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第12話 素直ではない令嬢と素直な少女

 エルラのことを知れるのではないかと微かな期待を乗せてネフィシーに会いに行ったがあまり良い情報は得られなかった。


 分かったのは、ネフィシー自身がエルラを怖がっているということと彼女が作る料理が好きなことくらいだ。

 何故泣いていたのか、怒っていたのかを解明するために行ったつもりだが空回りに終わってしまっただろうか。

 怒っていた彼女がアリエッタにもう一度会ってくれるかは分からない。もし会えなくなったらそれまでだし。これで縁が切れても別に構わない。


 そもそも調査が終われば早々にこの場所を去るつもりだ。

 どうせすぐに縁は切れるはずなのに、どうして知りたいなんて思ったのだろう。


 下階に行っても誰もいなかった。このまま少しくつろごうかと思う。だがふいにアリエッタが毒闇の塔へ来た理由を思い出す。


 サンドレアという胡散臭さの塊の王子に調査を命令されてここに来たのだった。つまるところアリエッタは調査中であり、任務中でもある身だ。

 休憩などしていられない。常に情報を得なければならない。


(人間を知ることも調査の一環ですよね)


 自分にそう言い聞かせてアリエッタは動き出した。そこにいる人物が何を抱えてどのような思考を持っているのか。それも立派な調査だと思う。

 少しでも怠けることは許されない。

 魔力の気配からエルラを探そうと決心した時。


「……いたのね」


 やや気まずそうな表情をしながらエルラが居間に入ってきた。もう瞳に雫は滲んでいない。些か疲れている表情をしていた。


 エルラは本当に面倒くさそうに近くにあった大きなソファに腰掛ける。はあ、と盛大にため息をついて。深く座って目を細める。眠いのだろうか。

 眠いのなら仕方ない、そっとしておいてあげようと思ったが。


「あなたはどうやって魔術を極めたの?」


 まさかのエルラの方から会話を紡いでいた。気まずいとかそういう感情はないのだろうか。


「魔術というものが好きだという気持ちを忘れないことです。好きなものですしね。極めれば極めるほど面白いのです」


 好きなものの話になると若干声が高くなってしまうのを最近は気にしている。魔術馬鹿と思われそうでとても嫌なのだ。


「わたしだって魔術は好きだったわよ」

「好き……? 先ほどははっきりと嫌いだ、滅びてしまえばいい、なんて内容をおっしゃっていませんでしたか?」


 分かりやすくエルラはうぐ、と喉を詰まらせた。矛盾も甚だしいから指摘してあげたのに。否、違う。好きだったと過去形で言うから、今はもう嫌いなのか。


「先ほどの出来事は忘れなさい。良いわよね」

「え、ええ。妄言ということにして抹消いたします」

「そうよ。そうするべきね」


 気がつけば疲れた令嬢から優雅で完璧ないつも通りの令嬢に戻っていた。だが、完全に抹消される前に確認しておきたいことがひとつだけあった。物事ははっきりされないとよく分からない。


