第22話 竜を討伐した英雄
アリエッタが自分の要求をしっかり伝えたのち、お互い黙ってしまった。ネフィシーはずっと何か言いたげに口をもごもごさせていたけど。
帰路はお互い一言も喋ることがなかった。外は晴天のはずなのに、アリエッタがいる周りだけ、酷くどんよりした天気のようだ。
何か申し訳ないことを言ったな、と思う。だが、アリエッタ自身が彼と距離を取りたいって伝えたのだから。話しかけようにも話しかけられなかった。
毒闇の塔の前でふたりは別れる。ネフィシーは「上へ戻る」と本当に気まずそうに顔を歪めながら去っていった。
貰った合鍵を嵌め込んで中に入る。
居間でくつろいでいたエルラは扉が開いた瞬間、飛びつくような勢いでしがみついてきた。先ほどまでの何とも言えない雰囲気はすぐに切り替わる。
「おかえりなさい。外はどうだったかしら? 楽しめた? それと大丈夫だった?」
矢継ぎ早に質問してくる。いつも以上に嬉しそうで飛び跳ねていそうだがどうしたのだろうか。何だかエルラらしくないが、こちらの方が本当の姿なのかもしれない。すごく生き生きしている。
「はい、まあ。久しぶりの外出としては悪くなかったと思います」
エルラは自分のことではないのに嬉しそうだ。相変わらずアメリアはスローペースでこちらへやってくる。
あくびとともに「あ、おかえり」とそっけない返事をしただけだった。アリエッタはこういう踏み込まない関係の方が好きだったりする。
「ねえ、ちょっと聞いてほしいことがあるのよ。今時間良いかしら?」
「はい。構いませんよ」
どうせここに居たってすることはない。調査はあるのだが、最近は疎かになりがちだ。
何の話か知らないが世間話に付き合う感性はまだ持っているらしい。エルラはアリエッタが座ったのを確認するとすぐさま口を開いた。
「学園のそばに竜が現れたわよね? なんか大量にいたけど大丈夫だったかしら」
「はい、大丈夫でした」
やはり竜出没については触れられるか。盛大に現れたし別に隠す気もないので適当に返事をしておく。
だがエルラの話は終わることなくここからが本番と言わんばかりに瞳を輝かせた。
「その竜をひとりで倒した青年がいたわよね。その人見た? すごく格好良いわ。迷うことなく竜と対峙できるなんて。まるで英雄ね」
「格好良い?」
恐らくネフィシーのことを言っているのだろうが彼が格好良いという言葉が結びつかない。近くで見ていれば怯えた表情だったり裾が長すぎたりだった。遠くから見てば多少は美化されるものなのか。
「ええ、格好良いわ。わたしはあの方に一度で良いからお会いしたいの。どうして勇気を持った行動ができるのか聞きたいのよ。ねえ、誰か分かったりする?」
「……」
アリエッタは返事に困り、思わず天井を見上げてしまう。半ば無意識にネフィシーのいる方を見上げていた。
同じ塔に住んでいるはずなのに。エルラはネフィシーの顔を忘れてしまうほど会っていないのだろうか。ずっと前から化け物と恐れて会えていないのだろう。
「ああ、でもすごく良かったわ……。双眼鏡を使ってよく顔を見たわ。顔は覚えたから、あとは探すのみね! 見かけたら雰囲気で分かると思うの」
こんなにときめいているのに答え合わせをするのは憚られた。現実を知れば酷く悶えそうだと思ったから。
顔をしっかり見ても尚、ネフィシーだと分からないとは。本当に少しだけ哀れだ。
「エルラさまはネフィシーさまが格好良いと思いますか?」
答えを教える代わりに察しが良ければ答えだと導かれる質問をする。聡いアメリアは訳あり顔でにやりと笑った。
「いいえ。まったくね。あれを格好良いと思う人は何かが足りていないと思うわ」
その、何かが足りないのがエルラです。なんて言葉は言いたくても怖くて言えない。ここまでヒントを出しても察せないエルラに少々呆れてくる。
遠くでふたりの様子を眺めているアメリアは今にも噴き出しそうだった。
「それはつまり。ネフィシーさまは格好悪かったけど竜を討伐した英雄は格好良かったということですね」
