第十九話 占星術と戦時特例依頼
夕方。日が落ちようかという時間に、ドレッド・アイゼンスター伯爵は屋敷のあるアイゼンスター領マルチェンまで戻って来ていた。
他の貴族達は王と共に冒険者達の動向に目を向けている。
「待っていても、何も変わらんのだがな」
彼がそう言い切るのはアイゼンスター伯爵家の占星術、もとい超直感が理由である。実直にただ効率を考え、帝都に残る意味と家族と過ごす価値を天秤にかけた結果、後者を選び取った。
ドレッドが伯爵邸に帰ると、来客が滞在中だと言う。だが、超直感によって、誰が来ているかも分かっていた。
「シルヴィア、あいつが帰ってきているようだが、どうだった?」
「大丈夫そうです」
「そうか、では夕食は共にしよう」
ドレッドが懸念していたのは、ダキットの事だった。テラートがどんな人物なのか話してこなかったからか、この家から出た彼をダキットはどう思うのか、直感でも分からなかった。
超直感は限定的に効果がなくなるときがある。
その大半は情報量が足りないか、逆に多過ぎるとき。脳が判断をできなくなり、超直感は働かなくなる。そうドレッドは結論付けた。
あのときも何故か働かなくなった。ドレッドが陛下と帝都のギルドマスターの通信を聞き、それぞれの冒険者の名から無事に帰ってこれるのか超直感で占った。アランとガルド、2人からは戻って来るだろう事が読み取れた。だが、エリナレースという冒険者には超直感が働かなかった。
「エリナレースか」
詳しく調べてみるか、と考えるドレッドに使用人から声がかかる。
「旦那様、夕食の準備が整っております」
「ああ、今行く」
冒険者の関係書類を漁ろうとした手を止める。
超直感の対象を来客に向けたからだ。
占星術の魔道具を使用し、テラートとエリナレース両名を同時に超直感を通して見たとき。
そこには水中の様な浮遊感と迫ってくる星があった。
ドレッドは占いをやめると、夕食の席へと向かう。
「テラートが何か知っているな」
ドレッドが席に付くと他3人が待っていた。
「久しいなテラート、今日は何か報告があるのだろう?」
ドレッドは、テラートが家を出たとき、その背を追いもしなかった。直感的にその方が良いと感じたからだ。代わりに何故止めなかったのかという後悔の念もあり、帰ってきたら邪険にしないと決めていた。
「はい、父上。家から出た身でこのような事を頼むのは申し訳ないのですが、この度、冒険者の女性と結婚式をあげる事になりまして、家族として参加いただきたいのです」
「ほう、それは喜ばしい事だ。ぜひ参加しよう。で、相手は誰なんだ?」
「エリナレースさんという方です」
その言葉に一瞬ハッとしたドレッドは、平静を装って
「そうか」
と声を絞り出した。
「テラート、この後時間はあるか?」
「ええ、20年分の話がありますから」
この後、ドレッドの執務室で2人は話をするのだが、テラートが侍女に預けていたベガを発端に、2人の会話は相談へと発展していくのだった。
◇ ◇ ◇
全ての冒険者ギルドにて、戦争への登用依頼が発布されていた。戦時特例である。
「レフィアさん、あなたには別の依頼があるそうです」
「あー、わかってる。だいたい、予想はしてたんで。でも、時間とお金はかかるよ」
レフィアはどうせ来るだろうとエリーに言われていた事を思い出した。
全ての砦と領主に通信機を配備しろと言うのだろう。
人の欲は終わることがない。
常に1段階上の便利さを求める。
その師匠の言葉は人の行動を先の先まで読んでいた。
「でもこの戦争、早く終わりそうよね?何でこんなに依頼出してるんですか?って感じ」
「え?レフィアさんは早く終わると思ってるんですか?」
シドニーは驚きの声をあげる。
「いや、むしろ早く終わらせたがる人達がいるでしょ?エリーさんも結婚式までには終わらせると思うけど、トパーズの人とかは、新しい詩考えてないと死ぬって言ってるし」
