第二十話 託されたもの
ピルグ砦にエリーが置いていったという物。
それは俺から見たらよくわからない物だった。
だが、アランとガルドは違ったらしい。
周りのやつらは疑問を浮かべているような顔をしているのに対し、この2人は何故こんな所に?といった唖然とした顔をしている。
「どうしちまったんだ?2人とも、エリーの贈り物に感動しすぎて凍っちまったのか?」
「テラートじゃあるまいし、大丈夫じゃないかしら?私達にはアレが何かわからないけど、どうせエリーが作ったものでしょう?」
エリーが作ったもの、その言葉にアラン、ガルド2人ともハッと我に返ったようだ。
「これをエリナレースさんが……」
アランは信じられないといった風に、ガルドは感動なのか打ち震えるような動きをしている。
その物体は3つあり、1つはアラン用、2つはガルド用らしい。
「2人とも、俺たちにはソレが何かわからないから、説明してくれ。何でさっきから……」
アランは意を決して話し始める。
「これは、母の形見だ。使えないほどにボロボロになってしまったのをつい先日知り合いの錬金術師に直せるか診てもらうために預けていたんだ。それが、母が着けていた当時のままの姿でここにある」
◇ ◇ ◇
これは、過去の追憶。
母、ライカは冒険者だった。
「アラン、あなたには守りの力があるようだけど、守るというのがどういう事が分かっているのかしら」
母がこれを話したのは亡くなる1週間前だった。
「例えば、仲間との約束を守るけど規律を守れない人間がいたとするでしょ?その人は仲間を守れるのかしら?決まったことを守れない人に仲間は背中を任せられるのかしら?」
「母さん、それは昨日私が依頼を反故にしたことに怒っているのですか?」
「正しさはあったかもしれないけど、良くは無かったわ。あのね?今日言いたいのは、それだけではないのよ……」
説教だ。
母親というのは、対面主義で常に子供の粗を探しているものなんだ。そんな事をこのときの私は考えていた。
だが、その日は話が別の方向へと逸れた。
「このガントレットはね。単なるアームガードではないのよ。守る事を後押ししてくれるの」
母はいつも付けている装備を自慢げに見せつける。
「あなたが1人前になったらこれをあげるわ。まだあげないけど」
何が言いたいんだろう。いつもはもっと直接的にこういう所は直しなさいとか、もっとこうしなさいとか言ってくるのに。私への注意ではなく、物の話だ。
私は何か違和感を感じていた。
「これね?変形するのよ。見てて」
母がガントレットを外すと2つあったものが合わさり、正四面体に形が変わった。
「でね?守る決意を込めると装着出来るのよ」
母が目を瞑って念じるとまたガントレットが装着される。
「あなたが守る意味を本当に理解出来たなら、私はこれをあなたに渡して引退しようと思ってるの。ちょっと限界だと思うし」
「それだけ元気ならまだやれるんじゃない?」
「そうかしら。引退とは別に、そもそも私の能力的には守るのって向いてないから、このガントレットを持て余しちゃってるのも事実なのよ」
「じゃあ、本当に限界が来たときには、それ、貰うよ……」
私も少しカッコいいとは思っていたから。
母さんはそれから次の依頼に向かった。
帰っては来れなかった。
ただ、仲間の手にはボロボロになった正四面体のガントレットが握られていた。
「きみに、託すようにって、ライカさんが休憩の度に呟いてたんだ。僕はこんな呪いみたいな装備、早く外すように言ってたんだけど、結局」
「そうですか。確かに受け取りました」
不思議と涙は出なかった。守る力がないのに守る助けをするガントレットに、母さんは振り回されていたのかもしれない。
「このガントレットの能力って、何なんですか?母には聞いていなかったんです」
「僕が体感した感じだと、君のお母さんライカの能力が皆の士気を上げるもので、それの影響を大きくしていた反面、凄く敵に狙われやすくなっていたかな?敵が全てライカに殺到するんだ。盾を構えてたから今までは何とかなってたけど」
「つまり、守る助けをするっていうのは……」
道理だ。母が限界に感じたのは自分の能力にじゃなく、このガントレットをつけることに限界を感じたんだ。
母はこれを身に着ける度に恐怖したのだろう。全ての敵が自分を狙ってくる。
確かに『守ると覚悟したとき身につけられる』だ。
おそらく、私の守る能力との親和性に、母はこれを託すことに決めた。
そして、気付いた。
何故涙が出ないのか、
それは母さんが皆を守れたんだって、笑ってこれを託す姿が目に浮かんだからなんだって。
◇ ◇ ◇
「だから、このガントレットが新品同然の状態でここにあるのがおかしくて……」
「アランさんにはこちらもお渡しするようにと、ガルドさんにはこれです」
ドーラはそう言うと走り書きの紙切れを渡す。
アランに渡された内容は
