第二十三話 潜入、暗躍、亡命、任命
私は空飛ぶ箒で魔導国ダモクレスの上空へと来ていた。
「こんなにすんなり入れるなんてね」
導主の用心深い性格なら、電磁網でも用意してると思ってた。600年前の導主と今の導主は違うか……。
実際、違うのかも分からない。
導主の世代交代なんて日記には書いてなかった。
知識を牧場の転移者達から口伝されただけで、飛行船や爆弾を作れるだろうか?
答えは否。
だって、結構あっちでオタクだった私でさえ、こっちで一から勉強したんだから。
そんな飛行船や爆弾のスペシャリストが都合良く転移してくるわけがない。
私が異世界2回目の人生で、導主の日記を盗み見たとき、アレは本当に日記なのか、怪しい内容ではあった。どちらかと言うと、これからやる事を書いたリストみたいな。でも、起きたことを書いているとも思う。
導主のいるであろう尖塔の屋上に降り立つと、箒を亜空間に収納する。本当に便利よね、このスキル。
亜空間収納は5度目の転生で生えたスキルだ。
おそらく、亜空間転移を覚えている状態で、暗殺系の補助として、収納スキルを取ったのが生える条件だったんだと思う。
短剣とホルダーベルトを収納から出すと太腿に巻き、ガーターと連結する。亜空間は開くとラグがあるので、即座に武器を取り出せない。だから、これまでの技術を、暗殺を生業にしていたあの頃に戻る必要がある。
『想身変容』で壁に擬態する。
さて、まずは導主の日記からかな?
あれが見つかれば、この国で起きていることの大体部が把握できる。
でも、今の導主って、そもそも日記付けてるのかな?
導主の部屋の前で止まる。
視線を感じる。なんだろう、この悪寒は。
誰かのスキルに当てられている感覚だ。そう、私の『確率操作』に近い何か。
範囲内に効果があるスキル!?
私は急いで『確率操作』を使う。
(『確率操作』私が攻撃を躱す確率100)
これで、攻撃は私に当たらない。魔力はごっそり、半分くらいまで消費しちゃったけど、帰る分は自然回復で戻った分だけで足りるし、今の状態でも、大きな魔法5、6発は余裕で撃てる。
視線を感じる方へ顔を向ける。それは昔、宰相の執務室だった所の近くだ。なんだろう?
じっと見つめると廊下の突き当たり、誰か分からない銅像の裏に子供がいる。年頃からすると3歳児くらいか。
昔の私と同じかもしれない。
導主の部屋が開くタイミングを見計らって、かくれんぼに使おうとしている。
大人とかくれんぼをすると、大抵は探してくれない。大人たちは探しているような声を出しながら、家事やお茶をしているんだ。
だが、子供達は本気で隠れる。家と家の隙間に入ったり、屋根や木の上に登ったり、中には川の中に隠れようとした行方不明事例は後を絶たない。
要するに、この子は本気で隠れるあまり、1番見つかりにくい場所として、難攻不落の導主の部屋を選んだというわけだ。
私は知っている。導主の部屋は施錠がわざとされていない。恐らくは誰かが裏切り、忍び込み、情報を抜かれたと気付けるように、ドアの隙間に大きめの埃や紙くずを挟んで部屋を出ている。
つまり、罠だ。
でも、私は躊躇なく導主の部屋のドアをあけた。
すると外で隠れていた者が動き出す。
「導主しゃま、しんにゅうしゃです!」
ハッとなった。
違う!この子供、幹部の娘とかそういう感じじゃない。この子も転移者だ!
導主に言われて、ずっとこの廊下で導主の部屋のドアが開くのを待っていたんだ。こんな小さな子供まで、教育されてるなんて!
テレパシーか何かの能力?話した言葉を伝播するタイプ?
急いで日記の確保しなきゃ!それからここから離れる。
「待て」
瞬間、部屋の入口入ってすぐに私の足が止まった。
早すぎる。
導主が廊下の先でこちらに声をかけている。
私の擬態は注視しない限りは見えない筈だ。
だけど導主の瞳は寸分違わず、私を見据えている。
足が動かない。洗脳系の魔法かスキル。『剛健』は魔法で治せる身体の異常なら治せる。だけど、これは!
