第18話 初めての誰かとの食事
学園を出て、少し歩けば街が広がっている。王都ほど栄えてはいないが、学園の生徒たちがお出かけするには十分すぎる大きさの街だ。
アリエッタとネフィシーはふたり並んで、街中を歩いていた。
「人が多いな」
「まあ。良い感じに栄えていますからね。人の多さに気持ち悪くなって吐かれては困るので、体調が悪くなったらすぐに言ってくださいね」
ネフィシーは小さく頷いた。もうすでに人混みに対して怯えを見せているが。大丈夫なのだろうか。
「ちなみに本日は人が少ない方ですね」
「これで……」
ほどほどの人が歩いているが、かなり視界は開けて見える。ネフィシーはいっそのこともう、田舎の村に場所を移してはどうだろうか。とても安心した生活になるだろう。
「せっかく来ましたしね。何かいただきますか」
「あ、ああ」
痩せ細ったネフィシーがどうしても気になってしまう。だから、何か食べて欲しかった。別にネフィシーが栄養不足で倒れても何とも思わないが、彼のためだと思ったのだ。
「ここにはお洒落なカフェもありますが、人との距離がどうしても近くなりがちですしね。屋台で買って場所を移せばある程度閑散とした場所に行けるでしょう。どうしますか?」
ひとりで行く気力は残念ながらアリエッタにはないのでカフェには行ったことがない。屋台なら数えるほど行ったことがあるが、わざわざ行くほどでもなく街に出るのだって久しぶりだった。
「俺のことをちゃんと考えて、提案してくれてありがとう」
「……? 別にネフィシーさまのことはまったく考えたつもりはありませんよ。人との距離感の話をしているだけで。いきなりカフェは難易度高いだろうと思っただけで」
アリエッタ自身も人との関わりがとても苦手である。できれば人混みを避けたいし、学園でも極力目立たないような生活を心掛けている。
「まずは屋台……でも良いか? いずれはカフェにも行こう。一緒に……話しながら食べたいから」
「全然構いませんよ。屋台ですね」
いきなり背伸びするのは早いと思う。カフェはしばらく慣れてからでも問題ないと思う。こうして人との関わりに慣れていけばアリエッタ以外でカフェに行けるような人ともいずれ出会えるだろうし。
「私は食に興味はないので、ネフィシーさまの好きなものをどうぞ」
本当はかなり食べることが好きで、ついつい食べ過ぎてしまうタイプなのだが。わざわざ言う必要はない。
『平民如きがたくさん食べやがって、お前は草でも食ってろ』と嫌味を混ぜて言われるのが非常に嫌なのだ。
だから、食事に興味ない設定を貫くことにしている。
「……良いのか。じゃあ……」
ネフィシーは並ぶ屋台をきょろきょろ見回す。
「あの……。ここでも良いか?」
「どこでも良いと言ったではないですか。注文しますよ、何が良いですか」
ネフィシーが指差した先の店主が手を振ってこちらへ手招きしてくる。
「いらっしゃい。何が欲しいかね?」
客を逃すまいと店主は必死だ。
「蜂蜜……」
「ハニートーストかい? 良いもん選ぶねえ。そちらのお嬢さんは何か欲しいものはあるのかい?」
アリエッタはじっと商品を見つめる。ここは正直に自分の好きなものを選ぶべきか、それとも好きなものは馬鹿にされぬよう隠しておくべきか。
「では、アップルパイで。美味しそうですね」
「はいよ、銅貨五枚」
そうしてアリエッタは懐から銅貨を取り出そうとする。だが、一歩後ろに控えていたネフィシーが素早く巾着を差し出した。
「アリエッタの分も、これを使って払ってくれて構わない」
「別に私は頼んでませんけど。そんな貧しい生活などしておりませんが」
「違うんだ。その」
ネフィシーは上手く言えずに、言い淀んでいる。
「そういうのはね、男に払わせておけば良いんだ」
すかさず店主がフォローにいれ、アリエッタはネフィシーが渡した巾着の中から銀貨を一枚取って店主に渡した。会計を自分ですることはネフィシーにはまだ早いらしい。
「はいよ。しかと受け取った。これは品だよ」
アリエッタはお釣りと商品を受け取る。
「あの、どうしてそれぞれふたつずつあるのでしょう。そんな注文はした覚えはありませんが」
