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「愛することはない」婚約者は、妹に譲ります  作者: 星舟能空


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第27話 私はもう踏み台ではない

 審理院の小会議室には、六脚の椅子があった。


 父と継母、フローラとジュリアン、私とアレクシス。


 以前なら、私は妹へ椅子を譲り、壁際に立っただろう。今日はアレクシスの隣へ座った。彼が引いてくれた椅子ではなく、自分で選んだ椅子だった。


 最初に口を開いたのは父だった。


「家の恥を、ここまで大きくする必要があったのか」


 判決より先に出た言葉が、それだった。


「エレノア。お前が最初から家族の中で話していれば、フローラも誤解しなかった。年金はいずれ返すつもりだった」


「いつですか」


「それは、領地の都合が」


「私が気づかなければ、返すおつもりはなかったのですね」


 父は唇を引き結んだ。


 継母が白いハンカチを握る。


「あの子はあなたほど強くないの。今日のことで、どれほど傷ついたか分かるでしょう? 母親を失ったあなたを、私は実の娘のように育てたつもりよ。今度はあなたが、妹を」


「私は寒い部屋で、フローラの恋文を書いていました」


 継母の声が止まった。


「夕食がなくても、蝋燭が一本でも、母の部屋を譲っても、丈夫だから平気だと言われました。実の娘のように育てたというなら、あなたは実の娘にも同じことをなさるのですか」


「それは……家の事情があったのよ」


「では、私にも事情があります。もう妹を支えません」


 ジュリアンが身を乗り出した。


「フローラを見捨てれば、モンテーニュ家まで傷つく。君は私たちの不和が楽しいのか」


「昨日、お答えしました」


「昨日と今日は違う。今日、君の言葉がどれだけ大きな損失を生むか分かったはずだ」


「私の言葉ではありません。妹の署名と、あなた方の支出が生んだ損失です」


 彼の視線がアレクシスへ向いた。


「公爵は、妻が実家へここまで冷酷であることを許すのですか」


 アレクシスの指が、椅子の肘掛けで一度だけ動いた。


 けれど、彼は答えなかった。


 私が話し終えるまで待つという約束を、守っていた。


「夫の許可は必要ありません」


 私が言うと、ジュリアンは本当に理解できないという顔をした。


「私の家族との距離は、私が決めます」


「家族との距離ですって?」


 フローラが笑った。涙で目の周りが赤い。


「お姉様は、私から全部奪っておいて、距離を置くの? 婚約者も、お金も、首飾りも、公爵様も。昔は何でもくれたのに」


「ジュリアン様は、あなたが選び、あなたへ譲った方です」


「でも幸せではないわ!」


「それを、私へ返されても困ります」


 フローラの顔が歪んだ。


「お姉様は勝ったから、そんなことが言えるのよ。私に婚約者を取られたのが悔しくて、もっと上の公爵を捕まえたのでしょう。青い花も、あの館も、全部私に見せつけるためでしょう!」