『それの正式名はブルーテトラ。範囲増幅と影響増幅の付与をしています。注目を集めたり、スキルの効果を広範囲に効果量を増大させます。魔力を流すとその魔力の使用者の腕に装着されます。以降は魔力を流す必要はありません。常時開放スキルというやつです。外すときには肘周りの凹みに指を入れると外れます。主に味方に支援をする方。あるいは前衛の盾持ちの方に使っていただくのが良いかと思います。』
と書かれていた。
アランは間違いなくこれを書いた者が製作者だと理解した。
「エリナレースさんには色々と聞きたいことが出来たみたいです」
「そうか、んで、ガルドの方は?」
ガルドは凄い形相で紙切れを見ている。
覗き込んでみたが、
書かれている内容はこうだ。
『君にコレが使いこなせるかな?音楽センスがあれば絶対に上手く使えるけど、君みたいなお猿さんには無理だろうね』
裏面にも何か書かれているみたいだが、ガルドは激情のままに破り捨ててしまった。
「ああ!?やってやんよ!」
「あ、大丈夫です。こちらに予備が」
ドーラは何故か紙切れの予備を持っている。
「どうせ破り捨てるから、とエリナレースさんから予備を預かってました」
「おいおい、破られるのわかってんなら挑発するなよ。というか、予備の方が紙がちゃんとしてるじゃねえか、倍以上の大きさだぞ」
「読み上げてくれないか?また破られたら、堪らん」
「はい、では読み上げます。『トパーズさんは異名から考えるに、演奏しながら詩を紡ぐ吟遊詩人的な方だと思いましたので、音を遠くまで届ける魔道具を2つ用意しました。1つ目は拡声器、声を遠くへ届かせます。首に着ける様にしたので、動きの邪魔にはなりません。2つ目はアンプスピーカーです。共和国の楽器に繋ぐと楽器の音を大きく響かせる事が出来ます。ここから先は周りの皆さんに。芸術家相手にやる気を出させるには挑発するのが1番効果あるんですよ?』。以上です」
本当にあいつはどこまで読んでるんだ。いや、ガントレットもそうだが、楽器に繋ぐ魔道具?あいつ、通信機にも手を出してたよな。子供もいるって……ルイズから聞いてるし、そんなもん作ってる時間あったのか?
もう、どうなってんだよ。
確かにここまで来る道中、ガルドは何故自分が呼ばれたのか、という文句を垂れていた。やる気がないというか、来たくなかったというような様子だった。それが今はどうだ?
「聞いたか?ガルド。お前をやる気にするためにエリナレースさんはお前を猿と呼んでみせたぞ。会ってもいない相手を貶す剛毅。これは新しい詩を作らなきゃな」
「何言ってんだアラン?そんなんより良い詩が思いついちまったよ、俺は」
さっきまで怒り心頭だったやつとは思えない程に落ち着いている。いや、興奮している。
「万能のエリナレースってな!やつは幾つ能力を持ってやがる?俺へのプレゼントだけで幾つ能力を使った?錬金?鍛冶?金属糸も編んでやがるな?木工に、つか俺の事推測だけで共和国の楽器持ってるって分かるのか?んなわけあるか!まあ、いいや。早くこれ使わせろ。アラン!今から弾くから、防御張れ!」
「もう張っている。お前がいつ弾き出すか分からなかったからな」
アランはいつの間にか腕にガントレットを着けていた。ジュエルランクどうしは意外と親密なんだろうな。
◇ ◇ ◇
落ちている途中の飛行船の中は阿鼻叫喚だった。
指揮官であるノルゴル団長がおらず、まさか作戦遂行中に丈夫な船体に大穴が開くなど想像出来ようもない。
「団長はどこに?」
「いや、団長のいた部屋を中心に穴が開いてる!あの人なんかやったんじゃないか?」
「まさか、爆弾が!?」
「いや、それでも耐久力の方が上だ。それに、穴の形からして外からだろう」
「外って、この高さをどうやって?」
口々に状況を心配し、嘆きの声が響く中、更に
状況が悪くなる事態が船員達を襲う。
ドゥギァアアアアアン!
今度は船体ではない。この飛行船を滞空させている根幹への攻撃だ。
水魔法の使えるものは消火に当たっているが、空気が抜けてしまっては落ちる速度が速くなる。
「宙に投げ出されたものは穴を塞げ!」
気付けば誰かが叫んでいた。
船員の半分が牧場暮らしの転移者だ。何か塞ぐような能力があるかもしれない。
そう、誰もが祈っていたが、転移者達は消極的だった。家畜のような扱いを受ける日々に、なぜ自分が生かされているのか分からない、当然だろう。
「『魔法障壁』!」
死にたくない者もいたようだ。
だが、空気は障壁を貫通した。意味をなさない。
「なら!『シャボン玉』」
狙った位置に配置出来た様で、浮力が回復した。
穴を塞いだのは水魔法の使える転移者だった。牢屋の中で暇潰しに魔法シャボン玉を作って遊んでいたが、まさかこんな所で役に立つとは思いもしなかっただろう。
皆安心したようで、床に座って息を整えている。
だが、その安心も長くは続かなかった。
ヴオオオオオオオ!