アリエッタの手の中には包装紙に包まれたハニートーストとアップルパイがふたつずつおさまっていた。
「こういうのはね、一緒に同じものを楽しむのが良いんだ。サービスしてあるから黙ってもらいな」
「ですが、その。そんなことしたら赤字になって経営困難になりますよ。払いますから……」
「あたしだって全員にやっているわけじゃない。何だか不慣れで不器用な感じがたまらなく美味しく感じるんだ。うん、とっても先が気になるふたりだよ」
だから、黙って受け取れ。と案に言われた。だが、ひとつ修正しなければならない大事なことが。
「私たちは食べ物ではありません。だから美味しいだなんて言わないでください。あなたに食べられるのはごめんです」
「アリエッタ。多分、そういう意味じゃないと思う……分からないけど」
それだけ言い残し、アリエッタは屋台を去っていった。人を食べ物扱いするなんてまるで化け物ではないか。
本物の化け物ここにあり、か。
その後ふたりは見晴らしが良い高台の上にあった椅子に座り、一緒に食事することにする。
蜂蜜がふんだんに使われて溶け込んだハニートーストと生の林檎がスライスされ乗せられたアップルパイをふたりはいただく。
「いただきます」
アリエッタはそう言って、アップルパイを一口いただく。林檎の甘酸っぱさが上手く溶け込んでいて美味しい。
美味しいものを食べてしまうと表情にどうしても出てしまうが、今回は人に見られている手前、できるだけ冷静にする。
ネフィシーはネフィシーでハニートーストを頬張っている。美味しそうに次々と口に運んでいく。
「誰かとの食事は初めてだ。……人と一緒に食べる食事はこんなにも美味しくてあたたかいのだな」
「私も家族以外では初めてです。味に問題はありませんし、きちんと温かい料理を出していただけて私は満足です」
こういう屋台料理は冷めたものを提供されることも多いらしい。移動時間で少し冷めてしまったものの、問題ない温かさだ。
「ネフィシーさまは。蜂蜜が好きなのですね」
「ああ。好き、かな。本当に美味しい」
自分の感情を隠すことなく素直に表現するネフィシー。そんな姿がほんの少しだけ、眩しく見えた。
「アリエッタは林檎が好きなのか?」
「別に好きというわけではございません。言ったでしょう? 食に興味はないと。だから林檎が好きというのは興味ない私には抱く好意ではないのです」
喋りながら一口だけ齧れば口元にスライスした林檎がついてしまった。慌てて拭う。食事すら綺麗にできない人には見られたくない。
「それを食べているアリエッタは。いつもより何だか楽しんでいそうだ。少し口角が上がっている」
「気のせいでしょう。そんなつまらないこと言う人はアリエッタ検定三級不合格です」
「何だ。アリエッタ検定って」
しまった、と口元を抑えた時にはもう遅かった。慌ててアリエッタ検定について説明することにする。
「私は独自検定を設けておりまして。この試験の一級合格者にならなければ、私のことをよく知らない認定されます。この試験の突破率は低く、未だかつて一級を合格した者はいないのです」
アリエッタの父母でさえ、一級突破はできていないのだ。ふたりとも二級止まりという設定だ。アリエッタが合格させる気ないと言えばそれまでだが。
「三級不合格ってことは、まだまだアリエッタのこと分からないのか。……これからだな」
額面通りに受け取られてしまった。慌てて口走ってそれとなく誤魔化していただけなのに。そもそも両親はアリエッタ検定すら知らないというのに。
ネフィシーはいつのまにかハニートーストを食べ終わり、アップルパイを手に取った。
「アリエッタが好きだと言ったアップルパイ、いただいてみようと思う」
「好きだなんて一言も言ってませんけど」
訂正するのももう面倒なので、これでとどめておく。勘違いして恥をかくのはネフィシーの方なのだから。
「……美味しい」
「それは良かったですね。では。これからは私の好物ではなくネフィシーさまの好物にしてはどうでしょう。その方がアップルパイも喜びますよ」
アリエッタもネフィシーが好きだと言ったハニートーストを口に運ぶ。蜂蜜の甘さが口いっぱいに広がる。なるほど、とても甘い。
食べてみて良かった、と思った。




