第13話 蛇令嬢
「どうだい? 調査は順調かい?」
ルミナイト学園の生徒会室にて。アリエッタはサンドレア王子に経過報告をしていた。
「ええ、まあ。順調ですよ」
それだけ伝えたらアリエッタは軽く会釈する。サンドレアとの会話なんてこんなものでいい。長々と世間話をするような関係になった覚えはないし。
静かに去ろうとするがサンドレアは許さなかった。
「待ってくれ。それが報告だと思うのかい?」
「ええ。とっても端的で分かりやすいじゃないですか」
アリエッタはまだ毒闇の塔の内部も、誰がいるのかすら王子に伝えていない。
考えれば考えるほどアリエッタが正直に言う理由が分からなくなった。サンドレアがアリエッタから得た情報を善意に利用する保証なんてどこにもないし。
「もしかして調査が難航している?」
サンドレアは目を細めて疑いの視線を向けてきた。難航しているのか。あまり良い情報を得られた気がしない。
サンドレアが求めているのは塔の内情のはずで別にエルラやネフィシーの人間性ではない気がするのだ。アリエッタは残念なことに密偵には向いていない。故に彼らがどういう人間かしか得られなかった。否、どういう人間なのか得られた自信すらない。
「いえ、どうでも良い情報しか得られませんでした」
ここまで言えば引き下がるだろう。サンドレアを邪魔な虫を見るような目線を向けながら。
「どうでも良い? それは僕が決めることだ。さあ、正直に言ってみて」
アリエッタは仕方なく口を開いた。
「怪しいと思っていた令嬢は魔術を学びましょう、と好奇心でした。塔の最上階に引きこもりがいました。彼はよく分からないですが普通に話せました。あと、何を言っているのか八割が理解できない占星術師もいました」
「ふーん」
興味なさそうに呟くサンドレア。せっかく善意で話してやったのに。いちいち言動が鼻につく。
「その、人物の名前は?」
まだサンドレアの質問は続く。
「エルラさまとネフィシーさま。そしてアメ……リアさま? でしたでしょうか」
ここにアメリア本人がいたら非難されていただろう。やはり占星術師という言葉が強すぎて名前のアメリアよりも主張が激しい。
サンドレアはある人の名前を言うと眉がぴくりと動いたのをアリエッタは見逃さなかった。だが、アリエッタは見て見ぬふりを決行した。
サンドレアと会話を広げてどうする。無駄な時間の量産だ。
「やっぱり僕が行かないのは正解だったようだ。ありがとう。アリエッタ」
サンドレアはにっこり微笑むが不気味に見えた。気安く名前を呼ばないで欲しい。
「今日も調査をできるかい?」
そう言われた瞬間、アリエッタは心の中で崩れ落ちた。今日は生徒会業務は軽い事務作業をして帰るというのに。アリエッタには時間外労働を強いるのか。
サンドレアが業務を終わらせて自室でゆっくりしている姿を想像して、苛々する。
碌でもない王子め。
「うん、そうだよね。本来なら、生徒会業務のはずだから報酬なんて存在しないはずなんだけど。まあ、今回の仕事は特別に。報酬を出すことにするよ」
そう言ってサンドレアは金貨が入った巾着を投げつけた。まあ、お金が出るというのなら少し頑張ってみても良いのかもしれない。
サンドレアとは雑談も何もなしに早々にその場を離れた。準備が完了したらおとなしく毒闇の塔へ行ってやろうと思った時。
「あら、最近見ないと思ったらアリエッタじゃない。最近は何をしていらっしゃるの?」
背後から抱きついてくる令嬢がいた。首筋に蛇の感触がする。彼女は蛇を首に巻いているのだ。確か蛇の名前はミーだったろうか。
「少し、延長業務です」
そう言いながら令嬢から少しずつ離れる。令嬢から離れたというより蛇から離れたと言った方が辻褄が合っていると思うが。
彼女はティアサ・スネークスという。緑がかった黒髪と深い森のような色の瞳をしている。整った顔立ちと綺麗な髪質から妖艶な雰囲気を漂わせる。ティアサは生徒会の書記だ。
書記だが書記らしい仕事をしている所を見たことがない。時間を見つけてはアリエッタに話しかけてくるのだ。
「今日も何処かへ行ってしまうの?」
「恐れながら。申し訳ございません」
軽く頭を下げる。ティアサは物知りなので様々な情報が得られるが些かボディタッチが多いのだ。とにかく距離が近い。アリエッタの苦手なタイプだ。
「謝らないで。最近は何処へ行っているの? 怠慢?」
常時業務を怠けているようにしか見えない人に言われたくない。
「いえ。立派ない仕事のひとつですよ」
