第23話 悪魔の魔導具
ネフィシーは塔の最上階にある自室にて悶々といた。ひとり、何もできずにずっと蹲っていた。
どうしてこうなったのか。何がいけなかったのか。失言をしてしまったか。
考えても考えても答えは出てこない。アリエッタがどうして期待なんてするなと言ったのか。
だが、その言葉が彼女の本心だとは思わなかった。彼女は気がついていないだろうが、非常に苦しそうに顔を歪ませて言葉を放っていたのだ。
本心じゃなくても。ネフィシーが嫌だと思っても。彼女の願いは優先させるべきなのではと思ってしまう。
だから、彼女に会うべきではないだろう。もしかしたらもう彼女とは話せないのかもしれない。
ずっとネフィシーは孤独だった。実際はエルラもアメリアも居たし、自分が望めばふたりと関わり合うこともできただろう。孤独であるように努めてきた。
父の言いつけを守るためだと言い訳してきたが、本当はネフィシー自身が誰かと関わるのが怖かったからなのかもしれない。
だってどのように話せば良い。何を言えば良い。どうしたら相手が楽しんでくれる。不快にさせずに穏便に済ませられる。
人と関わるだけで考えなければならないことの多さに辟易したせいかもしれない。そのくせ、ここに篭るのは非常に楽だった。過ごしやすかった。
たまにエルラが怒鳴るが、それだけだ。それ以外はずっとひとりで何も気にせず過ごせられる。
いつしかそんな楽園に縋るようになってきた。
重なる使命と酷い孤独感でいつしか生きる意義を失っていたネフィシー。そんな彼に一筋の光が舞い降りる。
アリエッタ、と名乗った少女は今まで出会った人物とは大きく違っていた。
特にネフィシーには興味ないと言いつつ、なんだかんだで自分のことを気にかけてくれる。干渉しないと言いながら結局片足突っ込む。容赦なく人が放ったとは思えない倫理感のない爆弾をたまに投下する。
そんな少女だった。
彼女ならネフィシーを哀れんだりしない。惨めだとは思はない。同情したりなんかしないと思っていたのに。
彼女は「期待するな」と言った。
確かに期待していたと思う。
アリエッタなら。アリエッタと一緒ならネフィシーが変われるんじゃないか。何か光が見出せるのではないか。
そう、微かにも期待していた自分が馬鹿だった。愚かだった。
最初から誰かとの関わりを求めるべきではなかったのだ。
ネフィシーはふう、と息を吐いて炉棚時計の前にたつ。アンティークめいたおしゃれな装飾が施されているが、実は時計の機能はない。これは魔導具の一種である。魔導具は基本、魔術使用にあたっての効率化や促進を図るものだ。だがこの時計にはそんな効果はなく悪魔の魔導具と呼ばれていた。
この魔導具の長針を動かし、悪の魔力を放出させてネフィシーが代わりの痛みを受ける仕組みになっている。
「くっ……」
いざ針を動かそうとすると、額に汗が滲んできた。手を伸ばしても震えるばかりだ。
いつもいつも。この魔導具のせいでネフィシーは苦しめられてきた。
この魔導具がなければ。王国から選ばれさえしなければ。
きっと皆と同じ普通の生活が得られただろう。
長針を動かせばきっと激痛が走り、運が悪ければ最悪死に至るかもしれない。それでも。やるしかない。これはネフィシーの「使命」なのだから。
ネフィシーは長針を左回しに動かす。
そうすれば溜まった魔力が放出され、ネフィシーの身体を蝕むのだ。いわばこれは自殺行為に近い。
「う……うぐっ……!」
やはり化け物のような叫び声を出すしかないほどの激痛が走る。もう、慣れてしまったいつも通りの痛み。
痛みに慣れすぎたせいで最近は感覚が麻痺してきている。
今日の痛みはいつも以上に重かった。
ネフィシーはすかさず左手の手袋を外す。その手には漆黒の闇のような紋様が浮かび上がっていた。
「鴉……っ!」
ネフィシーが勝手に鴉と呼んでいる黒い鳥型の光がネフィシーの身体を切り裂くように走り抜けた。
いつもは静かな音なのに、今日はドーンと轟音が鳴った。
剣が刺されたような痛みは耐え難い苦痛で。ネフィシーはその場に倒れ込む。
痛みにずっと耐えていることはアリエッタはおろか、エルラとアメリアでさえ隠しているのに。
これでは暴かれてしまう。醜い自分の姿を見られてしまう。
運が、悪い日だった。