「ええ、そうよ」
エルラは何も気に留めず、純粋な疑問を口にした。
「どうしてさっきからネフィシーと英雄を引き合いにするの? あんな引きこもりと比べられるなんて英雄が可哀想よ」
「そうですね。すみません。私が浅はかでした。……ネフィシーさまが可哀想です」
そう言った瞬間アメリアがついにふふ、と軽く噴き出してしまった。ここまで言っても気がつかないとは。実はエルラはそこまで察しが良くないのかも知れない。
「ネフィシーが可哀想? 英雄が可哀想の間違いでしょう。どうしてそんなにネフィシーネフィシーって連呼するの?」
「そうすれば気がついて頂けるかと」
ほとんど答えを述べたのにエルラの中には英雄とネフィシーが同一人物という発想がないのか「意味分からないわ!」と軽く怒りを混ぜていた。
すると、アメリアはわざとらしく急に棚の上にある魔導具を手に取ろうとしていた。だが身長が低くて背伸びしても届かない。
「アリエッタ、ちょっと来て」
見計らったようなタイミングで呼ばれる。何か言いたいことでもあるのだろう。アリエッタは大人しく向かった。
「エルラの言う英雄ってネフィシーのことでしょ? あたしも言われるまで気が付かなかったよ」
「はい、ネフィシーさまで間違いありませんよ」
会話がエルラに聞こえないように声をひそめつつ言う。やはりそのことについてか。
「それにしても巧妙だよね。エルラが馬鹿すぎて笑っちゃったよ」
アメリアが噴き出すなんて珍しい。
「エルラには言わないの、面白いよね。暴かれた時が面白そう」
「そうですか。面白い、ですか」
エルラが叫び、絶望し、必死に認めたがらない様子が容易に想像できる。
「ところでひとつ疑問なのですが。おふたりはネフィシーさまの顔を忘れるくらい会っていないのですか?」
同居しているはずなのに顔を合わせない。いくらネフィシーが生粋の引きこもりだとはいえそれは不可能に近いのではないか。
「あたしは会っていないよ。ずっとね。エルラも一緒なんじゃない?」
アメリアは自力で魔導具を手に取る。届かないっていうのは嘘だったのか。
エルラに至っては料理をしたり、薬草を届けたりと何かとネフィシーを気遣っている。流石に顔も知らないとは思えなかった。
長年会っていなかったとしても昔の面影から何となく察せられるものではないのか。
「でもね。エルラが気が付かないのも無理ないと思う。今のネフィシー、昔とけっこう変わっていた」
その変わっていたがどういう意味なのかアリエッタは考えないことにした。容姿のことか、性格のことか。考えたくなかった。
「アメリアさまはちゃんと人の容姿を覚えていたのですね。意外です」
「そうでしょ。確かに意外でしょ。まあ、あたしを馬鹿にはしない方が良いよ。それと、アメリアでいい」
ネフィシーと同じように呼び捨てを要望された。ここで了承すれば差別だと、ネフィシーの気を悪くさせてしまうだろうか。アリエッタがどう返すべきか逡巡していると。
「あたしはあんまり敬われることも敬うことも慣れてないんだよね。前、サンドレアを呼び捨てにしたら死にそうになったよ」
確かにこの王国は古臭く王子を馬鹿にするだけで不敬と取られ、死刑となるのだ。呼び捨てにするくらいならあの王子なら多分笑って終わるだろう。彼の周りにいる頭の硬いやつが近くにいたのか。アメリアも災難だったな。
「もし断れば?」
「好きにしたら良いけど。あたしは悲しむなあ」
わざとらしくしゅんとなる。これは、悲しまないやつだ。だが、ここはアメリアの悲しむを信じることにしよう。
「……仕方ありませんね。アメリア。そう、呼びましょう」
呼び捨てにしようがどこぞの誰かとは違い特に何も変わらない気がしたのだ。だから呼び捨てでも問題ないだろう。彼女は多分、関係が楽になったなくらいにしかとどめていないだろう。
「えへへ」
アリエッタが呼び捨てにすればアメリアは嬉しそうな声を出した。




