第20話 戦う意義
黒曜竜と呼ばれる生物はざっと十頭だろうか。仲間意識があるようで皆仲良く飛んでいる。ボスらしき一際体躯の大きい竜に群がっているようにも見える。
「待ってください。ネフィシーさま」
竜に目掛けて一目散なネフィシーを引き留める。
「何だ?」
彼は珍しく早くしてくれ、と言わんばかりの剣呑さを感じさせる雰囲気を漂わせる。それでも竦むことなくアリエッタは伝えた。
「何もネフィシーさまが竜を討伐する必要はないのです。……服従、させませんか?」
十頭すべて自分のものにしようとだなんて贅沢は言わない。せめてボスだけでも、アリエッタのものにできないだろうか。
強い、格好良い、圧倒的な魅力。アリエッタをときめかすには十分だった。
「それは……できないな。この竜は、俺が倒さないと」
ネフィシーは怯えを孕んだ複雑な表情をした。
「それにこうなったのは……半分俺のせいだし」
ネフィシーのせいってどういうことなのだろう。被害者意識を加速させているだけではないのか。自己嫌悪に陥る奴は嫌いだ。少しは竜を見習えないのだろうか。
「アリエッタは……。竜を服従させれば俺がどうしようもない重い痛みを抱えることになるのならどちらを選ぶ? 竜を服従させるか、させないか」
「……実に悩ましい質問に見えますが、いたって単純です。あなたみたいな弱者は、私嫌いなので。竜を服従させます。あなたが受ける痛みなんか……」
そこまで言えたのにその先は言葉にならなかった。何故だろう。
ネフィシーは杖をぎゅっと握りしめたまま俯く。元々顔の半分が隠れていることも相まってよく表情が読めない。
「もし、痛みを受けるのが俺ではなく、アリエッタだとしたら?」
「私ですか。痛いのはごめんです。竜の服従なんて別にいらないですし。ただ、格好いいよね、というだけで。そんな代償を背負ってまでやることではないと思います」
痛みの程度にもよるが、ネフィシーが想像しているのは重い痛みだ。そこまでする価値がアリエッタには分からない。
「そういうところだ。……俺の命を軽く見やがって」
その声はいつも以上に低く、唇も歪んで悲しみと怒りが混じったかのような。色々な感情が入り混じっているように見えた。
「別に命を軽くみたつもりはありませんが。時折いますよ、痛みに快感を覚える被虐性欲者が」
ネフィシーはアリエッタを一瞥した後、何も言わずに竜の群れに飛び込んでいった。
いずれ被虐性欲者に会ってみたい。ネフィシーは痛みに快感を覚えるタイプだろうか。そうだと良いな、と思いつつ。
飛行魔術を使って飛ぶネフィシーの姿はまるで別人のような表情をしていた。
彼が飛び込んだ瞬間、竜たちは一斉に注目していきなり攻撃を始めた。先ほどまで空を旋回していただけなのに。
黒曜竜たちは黒煙をネフィシー目掛けて口から吹き出した。ネフィシーは素早く防御結界を張る。とても緻密で丁寧な結界だった。とにかく隙がない。
「黒煙! 良いですね。こうやって見るぶんには問題ないですが、直撃したら相当な怪我を負いそうですね……」
アリエッタはひとりごとをぽつりともらす。攻撃がアリエッタに当たっては嫌なので一応ロードナイトの杖を握りしめて。
ネフィシーは黒曜竜に近づきすぎず離れずのちょうど良い距離感を保って攻撃している。
いつもの萎縮したようなおどおどした青年はどこへ行った。黒曜竜に怯えることなくしっかりと向き合っている。
突然冷気を感じられてアリエッタはくちゅん、とくしゃみした。戦闘風景を見やればネフィシーが氷魔術を発動させていた。既に一頭はネフィシーが放った氷によって身動きが取れなくなっている。
当然のように無詠唱魔術を使うネフィシー。やはり無詠唱魔術は格好良い。是非とも習得したい。
「竜なのに、人間の方がつ、強い……。黒曜竜、少し弱いんじゃありませんか?」
高みの見物をしているもののアリエッタがここに単身で飛び込んだら、半分は倒せても残りは魔力切れで敗北となるだろう。アリエッタならぎりぎりの戦いになりそうだ。
ただ、ネフィシーはまだまだ余裕そうだ。真剣な表情で竜と向き合っている。