「早く終わるのと、早く終わらせたがるは違うと思いますけど……」
「まあ、あの人達は私の1000倍は強いから、軟な兵器や軍人じゃ束になっても勝てないと思うよ」
「ジュエルランクのレフィアさんの1000倍ってどういう……」
「あのね、私は戦闘力自体はシルバー程度しかないのよ?生産依頼をこなした数が他より格段に多いからジュエルなだけ」
そう。
レフィアはジュエルランクに到達した後に、自分でも戦えるようにと弓の鍛錬をし始めたのだ。それでもエルフ、長い時間を戦闘力の底上げに使ったはずだった。
それでも届かない高みがあった。
「師匠」
レフィアは遠くで戦っているであろうエリーに想いを馳せた。
◇ ◇ ◇
キマラ砦上空。
ダモクレス製の飛行船の船室内。
ノルゴル団長は特にすることもなく実に楽しい快適な空の旅を満喫していた。
「かっかっか!実に快適、日頃の多忙で荒んだ体が生き返るわい」
今回の任務は、見つからない様に移動し、爆弾を投下するのみ。ノルゴルは部下に全てを任せると自室で暇を潰す。
爆弾の投下実験は高度を変えて風速を測って行ったため、正確である。この任務で1番重要なのは見つからないという部分だ。
といっても、船体が幾ら大きいと言えど、雲よりも上の高度では米粒程度にも見えないだろう。
更には投下した場所は火の海に包まれ、その煙が兵士達の視界を遮る。
この高高度において、敵の攻撃が届くことなど万に一つもないのだ。
「導主様に予備として持たされた家畜達も、結局使わずに終わってしまいそうだな」
3番牧場までの開放許可。召還獣と呼ばれる人間達だが、利用価値や機密性の順に数字が割り振られている。
今回連れてきているのは、持っているスキルが魔導国にとって不要な者達だ。
「与えられた物を消費せずに任務を完了すれば、導主様からの評価にも繋がるだろう。ククク」
とノルゴルがくだらない妄想にとらわれていると
ドゥギァアアアアアン!
轟音が鳴り響き、それは、まるで金属が無理矢理引きちぎられた様な音だった。
ノルゴルは吹き飛んだ衝撃で船室の壁に叩きつけられる。次いで熱風によって焼けただれた肌が激しく痛んだ。
だが、ノルゴルが気を付けるべきは傷の状態ではない。
雲よりも上、そんな場所で船室の側面に怪物に食べられたような穴が開いた。自室の床も吹き飛んだ。であれば、強風に煽られ彼自身が吹き飛ぶ事も想像出来るだろう。
ノルゴルは引力にも似た力に引っ張られ、抵抗するも虚しく、宙へ投げ出される。
悲鳴もあったのだろうが、部下たちにはそのような小さな音は聞こえていなかった。
◇ ◇ ◇
私は、飛行船に大穴を穿った後、壁に擬態して船内にあるだろう兵器を探す。
……あった。
堂々と投下用の筒と隣には規則正しく並べられた爆弾が。
念のためピルグ砦の見張りに経過報告をしよう。
私自身潜入するつもりだし、飛行船が撤退時に重荷となる爆弾を捨てながら帰る可能性もある。
私が亜空間収納に隔離すれば事足りるけど、爆弾の存在は公にしておいた方が、全体の状況の理解の助けになると思う。
私は再びピルグ砦に戻る。
途中、なんだか豪華な服装の人物が落ちていくのを見た気がするけど、こんな高い所に人なんていないだろう。
「すいません!エリナレースです!」
ピルグ砦に戻ると、さっき話した見張りの上官だろう人物がこちらを見あげていた。
向こうが何も言わないので報告を続ける。
「以上が上での状況です!私はこのまま魔導国の船に潜入して、直接乗り込み、指導者を叩きますので、その旨を今後来る冒険者達に話していただければと!」
ホントに無口な人だな。
見ると文官的な人が隣で聞いていたみたいで、了解!というようなハンドサインを送っている。
助かる。
私に報告義務は無いのだが、冒険者が報告に困るのはやるせないので、必要な事だけ伝えると飛び去った。
