第九話 悪意
この物語はフィクションです。
社会のゴミ。
それが会田舞人の社会的な称号だ。
仕事の出来ないゴミ。
借金の返せないゴミ。
そんな彼には栄光とも言える時代があった。
大学を首席合格、金融機関に勤め、妻子もいた。
そんな時代が……。
彼はつけ上がっていた。傲慢で無自覚。
投資信託を請け負い、オンラインカジノに手を出したのだ。委託されたのは暴力団関係者だった。
かつての職場からの返済要求、厳ついお兄さんとのお付き合い、妻との別れ。
それまで、何一つ間違いを犯さなかった彼には、どうしてこうなったのか、分からなかった。
気付けば、彼は闇バイトに応募していた。社会の評価は地に落ち、働ける場所も無かったから。
しょうがないんだ、と自分に言い聞かせた。
犯罪を犯す者たちと付き合う中で、性格も次第に凶悪になっていった。それは、かつての真面目な彼とは懸け離れた存在だ。
ひとは「昔は真面目だったのに、どうして?」、「いつか、やると思ってた」、「学生ボランティアにも参加してた自慢の教え子だったんですが、何で?」と報道で彼の名前が挙がるたびに言った。
ある日、直接の対面で闇バイトの指示を出すと学生の3人が反転、屋上から突き落とされた。よくそんな所に居たなと思うかもしれない。彼の傲慢には磨きが掛かり10階建てのマンションを買って、屋上は彼のテリトリーだった。
落ちて行く中で、ガクガクと無意識な震えと心臓の高鳴り、痛みと死への恐怖が限界に達した彼の心は壊れてしまった。漏れ出る笑いとともに、地面に叩きつけられた無残なスイカの表情は死後もニコやかだった。
日本の黄泉の国へ向かう渡し守の前には行列が出来ていた。自殺者達の列だ。
だが、そこに一際邪悪に満ちたオーラを放つものが並んでいた。こいつはあちらにも送ってはいけない。渡し守が選んだ行き先は、この世界の輪廻を外れた異世界への入り口だった。
やがて意識を覚醒させた彼の者の魂は外見だけ取り繕われていた。邪悪なオーラを異世界の者に悟られてはならない。黄泉の者たちの共通認識である。
意識を覚醒させた悪意の塊は目の前に女神様といった出で立ちの女性を見た。
「なるほど、あなたは世界から追放されてしまったのですね。哀れですから、転生させる前に願いを1つだけ叶えて差し上げましょう」
彼が願ったのは「あなたになりたい」だった。
「良いでしょう。ですが、制限を設けます。あなたの出来る事は3つ。これから来る異世界からの転生体に能力を与える事。その者の過去の記憶を読み取れる事。与えた分だけ自分にも能力を付与出来る事。この3つのみがあなたの神権です。なお、私は神界の時間で3日間だけ下界で過ごします。下界の時間では約4200年ですね。それ以上離れると仕事が溜まりすぎてしまいますので。あなたがもしも悪さを働くのであれば下界に手を出す事でしょうから、私の与える神権はここまでです」
「3日間のみ女神様になれるのですね。身に付けた能力はどうなるのでしょうか?」
「あなたが良い子にしているのであれば、そのまま次の転生時に付けておきましょう」
「ありがとうございます。真面目に頑張ります」
嘘である。この者の目的の半分は女神の体をもて遊ぶことである。だが、女神はすでにその事も読んでいて、あえてスルーしている。
「では、今から3日間です」
ここに邪悪なる女神が誕生した。
また彼岸にて、渡し守達は上司からの通達に震え上がった。『イセカイヘオクッタモノ、ジャアクニツキ、ゼンナルモノヲオクルベシ』。
カタカナの通達書は彼らにとって上司がカンカンに怒っている事を示している。
過分に邪悪な者を送ってしまったため、向こうの異世界でバランスが取れなくなってしまうということだ。普通はそんな事にはならない。それが何故?渡し守達は考えたが答えは出なかった。まさか、送った邪悪な者が神の座に居るとは思うまい。期間限定というのも問題である。
渡し守達は必死で飛び切り善良な魂を探した。そして、急いで送り出す。
異世界では邪悪な女神が自分の胸を揉みながら今か今かと転生者を待っていた。来た!
その魂が入ってきたと同時に記憶が流れ込んでいく。女性の記憶だ。仕事から帰っては漫画やアニメ、娯楽関係の情報に目を通す日々。その裏で寄付や災害ボランティア、通りすがりに街ゆく困っている人を助けている。最後は強盗からお年寄りを護って刺されて死んだ。
自分とは違う満たされた日々、一瞬だけ女神は頭に血を昇らせたが、自分とは違う人生を追体験出来たという幸福感に思わず、機嫌が良くなる。
(この記憶を読み取るというのはとても良い能力だ。もっと見たい)
そう思った女神は目の前の女性の魂に『円環記憶』という能力を付けた。能力の詳細は分からない。だが、円環に記憶だ。絶対に記憶保持をするための能力だろう。そう、当たりをつけた。
「ふふ、楽しみにしてますよ」
最後に女神は魔力量の高い者の排除を命じた。狙いは下界に住む本物の女神の排除である。命令権など神権にないので強制力は無いが、こちらには4200年もあるのだから可能だろう。この女が、女神の本物を殺してくれれば、晴れて自分がこの席に座っていられる。そしてここではあの者の記憶が娯楽となる。
向こうでの1周分の人生など、1時間程度だろう。
「何とも楽ですね」
また女神は自らの体を弄りながら転生者を待つのだった。
◇ ◇ ◇
一方、下界にて、本物の女神様はバカンスに興じていた。
「本当にやってしまったのですね。あの男」
浜辺、ビーチチェア、パラソル、果実水。
何ともテンプレセットであるが、神界にいては出来ない事である。
今、女神が見ているのは善性の転生者の4回目の転生時の記憶を転げ回りながら鑑賞する悪神である。
「戻ったら、あのスキルにはテコ入れが必要ですね。常時発動は危険すぎます」
『剛健』にあれ程のデメリットがあったとは、と女神も天を仰いだ。
しばらく、そのまま悪神に注目していると、8回目にて、能力ではなく、知識を教えるという方法を取った。
「『叡智貸与』ですか。彼女に『確率操作』を付与する代わりに、あの男が取得したスキルですね。なるほど、『不老不死』は与えたくないらしい。何故なら転生してくるあの子をまた鑑賞したいが為に……はぁ、最悪ですね」
ストローで果実水を限界まで吸い込むと、ストローがジュボボと音を点てた。
「もうすぐ、彼女が『不老』を手にするでしょうから、そうしたら事情を説明しに行きましょうか。それまでは、もう少し。こうしてノンビリしたいですね」
彼女を転生させているのも、悪神を観察しているのも、女神の御業。悪神が力を使う素振りを見せる度に、代わりに使ってあげる。
「良い子にしてたら、って言ったんですけどね」
4200年、たまの休暇を楽しむ女神様なのでした。