「ネフィシーさまは。全然弱者なんかじゃないですね。弱者ではないから何だという話ですが」
むしろ強者側の人間だ。アリエッタよりも遥かに卓越した魔術操作と技量を持っている。
「性格に問題がなければ是非とも弟子入りしたかったですね……」
もしネフィシーがもっとしっかりした自分の意思と信念と。指導者に相応しいような人間性があればすぐさま弟子入り契約書を持ち寄っていただろう。
だが、彼は人を厭い怖がり、あまつさえ引きこもるような青年だ。どんなに素晴らしい技術を持っていても結局人柄が物を言う。
「やはり、どちらとも優秀な方とは中々出会えませんね……」
アリエッタは肩を落とす。性格が良いのに、魔術が壊滅的。性格は終わっているのに、魔術は素晴らしい。そういう人しか出会わない。
だが、人ってそういうものだと思う。
アリエッタだって、後者の人間に属されると思うから。
しばらく戦闘を観戦しているとそろそろ後半に差し掛かってきた。十頭いた竜は、半分に減っている。
竜の死体はいつの間にか消えていた。黒曜竜にとどめが刺されると同時に跡形もなく姿を消したのだ。
以前竜図鑑で竜の鱗が載っていた。竜の死骸を採掘したものらしい。だが、この黒曜竜には死体という概念がない。
鱗ひとつでさえ、光に包まれて綺麗に消えてしまっているのだ。これは、特別な竜なのか。
しばらくじっと見ていると、金属がぶつかり合うような音が響いた。何事かと思いアリエッタは目を離さずに見るが特に変化はない。
「何の音なのでしょうか……」
そう疑問に思った時、アリエッタの方へ仮面が降ってきた。ネフィシーがつけていた仮面だ。
それを受け取ったアリエッタはしばらくじっと見つめる。その仮面は無惨にふたつにぱっくり割れていた。もう、使い物にならないだろう。
仮面がなくなり素顔を晒すことになってしまったネフィシーはそれでも懸命に竜と向き合っている。
どうして。
ついさっきまで顔を見せることはおろかフードを被っておろおろしていた青年が。自分を隠すことなく視線を竜だけに集中して真剣になれるのだろう。
「……っ!」
仮面がなくなった隙を狙われたのか挟み撃ちにされた。ネフィシーを囲うように正面と背後から黒煙が同時に吹き出された。
彼は正面の方には防御結界を張れたが背後は間に合わなさそうだ。
全方位を覆う結界を張るのが最適解だろう。そこまで頭が回らなかったのか、背後の防御が疎かになっている。
このままでは。ネフィシーが攻撃を受ける。重い傷を負ってしまう。
目の前で人が倒れていく姿をこの目で見ることになる。
どうする。どうすれば良い。
アリエッタはただの傍観者のままで良いのか。
「私は、私は……。誰かのために、介入しない主義なのです。知りませんよ、相手が傷を負おうが死のうが」
面倒なことに巻き込まれるくらいなら知らない人のふりをする。無知で居続けようとすることも時に大事だ。
わざわざ介入しないと口にしたものの、アリエッタがとった行動は言葉と綺麗に逆だった。
ロードナイトの杖を構えて詠唱をしていた。そうしてネフィシーの方目掛けて防御結界を展開したのだ。その防御結界は間に合い、ネフィシーの背後に展開される。
そのおかげで彼は攻撃を直に受けなくて済んだ。
……何をやっているのだろう。
「これはネフィシーさまのためではありません。そうですね、この防御結界に私の意思は含まれていないのでしょう。人間が時折起こすバグですね、そういうことにしておきましょう」
アリエッタは別に人が死のうと何とも思わない性格をしている。いずれ人は死ぬ。それが早いか遅いかの違いだけ。
本当にアリエッタがやった行動とは思えない。誰よりもまずアリエッタ自身が自分の行動を理解できずにいた。どうしてこんなことをしたのか考えれば考えるほど分からなくなる。
彼は突如として現れた結界に驚いていたが、すぐに見当はついたようですぐにこちらを見てきた。アリエッタの方を見つめては僅かに嬉しそうに微笑んだのだ。
そうして小さく何か呟いたように口を動かしたが、アリエッタには何と言ったのか分からなかった。