鴉に通過された途端、ネフィシーの腹部は赤く染まった。湖を作り出すかのように刻々と。どんどん広がっていく。ネフィシーは口からも血を噴き出す。
いつも血を出すことはあってもこれほどまでの大量出血をしたことはない。
「止血……しないと……」
素早く治癒魔術を発動させようとするがそんな魔力も体力も残っていなかった。
ハーブティーは遠くにあり、とりにいけそうにもない。歩くことすらできなかった。
どうしよう。このままいけば止血が間に合わなくなり確実に死に至る。血は止まることなく今も流れ続けている。
短い人生だったな。
諦めかけて目を瞑ろうとしたその時。部屋の外から慌てたような足音が響いた。誰か来てくれたのか。
そうして階段を登ってきた者はノックもなしに強引に扉を開いた。その人物は出会ってから数回顔を合わせしただけしか交流のないアメリアという少女だった。随分と遠慮がない。
ネフィシーはアメリアの背後に隠れるようにして立っている人物を見て大きく目を開いた。
もう会えない、話せないかもと思っていたアリエッタがそこにはいたのだ。
♢♦︎♢
アリエッタはアメリアとともに談笑していた。お互いに淡々としていて無感情に探り合いのない会話はアリエッタの性に合っていた。
ちなみにエルラはひとりで「あの英雄が……」とときめいている。
すると以前にも聞こえてきた化け物のような悲鳴が天井から響き渡った。
「何の音だろうね」
アメリアは鼻歌でも歌いそうな勢いで言う。そんなアメリアとは対象的にアリエッタは顔が険しくなった。
「どうしたの?」
「いえ……」
観察眼が鋭いアメリアは一瞬の隙も見逃さない。
恐らくこの化け物のような声はネフィシーのものだ。一度このような声を聞いたが彼は明らかに大丈夫ではない声で大丈夫と言っていた。何かに苦しまれているような、そんな様子だったのだ。流石のアリエッタも気になってしまうほどの。
「ちょっと嫌な予感」
アメリアの言う通りだいぶ嫌な予感だと思う。何もなければ良いが。
アリエッタは先ほどの出来事もあり、素直に様子を見に行こうとは言えなかった。
さらに今度は偶然では済まされないほどの大きな轟音が聞こえてきた。聞いているだけでも苦しそうだ。
この中で一番最初に動き出したのは意外にもアメリアだった。
「アリエッタ。ちょっと様子を見に行こう」
アメリアに誘われても首を縦に動かせなかった。ネフィシーに会ってもかける言葉が思いつかない。自分から距離を取るべきだと言いながら、一日も経たずに宣言を破るとは。自分で言ったことくらい、遂行しないと。
「何やってるの。行くよ」
アメリアは強引にアリエッタの手を引いて歩き出した。アリエッタは引きずられる形になる。
「エルラは……まあ良いか」
ついにエルラは英雄の絵を描き始めた。彼女は芸術の心得があるらしく、とてもネフィシーそっくりの青年を描いている。そっくりも何も本人なのだが。そして上手だ。
自分で描いた絵を見ては瞳を輝かせている。
サンドレア王子の似顔絵を描いてもらって、市井で売ればとんでもない儲けになりそうだとアリエッタはぼんやり考えた。
アメリアはエルラを一瞥しただけでその場を離れた。片方は連れて行かれて、片方は放置。差別の極みだ。エルラが可哀想だ。差別や放置に慣れているアリエッタを置いていけば良いものを。
「アメリア。もう大丈夫です。自分で歩けますし、戻ったりなどしません」
アメリアにずっと掴まれている手を離すことを求めた。きちんと彼女との約束は守って呼び捨てにする。
「本当に? 破ったら拘束するからね。覚悟しておいて」
物騒なことを言ってアメリアは手を離す。このまま逃げようと考えたが後が怖いので仕方なくアメリアに続いて塔の最上階へ続く階段を駆け抜けていった。
塔の最上階には今までとは違う異質な空気が漂っていた。魔力濃度が高いのと、血の匂いがする。アリエッタは逃げたくなる気持ちを抑えて扉と向き合った。
「あの……」
バン!
許可が取れるまで扉は開かない主義のアリエッタとは違い、アメリアは容赦なく扉を乱暴に開く。
絶対ネフィシーが嫌がって萎縮すると思うのだが。
アメリアは遠慮せずにずかずかと部屋に入っていく。アリエッタもそれに続き……息を飲んだ。
そこには致命傷に至るほどの血の海が出来そうなくらい大量に出血していた青年が苦しそうな表情で悶えていた。