 幼い頃から、妹はいつも勝負をしていた。


 父の膝へ先に座る。継母が買ったリボンを二本とも欲しがる。私の誕生日に泣けば、誰が自分を優先するか確かめられる。


 私は、妹が安心するための敗者だった。


「私はあなたと戦っていません」


「嘘よ」


「あなたに勝つために青を好きになったのではない。辛い料理を食べるのでも、アレクシスを愛したのでもありません」


 夫の名を口にすると、アレクシスがこちらを見た。


「私は、自分の人生へ戻っただけです」


 フローラは何か言おうとして、言葉を失った。


「戻ってきてよ」


 代わりに出た声は、小さかった。


「お姉様が戻れば、ジュリアンも怒らない。お父様もお母様も困らない。私も、もう公爵様へ手紙なんて書かない。昔みたいにしてくれれば」


 妹が私を必要だと言ったのは、初めてだったかもしれない。


 胸の中で、七歳の私が振り返る。父に褒められたくて玩具を差し出した子。妹に笑ってほしくて、母の部屋を明け渡した子。


 戻れば、あの子はやっと愛されるだろうか。


 いいえ。


 戻ることは、あの子をまた床へ座らせることだ。


「戻りません」


 震えは隠せなかったが、答えは変えなかった。


「今後、財産と法的な用件は法律家を通してください。冠婚葬祭の案内は受け取ります。それ以外の生活へ、私を参加させないでください」


 「勘当だ」


 父が吐き捨てた。


「二度とベルフォール家の娘を名乗るな」


 痛みはあった。


 どれほど不当に扱われても、父は父だった。頭を撫でられた記憶を、私は完全には捨てられない。


「承知しました」


 それでも、私は立った。


 「ただし、母の娘であることは、あなたにも取り上げられません」


 机の上には、青石の首飾りまで妹へ貸し出すと記した、偽造許可書の写しが置かれていた。現物は青薔薇館の金庫にあり、誰にも渡らずに済んだ。それでも父は、「首飾り」の文字から目を逸らした。


 「アニエスが亡くなる前、あれをお前へ渡すよう私に言った」


 初めて聞く話だった。


 「フローラが欲しがった時、なぜ止めなかったのですか」


 父の顔に苦しさが浮かぶ。


 「お前なら分かってくれると思った。あの子は母親が違うことを気にしていた。形見を身につければ、本当の姉妹になれると」


 「私から母の形見を取れば、妹が私の母の娘になれると?」


 「そういう意味ではない」


 父はいつも、そういう意味ではないと言った。結果が私だけを傷つけても、意図が違えば愛情だと思っていた。


 私は許可書の写しを自分の方へ引いた。


 「あなたが母を愛していたことと、母の娘である私を守らなかったことは、両方とも事実です」


 父は何も言えなかった。


 首飾りは、今も私の金庫にある。今すぐ首へかける必要はない。私のものなら、着ける日も箱へしまう日も、自分で決められる。妹の婚礼へ貸さなかったことを、誰かに正当化する必要もなかった。


 継母が泣き、父は顔を背けた。ジュリアンはフローラを見なかった。フローラは椅子へ座ったまま、私が扉を開けるのを待つように見えた。


 私は自分のために扉を開けた。


 廊下へ出てから、アレクシスが初めて口を開く。


「エレノア」


「夫として、私の決定を支持すると言ってくださいますか」


「君が決めた距離を、誰にも破らせない。私自身も含めて」


 正しい答えだった。


 けれど、私は歩けなかった。


「悲しいです」


 自由になったのに、胸の中は空洞だった。


「父に愛されたかった。フローラと、普通の姉妹になりたかった。全部間違っていたと分かっても、欲しかったものまで消えません」


 アレクシスは解決策を言わなかった。


「抱き締めても?」


 私はうなずいた。


 彼の腕の中で泣いた。勝者の涙ではない。帰る家を、自分で一つ終わらせた娘の涙だった。


 泣き止むまで、アレクシスは急かさなかった。


「どこへ行きたい?」


 彼が尋ねた。


 答えは、もう決まっていた。


 「あなたと、家へ帰りたいです」


 青薔薇館を思い浮かべながら、私はそう言った。


 馬車へ乗ると、王都の建物が窓の外を流れ始めた。


 私は審理の書類箱を膝へ置き、偽造許可書の写しを取り出しては戻した。アレクシスは急かさず、向かいで自分の書類を読んでいる。


 「帰ったら、金庫の首飾りを見てみます」


 「うん」


 「今日は、まだ着けません。金庫へ戻すかもしれません」


 「それでいい」


 「いつか着けたいとは思います」


 彼は書類から顔を上げた。


 「その日は、最初に私へ見せてほしい」


 「似合わないと言ったら?」


 「君が好きなら、私の見る目が悪いと認める」


 少しだけ笑えた。


 悲しみは消えていない。けれど、悲しみを抱えたまま帰れる場所がある。


 私は書類箱を閉じ、今度は自分から彼の隣へ座り直した。


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