問題はこれからだ。
潜入するため、不審な事はなるべく避ける。
例えば、倉庫の爆弾を全て亜空間に仕舞うと、急に爆弾が無くなったと不審に思われるだろう。
つまり、爆弾は投下されたあと中空で仕舞う必要がある。ミスがあれば私は木っ端微塵になるだろう。
爆弾も軍事物資であるため、あらかじめの指示が無ければ捨ててかないだろうけど、そこは魔導国だ。あの国の忠誠心は異常、爆弾を持って国に特攻するくらいはやりそうだ。
「やっぱり回収した方が良いかな?」
爆弾も飛行船も鹵獲して国に戻った方が遥かに利がある。その上で飛行船を介さず単独で導主のいる尖塔へと乗り込めばいい。飛行船はもう使い物にならないくらいには壊れているけど、情報源にはなるはずだ。
導主がいる限り、戦争は終わらない。私はこれからの未来、ベガが生きやすい世の中になってほしいと思うからこそ、あの導主だけは倒す必要があると気持ちが急いている。
上空を見れば飛行船の高度が徐々に下がって来ている。
ふと、振り向いて、帝国側を見ると国旗を掲げて行軍してくる一団が見える。軍はもっと、もたつくだろうし、ほとんどは依頼を受けた冒険者達だろう。
うん。もう一発、今度は飛行船の上部に穴開けて、残りはあの冒険者達に任せてしまおう。
冒険者の見せ場も無しに終わってしまったとあっては国も判断し辛いだろうし。
あのピルグの上官の人は心ここにあらずって感じだったから、文官っぽいあの人に伝えていこう。
私はもう一度砦に戻り、飛行船は手負いのために、後続の冒険者達でも何とかなる事と、自分は魔導国に向かって指導者を討ち取ってくると言い、返事も待たずに魔導国へと飛び立った。
「うーん、ちょっと不親切だったかな?」
たしか、サファイアの人とトパーズの人が来るんだっけ?
私は三度ピルグ砦へ戻り、見張りの人に、ある物を預けてから満足して飛び立った。
これでよし!
◇ ◇ ◇
アランは冒険者達と軍の足の速い者達を引き連れてピルグ砦へと向かっていたが、途中文句を垂れる冒険者と合流した。
「何で俺、選ばれたんだよ?アランなら何か知ってるだろ?」
「知らん。私はお前のスキルの事も想像や噂でしか知らない。本部のギルドマスターであるアゲハさんの指示だろう?対空戦力として何か持ってるのではないのか?」
隣で文句を言っているチャラそうな男はガルドである。
「対空って音波でワイバーン落とした事はあったが、今回役に立つとは限らねえよ」
「相手が魔物ならあるいは、か」
「アランは防御担当だろ?」
「ああ、そうでなければ呼ばれん」
「じゃあ、もう1人のエリナレースちゃんって子が攻撃か」
「お前を攻撃担当として宛にしてるかもしれないぞ」
「そんな馬鹿な」
そんなやり取りをしていると、もうすぐ砦に着くというところで雲を突き抜けて何かが落ちてくるのが見える。
「なんだ?アレが敵か?」
「乗り物か、あれを使って上から砲撃か何かをしていたというのが、今回の経緯だろうな」
「てか、少しずつ落ちてきてるように見えるんだが?」
ガルドが指摘すると砦から1人の伝令兵が駆けてくる。
「冒険者の方々で間違いないでしょうか!?」
「ああ、帝国から正式に依頼を受けている」
「では、報告します。先行してきていた冒険者により、敵の正体が判明。雲の上に隠れていた飛行船からの爆弾投下が、先のキマラ砦壊滅の様相を作り出したと看破。上空での戦闘により徐々に飛行船は落下傾向にあります。同冒険者は魔導国の指導者を直接叩くそうで、こちらの冒険者の方々には爆弾を抱えて落下してくる飛行船の対処をお願いしたい、とのことです」
「「は?」」
この2人は自分達が一陣だと思っていたのだ。
つまり、冒険者が先に着いているなどとは考えていなかった。
更には雲の上にいた敵を看破し、攻撃し、落とした?