「そうなの。サンドレアに聞いても『彼女は少し遊んでいてね』というのよ。ずっと怠けているのかと思っていたわ」
サンドレアに対して怒りが湧いてくる。調査を命令したのはサンドレアだろうが。顔面を殴ってやりたい。
「遊んでなどいませんよ」
「そうよね。誠実なアリエッタが生徒会に来ないなんてあり得ないものね」
「知らん。外面が良いやつほど、内面は塵のようなもんだぞ。騙されるではないぞ、ティアサ」
ティアサがせっかく誠実と褒めてくれたのに蛇のミーが吐く毒によって台無しだ。何だ、外面が悪い自分は内面が綺麗です、とでも言いたいのか。この蛇は。
この蛇の可愛さがよく分からないけど。ティアサは最高の相棒だって言い張る。
「そんな可愛いアリエッタに特別なことを施してあげるわ」
有無を言わせる間もなくアリエッタは椅子に座らせられる。ティアサは立ったままで、近くの棚から金細工の櫛を取り出した。きらきらと輝き、中央には名称の知らない緑の宝石が嵌め込まれている。
面倒な予感がする。逃げようとしたがもう遅い。ティアサはアリエッタの髪をそっと一房掬っていた。丁寧な手捌きで髪を梳いてくれる。
「もう、せっかく長い髪を持っているのだからね。私がおめかししてあげるわ。この色は貴族でも憧れの色なのよ?」
アリエッタは淡い桃色の髪を背中にかかるくらいに伸ばしていた。別に令嬢らしい長い髪型に憧れたわけではないが。ずっと放置していたらこの長さになっていたのだ。
確かに黒に近いティアサよりも明るい色を持つアリエッタの方が見方によっては華やかかもしれない。総合力ではティアサの方が白馬の王子様に好まれそうだけど。
ティアサは一通り髪を梳いた後、横髪を少しだけとって三つ編みにした。
「あの、何をされるのでしょう?」
「アリエッタは割と俯瞰的というか。現実的というか。見た目からでも少しは可愛らしさを体現しなくては」
つまりアリエッタは可愛くないと言いたいのか。なるほど、ティアサの考えはよく分かった。
「ありがとうございます」
ティアサを怒らせたくなかったので素直に礼を言う。ティアサというより蛇のミーが怖かった。
「出来たわ」
左右の横髪を三つ編みにする。それを後ろに持ってきて中央を結ぶ。とても令嬢的で美しい髪型だった。まあ、アリエッタには似合わないだろうけれど。
「ちょっと待っていて」
さらにティアサは黒い大きなリボンを持ってきて後ろに飾りつける。何歳だと思っているのだ。あどけない令嬢ならともかく可愛さのかけらもない平民だ。ティアサは誰と間違えている。
「鏡を持ってくるわ!」
飛び跳ねそうな雰囲気で森林の色のした手鏡を持ってきた。何故輝いている緑色なのか。謎のセンスがある。
「どう、似合っているでしょう? 可愛いでしょう」
「可愛い……?」
お世辞も大概にして欲しい。鏡に映るアリエッタは確かにいつもと違う煌めきがあった。だが、それだけ。そこら中にわんさかいる令嬢とアリエッタを並べてみて欲しい。容姿の美醜がはっきり分かるのだから。
「もう、そんな過小評価は駄目よ!」
ティアサは背後から抱きついてくる。ミーも一緒に近づくから、不快な気分になる。いずれ丁重に断ろう。
「そうじゃな、ティアサは基本的に嘘はつかぬぞ」
蛇のミー高い声で口を開く。この蛇は会話機能付きだが、正直そんな能力はいらないと思う。邪魔だ。蛇如きは黙っていてほしい。
「だからね、もっと自分に自信を持ちなさいよね」
「まったく、ティアサの言う通りじゃぞ。わしのような自信を身につけるのじゃ!」
ティアサに諭されるのは百歩譲るとしよう。問題はミーだ。ミーが自信あるのはこいつが蛇だからではないのか。
「今日も外出仕事?」
ティアサがミーを撫でながらアリエッタに聞く。ミーは幸せそうな表情でティアサのされるがままだ。
「はい。その通りです。殿下の無茶振りで」
流石に今日くらいは休ませて欲しい。サンドレアは人の休日返上が趣味だったりするのか。
「そうなの。もし、仕事に必要なら言って頂戴ね。愛しのミーを貸してあげるわ」
「今のところは必要ないので。大丈夫です」
アリエッタは深く頭を下げる。賢そうな蛇だが。だからこそ懐いてくれない気がする。心を開いてくれるまで厄介そうだ。
「そうじゃな。ティアサが言うのならな。わしもアリエッタと過ごしてみるのが楽しみじゃ」
嘘も大概にしてほしい。ティアサ以外に懐いてご満悦なミーは今まで見たことがない。アリエッタだろうと、サンドレアだろうと。




