第十一話 コウノトリ理論と覚悟
一晩、2人きりで過ごした次の日の朝。
私とテラートはインターホンの対応をしに、外縁部へ向かう。途中使い魔を見かけるが、ボードを持っていない所を見ると言葉の通じない相手なのだろう。私達は警戒を強めた。
「あれは?」
遠目に見えた物体。
結界にわずかに触れる形で何かが置いてある。
さらに近付いてみると、それは赤ん坊の入った籠だった。遠い日の想い出がフラッシュバックする。
陰鬱な顔で隣を見ると笑顔でこちらを見るテラートがいた。
少し心が落ち着いた。
しかし、テラートはここで意味不明な事を言い始めた。
「まだ昨日の今日だと言うのに、私達の祈りが天に届いたのかな?」
「え?」
何だろ、捨て子が無事な事を言っているのかな?
それとも、魔物じゃなかった事?
昨日の今日って何かあったっけ?
なんか嫌な予感がするけど
「何を不安そうな顔をしているんだい?この子は僕らが愛を育んだから産まれたのだろう?」
は?
あー、そういう事か。
は?
私の中で理屈や今までのテラートの言動、行動の全てを振り返り、1つのパズルが完成する。
今のテラートはコウノトリ理論を力説している様な状態で、昨日の夜、私を襲ってこなかったのは、単純に性方面の知識がなかったからで、彼が何故そんな事も知らなかったのかというと精通する前に実家を家出しているからで、何でここまで誰も教えなかったのかというと、人望が厚くても悪友がいなかったからで……。
え?29歳じゃなかったっけ?今年で30歳。
騎士で魔法使いなの?
それに、昨日の夜、彼は私と添い寝をする事で『一緒に寝た』を満たし、子作りをした気になっていたのだ。その事実と私への好意に顔が赤くなるが、今はそこじゃない。
「捨て子だよ!」
私は盛大にツッコミを入れた。
テラート視点ではまた違う事が起きていたというのはエリーの預かり知らぬところであった。
ん~、残念。
◇ ◇ ◇
「そう、だったのか……」
なんだか、しょんぼりしてる騎士様を余所に、
私は何か親からのメッセージが無いか籠の中を探す。魔物に出会ってしまって籠を取り落としていったというのも、ほんの少しの可能性として残っている。
「テラートさん、荷物なども持ってきてますよね?」
「ああ、もしもの時のために帰り支度を済ませて来ている」
「では、ここでお別れしましょう。久しぶりに話し相手が家にいたので楽しかったです。ぜひまた……」
「うん、僕はエリーのためならどこにだって駆けつけるよ!またね!」
「うふふ」
よくもまあ、歯の浮くようなセリフを言えたものだ。
テラートの超直感も勘違い度合いが激しすぎると宛にならないのかもしれない。
赤ん坊の籠を持つ。
私とテラートはお互いの帰る方向へと進むのだった。
家に着いた私は、まず連絡を取るために書斎へ。
テラートが街に帰ってから何を言うか分かったものじゃないから、捨て子である事を確定させなければ安心出来ない。
信号機と音声収集機、魔力発信機、受信機が合わさったもの、それが魔力式連絡機。電話の劣化版である。
信号機の役目は日本現代風に例えると通話アプリ等のオンライン表示である。つまり、連絡先に人がいるか確認出来る。
ただ4つの機械が一体になっているため、物凄い大きさである。
私は信号機を点けると書斎で赤ん坊を甲斐甲斐しく抱っこする。私と同じでおとなしい子だ。結局、親からのメッセージなどはなかった。一応は結界に触れたことがメッセージの1つだったとして、それはここに私が住んでいることを知っているということでもある。
知人の誰かという事も考えにくいけど、母親には魔物の住む森に赤ん坊を置いていく意味をよく考えてほしい。
緑色のランプが点いた。あちらの信号も受信できたので、魔力を流して音声収集機に声をかける。
「こちらはエリナレースです。父さんいますか?」
「エリー久しぶりね?」
「お母さん」
私はなるべくルチアの事をそう呼ぶ様にしている。実子では無いものの、孤児院では面倒を見てもらったし、今は義理の父親の結婚相手だ。
まだ慣れてないけど、いつかは。
「お母さん、私、子供出来ちゃった……」
「えええ!」
「あ、ごめん。嘘だから」
