第7話 急がない求婚者
交際を申し込みたい、と告げられてから五日。
アレクシス公爵は、私へ何も求めなかった。
毎朝、湖畔へ散歩に出るかとカミーユ様を通じて尋ね、私が断れば一人で出かけた。食卓では天気と料理の話をし、婚約解消にも実家にも触れない。夜は青薔薇館に泊まらず、近くの公爵家別邸へ戻る。
私が返事をするまでの猶予なのだろうと思い、一日目は答えを考えた。
二日目には、待たせるのは失礼だと思った。
三日目、親切が尽きて申し出を撤回されるのを想像した。
五日目の朝、私はとうとうカミーユ様へ尋ねた。
「公爵閣下は、いつまで待つおつもりでしょう」
彼女は紅茶へ砂糖を落とす手を止めた。
「その質問は、兄へ直接なさった方がよいと思います」
「でも、私から催促するようでは」
「返事を急かさないと言いながら、いつまでか決めていたら、兄は嘘つきです」
カミーユ様は二つ目の角砂糖を入れ、少し考えた。
「今日の午後、兄と話す時間を作りましょうか。それとも、まだ会いたくありませんか」
会いたくないわけではない。
むしろ食卓で彼の席が空くと、気になっていた。羊の煮込みが出た夜、彼がまたクリーム煮を選んだことも覚えている。
「お話ししたいです」
自分の希望を口にするたび、まだ身体のどこかが身構える。それでも、吐き気はしなかった。
◇
午後、公爵は青薔薇館の小客間へ一人で来た。
長椅子ではなく、私から二歩離れた一人掛けの椅子へ座る。卓上には茶と菓子が用意されていたが、彼は手をつけなかった。
「先日は、一方的に話してしまいました」
彼が先に頭を下げた。
「婚約解消から日が浅いあなたへ求婚すれば、住まいと支援を引き換えに返事を迫ることになる。だから結婚ではなく、互いを知るための交際を申し込みたい」
「断れば、ここを出なくてはなりませんか」
「いいえ。青薔薇館はあなたの家です。法律家との契約も継続します。カミーユとの友人関係へ、私が条件をつける権利もない」
「交際を断った後、別の方から縁談が来ても?」
聞きながら、自分でひどいことを言っている気がした。助けてもらった相手の前で、別の男性との未来を口にするなど。
しかし彼は視線を逸らさなかった。
「あなたが望むなら、私には止める権利がありません。嫉妬はするでしょうが」
「嫉妬なさるのですか」
「します。感じないふりをして、あなたへ責任を負わせるつもりはありません」
ジュリアンは心を契約で縛れないと言いながら、私が傷つくことは許さなかった。この人は、自分の感情を私の義務へ変えないために、先に名前をつける。
「交際が公になれば、閣下の評判にも関わります」
「あなたとの交際を恥じる予定はありません。婚約解消直後につけ込んだと思われないよう、始める時期と公表の仕方はあなたと相談したい」
「私の評判を守るためですか」
「あなたの評判と、私が実際にあなたを急かさないためです。言葉だけで待つと言っても、周囲が婚約者として扱えば圧力になる」
彼はすでに、自分の親切が私を追い詰める可能性まで考えていた。
「では、何のために私と」
公爵は黙った。
返事を待っているのではなく、言葉を選んでいる。その沈黙を埋めなくてよいと分かるまで、少し時間がかかった。
「あなたへ同情しているからだと、お考えですか」
「違うのですか」
「同情はあります。傷つけられた人を見て何も感じないとは言いたくない。しかし、それだけなら住まいと法律家を手配して終わります」
彼は卓上の菓子へ目を落とした。赤い胡椒を練り込んだ、小さな焼き菓子である。
「私は、辛い煮込みを食べながら泣き、二口目では料理へ腹を立てたあなたが好きです」
「腹を立ててなど」
「『おいしいけれど、これは辛すぎます』と皿へ文句を言っていました」
覚えていなかった。涙で混乱し、そんなことを口走ったらしい。顔が熱くなる。
「あれは香辛料のせいです」
「ええ。その顔を私へ見せるのに、何の役にも立つ必要はなかった」
彼の口元がわずかに緩んだ。
「カミーユのデビューの日、あなたは妹へ席を譲った。私はそれだけを聞けば、また自分を犠牲にしたのだと思っていました」
「違うのですか」
「後で給仕から聞きました。あなたは空いた椅子を、足を痛めていた年配の使用人へ回したそうですね」
思い出した。壁際に立ち続けていた給仕がつらそうだったので、休憩時間だけ使ってもらった。
「誰も見ていないところで、あなたは人をよく見ている。だからといって、私のために何かをしてほしいわけではありません」
