第14話 撫で撫で
調査を始めてからかなり日数が経ったと思う。だが、日数に見合った情報を得られた気がしない。
ネフィシーが化け物ではないかと噂されていること、エルラが素直ではない令嬢だということ、アメリアがよく分からない占星術師としか分かっていない。
おまけに今日は休日だ。勘弁してほしい。
そういえばエルラからは、塔の合鍵を渡された。エルラとアメリアが留守になる時もあるかも知れないから、と言っていたが。彼女はネフィシーという存在は忘れてしまったのか。
アリエッタはじっと鍵を見つめる。まだ信用できるか分からない人においそれと渡すとは。些か警戒心が足りていないのではないだろうか。アリエッタが善人だから良かったものの。
木で出来た扉の一部分には金属で出来た小さな穴がある。そこに頂いた合鍵を嵌め込む。特に魔術や変な仕掛けはないようで実家と同じ平凡な扉だった。ちょっと不思議なギミックがあっても良いと思うのだが。
中に入れば魔導書を仲良く読み合っているエルラとアメリアがいる。エルラの方は険しい顔をして向き合っていた。
「あ、アリエッタ。こんにちは」
相変わらずの脱力感でアメリアが小さく手を振ってくる。魔導書に集中しているエルラはアリエッタの来訪に気がつくことはない。よっぽど魔術が好きで堪らないんだろうと思う。妙な親近感を覚えた。
「エルラ。アリエッタきたよ」
アメリアが肩を揺らして声をかける。覇気のないアメリアの声を認識するより、触れる感覚で彼女を認識した方が効果的なようだ。
「ああ……。来たのね。いらっしゃい」
エルラは口角が上がってしまいそうになるのを必死に抑えて優雅な笑みを維持し続ける。令嬢は演技が大変そうだ。
「今日は。髪型がいつもと違うのね」
立ち上がってアリエッタの方へ近づいてくるエルラ。ティアサが施してくれた髪型でこちらへ来ていた。これからは多少面倒になるが、髪にも気をつかおうと思う。
「ほんとだ。いつもと違う」
アメリアも続いて子供みたいに跳ねる。アメリアの場合本当に気がついているのかも怪しいが。
「まあ、良いんじゃないかしら。悪くない髪型ね」
「うん、とっても似合ってる」
辛口な評価と甘口な評価が混在する。そしてエルラはアメリアを睨むように見つめているがどうしたのだろう。全肯定な評価をしたアメリアが気に入らないのか。
「可愛いアリエッタだから。ちょっと頭撫でたい」
ついにアメリアはおかしな事を言い出した。何かのネジが足りない気がする。だが、そんな感情は悟らせないように。
「ええ。良いですよ」
小柄なアメリアでも撫でられるように身を屈む。アメリアの小さな手がそっと伸びてきて、優しく頭を撫でられる。心地いい反面、何処かおぞましい。
アメリアはアリエッタのワインレッドの瞳をじっと見つめてくる。穢れのない純粋そうな紫の瞳に吸い込まれそうだ。
「今も可愛いけど。もっと可愛くなってね」
前半は言い間違いだと思うが後半はもっともらしい。アリエッタはもう少し美学を学ばなくては。
「ちょっと、アメリア!」
エルラが声を張り上げてアメリアを引き剥がす。強引だ。そんなに躍起にならなくても。
「何。邪魔しないで」
「いくらアメリアだからって自由にしすぎよ! アリエッタも反応に困っているわ」
指を伸ばしてアメリアに指摘する。
「いえ、私は別に。こういう人もいますよね」
本当は何をどうするのが正解か分からなかったが。アメリアが満足したなら良いだろう。
「まったく、純粋って良いわね」
何処か羨むように唇を尖らせるエルラ。もしかしたらエルラも……。
「撫で撫で。致しますか?」
アリエッタは真面目な顔をしてエルラに尋ねる。恥じらいなどはもう捨てるのだ。
「ば、馬鹿じゃないの。したくないわ!」
ついにそっぽを向いてしまった。こういう人とはどう関われば良いか、経験値の少ないアリエッタには分からない。
「それで。あなたはネフィシーとお話しできたの?」
「はい。会話には成功いたしました」
本当は会話の一歩先、面会にも成功したのだが。聞かれていないので黙っておく。なんとなくエルラが牙を向けてきそうな気がしたのだ。
「へえ。そうなの。……そして今日は休日なはずよね?」
唐突に話題を変えてきた。ネフィシーと休日に何か関連性があるのだろうか。
「休日なのに。上層部からの命令ではなく自らの意思で来たって認識で間違いない?」
普通の顔してサンドレアは命令してきたけど。それにまだエルラには密かに調査を続けていることは暴かれていないと思う。メモ帳を目の前に出すという失態はおかしたが。
「ご想像にお任せします」
「そう。せっかくだし。あなたの趣味で来たならお出かけも悪くないかなと思ったのよ」
「お出かけ……」
アリエッタは考え込む。ここ最近は忙しすぎて外出など夢のまた夢だった。
「それはエルラさまとアメリアさまと一緒に行くという認識で間違いありませんか?」
断じてお出かけという単語に惹かれたのではない。もしもの話を展開しているだけだ。
「できればネフィシーとお出かけとかどうかなって思うのよ」
「はい?」
エルラはネフィシーのことをよく理解しているのだろうか。フードを被りアリエッタと目すら合わせてくれようとしない青年が。外に出てくれるとは思わない。
部屋の外に出るだけでも精一杯だろうに。
「失礼ながら。エルラさまはネフィシーさまを一度ご覧になった方がいいかと」
至極真っ当なことを言ったつもりだがエルラは瞳を大きく開きその後首を横に振る。
「やっぱり、彼は……」
彼女は何かを恐れているように見えた。その後、小さな声で「化け物なのね」と呟いた。
アリエッタの発言をどう切り取ったら、そのような思考に達するのだろう。ネフィシーよりもエルラという生き物の思考の方が恐ろしく感じてしまった。