「結局、エルラさまは火属性の魔術を上手く扱えるのですか? 扱えないのですか?」

「……」


 エルラは黙って俯いた。それだけでどっちなのかは何となく分かったが彼女が言葉を紡ぐのを待つ。


「あなたはどちらだと思う?」


 自分で伝えることを放棄して相手に質問をしてきた。質問内容が本当にくだらない。

 こういう完璧な令嬢には選択肢がひとつしかないことをアリエッタは知っている。


「きっと古代魔術まで火属性は完璧だと思います。だってエルラさまですから」

「そうね」


 エルラは頷いて胸を張った。口角を上げるようにして唇を噛み締めている。アリエッタの言葉に肯定したが彼女は些か焦っているようにも見えた。


「扱えるのなら是非見せてくれませんか? 今後の魔術学習の参考にしたいのです」

「……馬鹿」


 何故ここで急に罵倒されるのか、まったく訳が分からない。何も馬鹿なことはしていないのだが。


「わたしは。わたしのことを隠しきれているつもりはないの。完璧な令嬢だなんて夢のまた夢よ」


 エルラは強がった表情をしてきつく言う。


「あなたはわたしを怒っていないの?」


 否定をしてほしいと縋るような目で告げられる。さっきから何を言いたいのか微妙に趣旨が理解できない。


「怒ってなどいませんよ。何に怒るのでしょう? まったく分かりません」


 エルラはアリエッタに向かって何か酷いことを言ったわけではないし、行動で何かされたわけでもない。


「そう。わたしは酷いことを言ったのに」


 もしかして忘れるように指示した内容を掘り返しているのか。自分から掘り起こすとは。もう抹消したからアリエッタには害はないはずだけど。


 そもそもあの時、別にアリエッタに怒りは湧いてこなかった。勝手にエルラが怒って癇癪を起こしていただけにすぎない。

 むしろアリエッタの方が「もう怒っていないのか」と聞きたいくらいだ。


「もしあなたが良ければ。これからも魔術についてを存分に語ってちょうだい」

「え、良いのですかっ! 魔術が好きで得意なもの同士存分に語り合いましょう。いずれはエルラさまの強くて綺麗で美しい魔術も見てみたいです」


 誰がどう見ても明らかに興奮してしまった。アリエッタは平静を取り繕うべく分かりやすく「こほん」と咳払いをする。


「ええ。語り合いましょう。……語り合うのよ」


 何故か二回言って語り合うことを強調された。


「はいっ。語り合いましょうね」


 アリエッタはできるだけ口角を上げるように努めてみる。魔術仲間は決して離してはならない。

 さらに仲が深まらないか思案してみる。ちら、と外を見るとさっきまで降っていた雨は止んでいた。


「せっかくですし、外でもう一度魔術練習をしませんか?」

「え、ええ。まあ。良いわよ、やりましょう」


 ややぎこちなく頷いたエルラを確認してアリエッタは外へ出る。


「見てください。綺麗な虹ですよ」

「本当ね。初めて見たわ」


 しばらく虹をじっと見つめた後、ふたりは先ほどまでいた池に移動する。水面を見ればふたりの姿が綺麗に映し出される。


 エルラは杖をぎゅっと握りしめてアリエッタの方をじっと見つめた。


「わたしは。あの……」


 段々と声色を弱くしながら視線を池の方へ逸らし始める。


「何でしょう?」


 思ったよりも優しい声が出たことに自分でも驚く。


「いえ、何でもないわ。魔術練習でしょう。わたしだって頑張れば上級魔術を使えるのだからね!」

「そうですよね。エルラさまですもの。……ではまず何をしましょうか」


 ふたりはその後も魔術について語り合ったり魔術実践を披露したり。本当に楽しい時間を過ごさせて貰った。エルラには感謝だ。

 エルラがやる練習はずっと風魔術だったが火の魔術はやらなくて良いのだろうか。風魔術は凄く上手なのに。


 それと。高揚しているアリエッタは気がつくことがなかった。ずっとエルラがそわそわして何か言いたげなことに。


 日が暮れ、そろそろ塔へ戻ろうとした時。エルラは「あの……」と先を進むアリエッタを呼び止める。アリエッタが振り返ると少しだけ頬を染めたエルラが自信なさげに立っていた。


「何でしょう」

「あ、あのね、わたし……」


 そう言って勢いよく顔を上げて、アリエッタに近づく。この令嬢、言葉の距離は遠いのに身体的距離は謎に近いのだ。


「ご、ごめんなさいっ」

 

 エルラは謝罪をして深く頭を下げた。何に謝っているのかよく分からない。だが、アメリアが聞くにエルラは相当酷いことを言ったらしい。その謝罪だろう。


「本当に私は気にしていませんので。早く顔を上げてください」

「え、ええ」

 

 エルラは顔を上げるが、頬は真っ赤に染まっていた。無理もない、こんな平民に頭を下げることになるなんてプライドが許さないのだろう。


「これからもあなたが良ければわたしと関わ……いえ、わたしは別に関わりたいわけじゃないけど。あなたがどうしてもっていうのなら、この手を受け取りなさい」


 アリエッタの目を逸らしながらエルラは手を差し伸べる。この手を受け取らなければ、どうなるのだろう。少し気になったがアリエッタはエルラの手を握る。


「自分が言いたいことを言えない人って何だか面倒ですね」

「それは誰のことかしら? まさかわたしだなんて言わないわよね」

「え、ええ。言いませんよ」


 エルラは自分が素直でないことも自覚していそうだ。


「これからよろしくね」

「はい、よろしくお願い致しますね」


 少しだけエルラとの距離が縮まった気がした。

 だが、アリエッタは人と関わるのが壊滅的に下手だ。どうせ彼女との縁も長くは続かないだろう。

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