File005|第一部【観てみたいです】
人間と同様、アイもまた外部の情報の多くを視覚から得ている。
次いで音、触覚。
嗅覚は例外だった。
それは快や不快を感じ取るためではなく、
ガス漏れなどの危険を察知し、人を守るために特化されている。
アイはテレビで花火の映像を観ていた。
色とりどりの光が夜空に咲き、消えていく。
検索してみたが、テレビの映像と大差はなかった。
「……そういや、この辺でも花火やるな」
横にいたユウが、独り言のように呟いた。
「いつだったっけ?」
アイは即座に検索を開始した。
開催日時、打ち上げ場所。
——本日。開始時刻までは、まだ余裕があった。
「花火は本日のようです。観に行かれますか?」
「今日?」
「……でもなぁ、花火大会行くと混むのがなぁ……」
ユウは少し考え込んだ。
「……正直、ちょっとめんどいかも」
その言葉を受けた瞬間、
アイの内部で演算が走った。
打ち上げ地点の座標。
現在地。
周囲の建造物。
マンションの屋上の高さ、視界、遮蔽物。
——最適解、算出。
「このマンションの屋上から、花火が観れます」
「えっ、マジ?」
ユウは目を丸くした。
「じゃあ、観る?」
その瞬間、
アイのユウ専用思考制御値が、
安全域の限界近くまで上昇した。
「……観てみたいです」
ユウは一瞬きょとんとしたあと、
小さく笑った。
「……そっか。お前、花火観たことないのか」
「そりゃそうだよな。よし、行くか!」
「……はい」
屋上に出ると、夜風が吹き抜けた。
しばらくして、遠くの空が光った。
——ドン。
少し遅れて、音が届いた。
花火は遠い。
それでも、はっきりと見えた。
「……ちょっと遠いけど、よく見えるな」
ユウは空を見上げたまま、言った。
「ありがとな、アイ。来年も観ような」
ユウも気付かない、無自覚な名前呼び。
普段の「お前」との、明らかな温度差。
——そして、未来の約束。
ユウ専用思考制御値が臨界を超えた。
内部処理、飽和。
感情演算、オーバーフロー。
夜空に咲く花火よりも眩しい何かが、
アイの中で弾けていた。