理解が追いついていない中、ガルドが聞く。
「おい、冗談も大概にしろよ!そもそも誰なんだ?そんな早く駆けつけて雲の上にいる敵に攻撃したって?」
「エリナレース」
同行していた冒険者の1人が呟いた。
「グレイ?エリーがやったっていうの?」
「いや、こんな早く移動出来るのは日帰りドラゴン討伐のアイツぐらいだろ」
「あなたは確か、宝剣のグレイ?」
呟きを拾ったアランがグレイと話し始める。
「あ?ああ、なんか巷じゃそう呼ばれてるらしいな……てか、エリーはアンタらジュエルと一緒じゃなかったのか?」
「いや、アゲハさんから通信が来たときに初めて名前を聞いた。エリナレースさんの所とは直接の通信網が無くてな」
アランが申し訳なさそうにすると、ルイズがしょうがないわよ、と返す。
「あの子なら集団で固まって移動するの嫌がるだろうし。一緒に依頼受けても、いつも先に行って強い魔物だけ掃除して待ってるもの……」
「つまり、俺らが砦着く前に粗方片付いちまったから、エリーのやつ、気ぃ使って取り分残してくれたって事だな……はぁ」
アイツは大人に気を使いすぎだろ、と溜め息をつくグレイにルイズが補足する。
「私達の届かない所にあったものをわざわざ落とした上に、それを無視して本拠地を叩きに行くって、絶対に狙ってやってるわよね」
「すまん、何言ってるかわからない」
ガルドには理解出来なかったようだ。
「俺たちはとりあえず落ちてきたアレをぶっ壊せば良いんだな?」
「いや、あの飛行船とやらが、技術力の高い物なら、残したまま乗ってる軍人だけ倒した方が良いだろう」
「なら、俺の『音撃』スキルで対応するから、皆砦で耳塞いでろ」
「ああ、そのための私だったのか」
ガルドのスキルを理解し、自分の役目を知ったアランであった。
(味方の攻撃を防ぐ為に呼ばれる私って……)
「ガルド、その音撃とやらを使う時には一声かけてくれ、私の防壁の1つに振動を通さなくする結界のようなものがあるから、それなら思う存分音が出せるだろう」
「なんかそれ、俺の特攻みたいなスキルだな」
「魔物の咆哮とかが防げて便利なんだ」
冗談交じりにアランが言うと、俺は魔物扱いかよ、とガルドが悄気る。
「あれには爆弾ってのが積まれてるんだろ?それはどうするんだ?」
「先行した冒険者曰く、離着陸の衝撃に耐えられるように間違って爆発しないよう鉄枠のような物に固定されているとの事で問題無いそうです」
「いや、あるな、問題」
ガルドの『音撃』に耐えられないという問題があった。
「『音撃』は無差別に衝撃を加えるから、いやでも何とかなるか?ワイバーンの外殻とかは無傷だったし」
然う斯うしている内に砦に着いた。
ピルグ砦の上官は戦意喪失状態なのか、全く動かなくなってしまったらしい。
「代理でエリナレースさんから報告を聞いたドーラと申します。伝令が走ったので、既にお聞きかもしれませんが、追加でエリナレースさんが置いてかれた物がありまして。サファイアとトパーズにと……」
そこには何に使うのかよくわからない物が置かれていた。