私は考え方を切り替えて、『亜空間転移』を使おうとした。が、魔法が発動しない!私は足を動かせない状態で、胴体と首を導主が目に入る視界まで回す。
「無駄じゃ、幾らおぬしが手練れでも、その部屋の中にはな、スキル封じがかけられておるから」
スキル封じ!?というかどういう事?導主の容姿が600年前から変わっていない。
「しかも妾がいない時にだけかけられる優れものよ。スイッチと言うやつじゃ」
牧場収容者から抜き取った知識……。
な、なにか打開策はないの?
「おぬしは妾の部屋にまっすぐ来おったようじゃから、かなり有用な知識を持っておるだろう。16時間の拷問の後に5番牧場を案内させよう。他よりは快適ぞ」
私は周りを必死に見回す。
なにか、何かないの!?
そこで気付いたのは、導主の言葉だった。
そうだ、スイッチだ。
「兵たちよ、その者に首掛けのスキル封じと手枷を付けよ!」
兵で私と導主の間に壁が出来るタイミングで、私は部屋の壁のスイッチを押した。
今!
『亜空間転移』どこでも良い!とにかく近くの安全な場所へ!
◇ ◇ ◇
「良い、良いのう!ますます欲しくなったわ!」
エリーの消えた部屋で導主が叫んでいた。
「導主様、何か良い事でもあったようですね?」
「なんだ、おぬしか。おぬしの方は悪い事でもあったような顔をしておるぞ」
部屋の外から宰相が話しかけている。
「アルバニア帝国に向かった兵が1人を除き、安否が分かっておりません」
「ほう?案外かの国も猛者が多いのか。して、生き残って帰った兵とは誰じゃ」
まるで、戦果なしに生きていてはいけない様な威圧感を放つ導主に、宰相は静かに告げる。
「導主もお分かりでしょう?」
「あやつか。もう、あやつはいつもいつも戦果を持ち帰らん。不死身の団長とはよく言ったものよ」
そう、飛行船から落っこちたあいつである。
「推測ではありますが、飛行船は落とされ、乗組員は全員その時に……。別動隊からの定時連絡が途絶えていますので、そちらも壊滅的かと」
「そして、今日妾の部屋に来た者も恐らくはアルバニアか……。まるで攻め込まれた上で動き出したにも関わらず、瞬間的に移動したようじゃの」
「現にそれをご覧になったようですね」
「うむ、15年前に妾の前から姿を消した者の親血やもしれぬ」
ザコ様が導主の前で消えてから15年。それは偶然にもエリーの年齢とも合致していた。
「それにしても、ガラム枢機卿よ。2万もの兵士が奇襲したというのに帰らんとは、どうなっているんじゃ」
「帰ってきたものがいないので、何とも。導主、何度も言いますが宰相とお呼びください。他の者に聞かれるわけにはいきませんので」
「堅いことを言うな。800と幾ばくかを共に過ごした中ではないか。して、次はどうする?」
「いえ、休戦です。これ以上は国庫も民も保ちません」
「堅いことを言うなと……」
「ダメです。お慈悲をくださいデオドラム様」
導主は溜め息をつくとエリーの捜索を命じた。
◇ ◇ ◇
景色が切り替わると私は森の中にいた。どこでも良いとは思ったけど、ここが安全なのかしら?
「凄く血の海なんだけど……」
自分の生命力が、ガクリと擦り減った感覚。疲労感が凄いわ。
導主と相対したときの衝撃、あの意味不明な術。ラーダムの敵と思って暗殺しようとしたけど、あの術の正体が判るまで、あれは戦ってはいけない相手ね。それに、姿が昔の、あの時のまま。
「不老」
その答えに行き着くけど、それはそれで引っかかる点がある。不老なら日記なんて書かないんじゃないかしら。そんな事するくらいなら能力の習熟に時間を使った方が有意義な気がするのだけど?
