥にいる主とやらが何か言った気がするが気のせいだろうか。
ガタ、と物音が鳴る。扉の先にいるのは本当に人間なのか。実は、化け物でした、とか洒落にならないからやめてほしい。
「じゃあね」
怒りを隠す気はないらしく主の返事を待たずしてエルラは螺旋階段を降りようとする。ここまで来るのは結構大変だったのに。滞在時間が一分にも満たないなんて勿体無い。
「せっかくだし。何か主と話でもしていけば? 話してくれるかどうか分からないけど」
捨て台詞を吐いてエルラは階段を降りて行った。
彼女がいなくなると静寂の空気が漂う。奥には主とやらがいるはずなのに。気配が全く感じない。
コンコン、と扉を叩く音と共に床の下の隙間から一枚の紙が送られてきた。アリエッタはしゃがみ込み紙を手に取る。
『誰か知らない人がいる気配がする。誰か来たのか?』
さらさらと心地よい上質な紙に書かれていたのはただの質問だった。紙の端には金色の花の刺繍が施されている。これは貴族の契約でも普通に扱われるらしい宮廷御用達のブランドものなのに。勿体無い、裏紙に書けばいいものを。
はあ、とアリエッタは軽く息をつき、質問を目にする。丁寧で癖のない字は主の筆跡だろうか。質問内容から主はアリエッタにではなくエルラに問うているのだろう。残念だがエルラはもう階段を降りて去ってしまったが。
何故、主は自分の口ではなくわざわざ工程が増える筆談を選択したのか。口があるなら口で言えばいいものを。そもそも喋ることが出来ないのだろうか。
疑問は残りつつもアリエッタは扉の先にいるであろう主を想像した。先ほどエルラが彼と言っていたから、扉の先にいるのは男性のはず。
いずれにしても挨拶は必須だろう。乗り気ではないがやらなくては。