公爵は私の目を見た。
「あなたの頑固なところも知りたい。嫌いなものを嫌いと言う声も、妹君と関係のない望みも。私はあなたを大切にしたい。あなたが同じ気持ちになるまで、いくらでも待つ」
胸が痛んだ。
ジュリアンも、最初から正直だった。
『君を愛することはない』
だから私は、望まなければ傷つかないと思った。今度は目の前の人が、大切にしたいと言う。その言葉を信じた後で失えば、以前より痛む。
「私には、恋が分かりません」
「はい」
「閣下を好きなのかも、分かりません」
「それも、今は当然でしょう」
「待っていただいた結果、好きになれないかもしれません」
これを言えば、さすがに彼も困ると思った。
「その時は、残念がる許可だけいただきます」
公爵は真顔で答えた。
「あなたを責めず、青薔薇館も取り上げず、一人で十分に残念がります」
あまりに律儀な言い方で、息が少し漏れた。笑いかけたのだと気づき、私は口元を押さえた。
「知り合うだけなら」
押さえた指の間から言う。
「あなたと、知り合いたいです」
公爵はすぐに私の手を取らなかった。立ち上がり、胸へ片手を当てて礼をする。
「ありがとうございます、エレノア」
名前を呼ばれても、今度は借りが増えたとは思わなかった。
◇
交際の最初に何をするのか、私には分からなかった。
公爵へ尋ねると、彼も「私も詳しくない」と答えた。三十歳の公爵が言うには頼りないが、分かったふりをしない点は信用できた。
結局、二人で庭を歩くことになった。少し離れてカミーユ様と侍女がついてくる。
石段には昨夜の雨が残っていた。公爵が腕を差し出す。
「使いますか」
私は反射的に手を伸ばしかけ、止めた。手を借りれば、交際を受けたから触れたと思われるだろうか。断れば、好意を拒絶したことになるだろうか。
「足元のためだけです」
迷いを読んだ彼が付け加えた。
「嫌なら手摺があります」
私は濡れた手摺と、黒い上着の腕を見比べた。
「お借りします」
指を置くと、公爵は握り込まず、私が体重を預ける分だけ支えた。石段を下り終えると、すぐに腕を離す。
その短い接触が、八年間つけていた婚約指輪よりも、私の選択に近いものに思えた。
青薔薇館の庭は長く手入れされていなかった。信託の収入は建物の維持へ優先され、薔薇園は最低限の剪定だけで残されている。
「枯れ枝はすべて切りましょう」
庭師が鋏を手に説明した。
「古い株です。春に新しい苗を植えた方が、見栄えは早く整います」
「それがよいと思います」
いつもの答えが口から出た。
公爵は庭師へ指示せず、私へ尋ねた。
「何か気になりますか」
「いいえ」
「では、あの枝を見ているのはなぜです」
指された先に、石壁へ沿って伸びた太い株がある。黒ずみ、ほとんど枯れて見えるが、根元に小さな青緑の芽が一つ出ていた。
母の手紙に、窓のそばの一番古い薔薇、とあった。私が生まれた年に挿し木した株かもしれない。
「あれだけ、残せますか」
庭師ではなく、公爵へ言ってしまった。
「私ではなく、彼へ頼んでください」
突き放されたのかと思い、顔を上げる。公爵は穏やかな目で庭師を示した。
「この庭の持ち主はあなたです。理由も、あなたの口から聞いた方が彼は育てやすい」
庭師が帽子を脱ぎ、待っていた。
「古い株を一本、残したいのです」
「花が咲かない可能性もございます」
「それでも。新しい苗も植えてください。でも、この芽がどうなるか見ていたい」
庭師は株へ屈み、根元を調べた。
「承知しました。急いで切らず、春まで養生してみましょう」
「ありがとうございます」
私は公爵を見た。彼は自分の功績のように頷かず、庭師へ礼を言う私を待っている。
枯れ枝を残すことが正しいかは分からない。春になっても、花は咲かないかもしれない。
それでも庭には、私が残したいと言って残ったものが一つできた。
「次は何をしますか」
公爵が尋ねた。
交際の手順を決めてくれるのかと思ったが、彼も答えを待っている。
「お茶を飲みたいです。外で」
風は冷たかったし、館へ戻る方が楽だった。それでも古い薔薇のそばにもう少しいたかった。
「では、卓を用意してよいか、あなたから執事へ頼んでください」
「また私が?」
「練習がお嫌なら、今日は私が」
少し悔しくなった。
「私が頼みます」
公爵の目元に笑いが浮かぶ。褒められるより先に、私は執事を呼んだ。