突如として響いた音と衝撃に船員達は宙を舞い床に叩き付けられた。
一方、ピルグ砦前には、デスボイスでオラつく1人のギタリストがいた。
◇ ◇ ◇
「全く、私がいなかったらどうやってそのスキルを使うつもりだったんだ?」
アランが使用した体の表面に防御の膜を展開するスキルはパーティ単位、約10人程度にかける術だが、装着したブルーテトラの増幅効果によって100人規模を同時に守る事が出来た。
アランがサファイア・ジェネラルと呼ばれるのは軍人の様な気質と、この能力にあった。
『ウィズダムストラテジー』
前面に展開される魔法障壁、後方に展開される補助、自分を中心に味方を保護する膜。
彼の後ろに人がいるのは当たり前である。
彼が助っ人としてパーティに入ったときの成功はほぼ確実だ。
彼の遂行する任務は無傷で仲間を帰す。
唯一隙があるとすれば、止まない圧倒的な物理攻撃でアラン本人が沈む事だろう。
「はあ、とんでもないスキルですね。『音撃』でしたっけ?」
「アイツ手加減してるとは言ってたけど、忘れてるんじゃないだろうな」
砦前の冒険者達がそんな会話をしていると、
船内を掃除し終わったガルドが満面の笑みで帰ってくる。
「いやースッキリしたー、久しぶりに思いっきり叫んだぜ!」
ガルドは歌ったのではなく、叫んでいた。その声は防護されていた後方にも届いていたが、スキルの力は完璧に防御されていたようだ。
アラン展開した味方体表面の防御膜は攻撃性のある物を通さない。『音撃』は防いでも周りの声は通すということだ。
「さて、ガルドも戻ってきたし、砦で報告したら帰るぞ!私たちの仕事は終わりだ」
冒険者達の仕事は終わりである。依頼内容は戦闘だけだったので、事後処理は軍の仕事だろう。
こうしてピルグ砦の戦闘は、爆弾の投下により炎上したキマラ砦に常駐していた26名の犠牲を払いながらも、未知の飛行船による被害を食い止めたという少々苦い結果に終わった。
「つーか、俺たち必要あったか?」
「行軍する軍の護衛、とかで良いんじゃない?」
グレイとルイズは結局何もする事が無かったと項垂れるのだった。
◇ ◇ ◇
その頃、アイゼンスター伯爵領マルチェンの東。魔導国の西側の森には魔導国軍が集まっていた。
本来、街道のない魔物の多い森。国境となる場所には大河が通っており、人は一人として通わない場所である。
「召還獣の力がこれほどとはなー」
「あ?副団長と呼べ、死にてえのか」
「すんませんね、そう教育されてるもんで」
召還獣と呼ばれた人型の者は副団長と呼ばれたいらしい。
それもそのはず、彼は転移者の中でも別格だったために5番牧場に入れられていた。
それなのに、なぜ副団長なのか。
彼は導主の目的に賛同した。言わば過去のリリやラーダムの逆だったのである。転移者はスキルの他にも身につけている経験が役に立つ事があった。元軍人である彼は、街全体を洗脳支配している導主に心酔したのだ。
「まあ、良い。導主様の指示なのは分かってるからな。だが、お前は明日からトイレ掃除担当に回す」
「えー、なんかやだな、そのせこい報復の仕方」
「嫌なら副団長と呼べ、ガキが」
ダモクレス軍副団長、桐生虎彦は目の前のダルそうなロリに自分の部屋のトイレ掃除を押し付けた。
「はあ、わかりましたよ副団長。アタシの扱いをもう少し考えてくれたら態度を改めるんですけどー?」
「俺のスキルの糧になれてるんだ。文句を垂れるな」
「はー」
ダルそうなロリ、エルメルディアは側近でも隊長でも、軍人ですら無かった。ただそこに呼ばれただけの転移者だった。
「さて、飛行船を囮にした奇襲とは、導主様も酷いことをなさる。こっちは宣戦布告が常の世の中なんでしょ?」
「本当にな。だが導主様の命令は絶対だ。この国は残しておくには脅威という事だろう」
森に派兵したのは5万人の兵。だが、行軍中に100 人は魔物にやられている。
「無茶な行軍に兵の疲れも限界だろうが、本番は今夜だ。聞けば、ここの領主はアルバニアの根幹を担っているらしい。我が国の空軍への対処で領を空けて不在であろう今が、奇襲の最大期待値を叩き出せるというものだ」
「この人数で奇襲は無理あると思うけどね」
この2人は同じ牢屋にいたのだが、導主に心酔する虎彦に咄嗟に偽名を名乗ったのがエルメルディアだった。転移者である彼女を虎彦は現地民だと思い込んでいる。それに乗じて、彼女は現地民を装っている。転移者を召還獣と呼ぶのもその一環である。
「なに、戦とは準備の差で決まるものだ。武器を持たず、構えてもいない相手を蹂躙する事など容易い」
「アタシは戦わないから良いけど、副団長の乱暴さにはちょっとキてるんだからね?」
「ふん」
呑気な事を言い合う2人であるが、この2人はまだ知らない。
この戦いが、全く予想外の展開になることを。




