第11話 怖い人だけど
「あの。ネフィシーさま。どうされたのですか?」
アリエッタがエルラのことを知りたいと言ってからこの調子である。ネフィシーは硬直し、フードの先端をぎゅっと握っていた。
「いや。すまない。エルラについてか」
そう言って顎の先に手を置いて悩むような仕草をとる。
「エルラは。その……」
さらに悩むそぶりをする。何をもったいぶっているのか。焦らすのは気分悪くなるから辞めてほしい。
「早く言ってください」
「ああ。ええと……」
更に悩む。もしかしてこれは当てにならないパターンではないのか。
「もしかしてエルラさまのことを存じ上げていない?」
「それは流石に。馬鹿にしすぎだ」
良かった。ネフィシーのことをなんだかんだエルラのことを忘れていたら彼女が発狂しそうだ。
「では。彼女について何でも良いので教えてください。私には彼女のことが何も分からないのです」
まだ出会ったばかりだし許してほしい。知ろうとしてもうまく分からない。
「ああ。エルラ……は。こ、怖いからもう会いたいとは思わない……かな」
ゆっくりと言葉を選びながら話した。別に躊躇うことの内容ではないと思う。自分の感性くらいはっきり言ってもバチは当たらなそうだ。
「怖い?」
確かに急に感情的に怒り始めたり、基本棘があったりするが。そこまで声を大にするほどの恐ろしさは感じられなかった。
「俺が怖がってエルラとはもう長年会っていない。……彼女がいる時は筆談を選択するようにしている」
あからさまな態度の違いにげんなりする。わざわざ非効率を選ぶ心理はよく分からないけど。確かに筆談なら変に距離が動くことはないだろう。
「何が怖いのか分からないですし。人と向き合わないのは、立派な逃げだと思います。ですが、私はそれが悪いとは思っていません。好きにしたらどうでしょう」
「そうだよな。逃げだって分かっている」
ぼそりとひとりごちるネフィシー。
アリエッタのことは怖くないのだろうか。愛想もない、面白くもない、割と淡々としている。どちらかといえばアリエッタの方が怖がりそうだけど。
「ところで何故私には会おうと思ったのですか?」
「エルラとだって最初は普通に会っていた。だけど……日々が過ぎていくにつれて怖くなった」
回答になっていない回答だが何となく分かった。アリエッタとも日々が過ぎていくにつれて怖くなって会えなくなると暗に言っているようなものではないか。
「具体的に。何が怖いのでしょう」
踏み込んではいけないと思いながらも気がつけばアリエッタの口が動いてしまっていた。
「声が怖い。喉元に剣が刺さっていそうな鋭い声が。俺を非難するかのような」
そう言いながら震えているネフィシー。相当エルラが怖いのだろう。
「それだけですか」
「ああ」
視線を彷徨わせているネフィシーを無視してアリエッタは思ったことを正直に言うことにする。
「実にくだらないですね」
「なっ……」
声が怖いから何をどうすれば良い。エルラはこういう人物だって割り切ればいい話。何がそんなにネフィシーにとって枷になっているのだろう。
「くだらなくない。俺にとっては。エルラは本当に……」
何だかエルラと会わない理由を必死に探しているように見えた。とてつもなく気まずいから都合よく逃げているのではないのか。
「そうですよね。ネフィシーさまにとってはくだらなくないですよね」
アリエッタはそう言ってトールナティーを飲み干す。この茶は舞い上がった感情を落ち着かせてくれるような気がする。
「俺はたまらなく怖いけど。エルラは、毎日料理を作ってくれるんだ」
表情はよく見えないが声色がとても嬉しそうだった。エルラの料理。どんなものなのか少し興味を持つ。
「へえ。料理、ですか」
「ああ。毎日毎日癇癪を漏らしながらだけど。……本当に美味しいんだよ」
エルラはネフィシーのために薬草や必要な物資を毎日届けてくれているという。それに加えて毎日料理までしてくれるのか。
まあ、当の本人は「辞めたいわよ」と毒を吐いていたが。
「どうして、急にエルラについて聞いたんだ?」
ネフィシーは疑問を口にした。確かに唐突な質問だ。はぐらかす必要はないかと思い正直に答える。
「少しだけ人間が知りたくなった気がするのです。私はエルラさまのこともネフィシーさまのこともよく分かりませんし」
「……エルラが。泣き喚いていたな。……内容は聞こえなかったが何かやらかしてしまったのか?」
ネフィシーはフードをぎゅっと握って絞るように言葉を紡いだ。ちらちらと様子を伺って、アリエッタに怯えているように見えた。
アリエッタは珍しく黙り込んだ。エルラとの間に起こった一連の流れを見てしまっていたか。
確かに塔の近くで行ったのでネフィシーが見ていても何ら不思議はない。アリエッタは立ち上がって窓から外を見下ろす。そこからはアリエッタたちが魔術練習した池が綺麗に視界に収まる。
人の気配を察することは得意だと自負していたはずなのに。ここから彼は見ていたのか。もしかして自分も混ざりたいとか思っていたのだろうか。好きに加われば良いと思ったものの、エルラがいるから厳しいのか。何と哀れな。
「雨が降っているな」
いつのまにかネフィシーが隣に来ていて窓からの景色を見つめていた。フードを被ったままで見えるのか疑問に思いつい口走ってしまう。
「そんなので見えるのですか? 視界は大幅に制限されるでしょうに」
「ああ。まあ……。だが、この方が落ち着く」
ネフィシーはさらにフードを目深に被る。アリエッタに挑発でもしているのだろうか。
アリエッタには素顔など見せないので諦めろ、とでも言いたいのか。
ネフィシーはわざとらしく咳払いをしたのち、アリエッタの方を向く。妙に改まった態度に自然と背筋が伸びた。
「俺は、エルラと何があったのか詮索するつもりはない。ないけど……」
彼は胸元辺りの魔術師のローブをぎゅっと握ったのち続きを口にした。
「俺は落ち込んだ時、エルラが作ってくれた料理を食べて元気を出している」
そう言った瞬間、フードの隙間から少しだけ見える彼の唇がほんの少しだけ持ち上がった気がした。