何か見落としてるのかもしれないわね。
だけど、今回1つだけ分かったことがあるわ。
国の指導者が変わらないというのは、長命種族からすれば、疑わしいでしょう。人間が自分達より長命なわけがないんだから。
つまり、エルフが入国禁止なのは、反乱勢力になりかねないから。長期間における導主絶対主義をエルフのような長い年月生きるものからすれば、苦痛でしかない。だけど、魔族の入国はどうなんだろう?魔族も長命種族でしょう。
ここら辺で知り合いに魔族って……
「いるじゃないナターシャが」
そう、ナターシャは見た目は取り繕っているが、実は魔族だ。彼女は1日の半分以上は寝ているグータラだけど、魔法使いとしては一流。15年前と変わらない姿が気になって、それをオヤカタに問いただしたら、あっさり白状した。なんか、亡命してきたらしい。まあ、あんなエロを凝縮したような見た目で恋人いないのはおかしいと思ってたけど、種族が違うなんてね。
「今度行ったことあるか聞いてみよう」
「痛っ」
「ん?」
足に当たった大きめの石ころ?が声を上げた、何これ?
血みどろで何か分からない物体をつまみ上げて、魔法のクリーンを使って綺麗にする。
え?ハンドガン?
「さっき、あなた喋ったような気がするのだけど?」
「はい、綺麗にして頂いてありがとうございます」
うおおおお!
イマジナリーフレンドおおお!
じゃなくて!
インテリジェンスウエポンってやつだああ!
「え?夢?武器が喋ってる!」
「あのー、興奮してるところ、ホントに申し訳ないんですけど、私人間でして」
「あ、そう」
なんだ、インテリジェンスウエポンだと思ったのに。期待して損した。急に冷めたわ。
「って、人?」
「はい、ちょっといま戻ると全裸なので、何か着るものなどをいただけると戻れるようになるのですが……」
「なんだか図々しいけど、興味の方が勝ったから良いわよ、女の子?」
「はい」
「詳しいサイズとかも教えてくれれば、その通りに作ってあげるから、私の家に着くまでその姿でいられる?」
「わかりました」
うんうん、真面目そうな子ね。
あ、そうだ。
「あなた、ここで何があったの?私、ここがどこかも分からないのだけど」
「え?で、では何があったか説明します」
斯々然々。
なるほどね。黄金の騎士は絶対テラートだけど、大きな猿の魔物がこの子の持ち主を食べて一緒に食べられたらしい。
化け物の腹の中で消化されそうになって、そこまでしか記憶がないと。
「とりあえず、あなたは転移者で牧場出身で合ってる?」
「はい、合ってます」
「じゃあ、あなたの事助けてあげる」
「え、私が言うのも難ですけど、敵国ですよね?」
「あー、私って転移者と友達だった事があってね。向こうではラーダムっていうハンドルネームでゲームしてたんだって。その男の子は牧場出身でこの国に亡命したんだけど、魔導国との戦争で亡くなったの。それからなんだけど、牧場で酷い扱い受けた人には優しくしたいなって思ったのよ。だから、あなたもウチに亡命しちゃいなさい」
ハンドガンちゃんが黙っているから畳み掛けちゃったけど、どうしたんだろう?
「今、ラーダムって言いました?私、あっちでエルメルディアっていう名前でゲームしてたんですけど、そのときよく一緒に遊んでたプレイヤーの名前もラーダムでした」
「……なんか、凄い運命ね。世間は狭いなんて言うけれど、世界まで超越して言えるときが来るなんて」
私達は笑い合うと私は帝国側へと歩き出す。
なんだか、今はゆっくりと帰りたい気分だった。
「それにしても、帝国には銃弾を剣で受け流せる人なんて居るんですね。凄いです」
「へ?そんなヤバイやついたっけ?」
「さっきお話したじゃないですか、凄い強い黄金の騎士がいたって。あの人、私から発射されたマッハ2.5の弾、数えてないですけど、少なくとも10発以上は打ち落として無傷でしたよ」
「えー」
ごめん、エルメルディアちゃん。それ私の旦那様です。
「あ、あとで紹介してあげるね」
「え!お知り合いなんですか?凄い!」
「あ、あはは、は」
こうして、冒険者視点での魔導国との戦争は一時終了となった。国同士はもう少しごちゃごちゃするんだろうけど。飛行船に2万もの兵士の損失。魔導国がもう一度攻めてくるのは大分先になるんじゃないかな?