母さんには事の経緯を説明しておく。テラートの事もあるし、父さんに話そうと思ってたけど、一旦母さんフィルター通した後の方がトラブルにならなそうだ。
「そういう事で、テラートさんにも悪気は無かったとは思うんだけど、恋人でもないのに同じベッドに入って来るのはどうかと思うんだよ。そこら辺父さんがテラートさんを殴らないように説明して欲しいんだけど」
「わかったわ。2人に何かあったら、私が殴って止めるから安心しなさい。で?子供はどうするの?孤児院に預けるなら司祭さんに話しておくわよ」
「ううん、どうしようかと思って」
「15歳に子育ては無理よ。って言いたい所だけど、エリーって私よりしっかりしてるから、自分で育てるって言っても何も言わないわ。あ、ごめんエリー、そろそろ魔力が限界だから切るわね」
「うん」
切れた。
そう、通信魔道具はデメリットを多く抱えている。物が大きいから収納系の魔法が使えないと持ち歩けない。消費魔力が多くて長時間使えない。そして、一番近い場所としか繋がらない。
私としては、これじゃ目的通りの仕様じゃないなって思ってるんだけど、世間的には凄い事なんだよね。
そう思いつつも抱いた赤ん坊をあやしては、どうしようか考えていると、インターホンが鳴る(比喩)。
しばらくそのまま待っていると、集団で結界内に入ってくる。
私の結界は一度通した事のある者は魔力で判別して通す仕様なので、知り合いだろう。
玄関口で待っていると現れたのはルイズさんとレフィアだった。
「久しぶりね!エリー」
「お久しぶりです」
年齢はレフィアの方が遥かに上なんだけど、ルイズさんの方が若干年上の女性って感じがする。
エルフ恐るべし。
「こんにちは、依頼の帰りですか?」
「そうなのよ。ただね、この森の外でぐったりしたテラートを拾って、話を聞いた感じ、あなたの家で泊まった後の帰りだって聞いたから、確認がてら私とレフィアで会いに来たってわけ」
「というか、その子は?」
「あれ?テラートから聞いてませんか?」
「それが、テラートは昨日の夜、一睡も出来なかったらしくて。今頃、ララリリの馬車でグッスリなのよ」
ありゃ、おかしいな。確かに隣で寝ていたのだと思っていたけど。
レフィアが何かに気付いたらしく左手を軽く上げる。
「ん?エリーさん、もしかしてなんですけど、腕輪外してました?」
「あれ?確か着けてたような?18時頃は確実に着けてたはず、料理するときに外して……あれ?」
そもそもどうして一緒に布団に入ってたんだっけ?
「あー、し、エリーさん同衾したでしょ」
「え?テラートと同じ部屋で寝たってこと?」
「うん」
ええと、正しくは同じベッドで寝ました。
「なるほどね。ルイズさん、とりあえずエリーさんの濃い話は置いておいて、その子供の事を聞きましょう。続けるとたぶんエリーさんがパンクします」
「ふーん、そういうことね」
うん、テラートの眠れなかったの意味、絶対勘違いしてる。朝は腕輪してたような……。
「な、何もされてないよー、たぶん」
2人をリビングダイニングに連れていき、魔法でお茶を入れる。
「で、その子は何なんですか?テラートさんとのお子さんですか?」
レフィアは私をからかう様に言ってくるが、断じて違う。
「結界の外に捨てられてたの。なんか昔、自分が父さんに拾われたの思い出して、つい拾っちゃった」
「そんな、猫拾ってきたみたいな言い方」
「一応どうするかお母さんにも聞いてみたんだけど、好きにしろって言われて、考えてる所に2人が来たの」
「うーん、あなたの時もそうだったけど、この辺りって、そんなに生活に困ってる人っていないのよね。その上で子供を捨てるって……街で子供が急にいなくなったら周りが気付くと思うんだけど」
確かにそうだ。それに。
「それに、私が結界内にいることがわかっていて、結界を認識出来る人物じゃないと、結界の直ぐ外になんて捨ててかないと思う」
「そうね。でも、1つ言える事は、その子はあなたが自分でそだてるか、孤児院に連れていくか、捨てた親を探すか、決めるしかないって事よ」
そうね。
抱えた子を見るととても良い笑顔でこちらを見ている。
「よし、決めた。私、この子を育てるわ」
こうして、私は一児の母となった。