◇ ◇ ◇
帝都アルバニア。
アルバニア城謁見の間にて、今回の功労者たちに褒賞が与えられた。ギルドへの贈呈目録文が読み上げられ、その場には称号を与えられる者だけが残された。
「エリナレース嬢、前へ」
「はい」
(任命式って、転生前の会社のやつ以来だから緊張する)
「先の戦いでは飛行船を打ち落とし、多大な戦果をあげた。よってジュエルランクの称号を授与する。では陛下、お願い致します」
「うむ、エリナレースよ。そなたはオニキス・メーデイアと名乗ると良い」
「拝命致します」
(オニキスは黒色の宝石だから、私にぴったりね。でも、メーデイアってなんだろ?)
冒険者が国に協力するアルバニア帝国であるが、国もまた、冒険者に寛容である。
何でも屋の側面を持っている冒険者であるが、依頼を達成する以外に報酬を得る事は出来ないため、浮浪者のような扱いの国が大半である。
冒険者になるくらいなら、小さい頃から勉強や訓練をして、国に仕える仕事に就きなさい。
それが、世界の常識である。
アルバニア帝国は建国時に冒険者が活躍した歴史から、大きくなったら冒険者になるという夢を持った子供が多い。増える地盤が出来ていた為に、国軍よりも多くの実力派が冒険者になっていく。
だが、貴族達は基本的に領地を守れる力を求めている。領地運営に関わらない冒険者を良くは思っていないはずだった。ジュエルランクは帝国に任命権があり、それは有事の際の出動手形でもある。貴族が冒険者を虐げる事があれば、協力関係は無くなるだろうし、ジュエルランクともなれば国が認めた人間だ。扱いは貴族に等しいと言える。
この国が、戦争に弱いと言われるのは軍人が単純に少ないからだ。だが、戦争において必要なのは、統率能力や国軍の人数などではない。過程ではなく、結果だ。冒険者に依頼して戦争が解決するのがアルバニア帝国なのだ。
皇帝陛下からの任命式が滞りなく終わると、エリーは称号について、どうやって決めたのか知りたくなった。
「陛下、質問があるのですが、お時間はありますか?」
「ああ、称号の件だな。任命するときには表向きには戦い方や行動が元に称号を付けているとなっているから、普通は疑問を持たない。だが、任命式後に質問を受けるのはお前で3人目だ。称号の意図から、そうありたいと思って行動にする。そのために理由を聞きたいとな。だから、エリナレースも意味を知りたいのだろう?」
「はい、察して頂いて助かります。ちなみに他に質問してきた者というのは?」
「サファイアとアルバナイトの名を付けた者達だ。理由については本人達に聞くといい。それで、何故オニキス・メーデイアとしたかだな?」
「はい、拝命したからにはそうありたいと思いますから」
「その必要はない。詳しくは話せないが、過去と現在、未来において役割を表す文字列を占いによって現す石盤が、歴代宰相に引き継がれていてな。それを皇帝となった者が使うという習わしだ。まあ、皇帝になった者の感性にも左右されるとも聞くが、大体は本人自身の知る所。つまり、そのままの自分であれば、お前はオニキス・メーデイアで在れる」
「ではこの称号の意味は?オニキスは黒色の宝石だからとしても、メーデイアとは何なのでしょうか」
「メーデイアとは、若返りや生命力に由来する魔女の事でな。私が昔読んだ物語の本に登場する女皇の名だ。美しく聡明であった女皇は薬学にも精通しており、幅広い分野で活躍した。魔女とは魔法に長けた者と思われがちだが、人に理解出来ない事を成すのが魔女と呼ばれた由縁だろう。お前の過去に成した事、現在起きていること、そして未来やりたいことをお前自身が思い返してみるといい。そうすれば……理解出来ただろう?」
「はい、言葉の意味を理解しました。質問に答えて頂いて、ありがとうございます」
「気にするな、知識を私だけで完結するというのは、寝覚めが悪くてな。私としても本人に話せた方が楽だ。ではな、今後も活躍を楽しみにしている」
「はい!」
ジュエルランク冒険者、オニキス・メーデイアのエリナレースが誕生した瞬間だった。
「陛下が昔読んだ本の名前、聞いとくべきだったかな?」
自分の称号の由来となる人物。詳しく知りたいと思ったエリーは、この後、各地の本屋に箒に跨って現れると物語を漁るのだった。




