File025|第一部【願い】
朝日がカーテンの隙間から差し込み、キラキラとゆらめいていた。
瞳がその光をキャッチした。
一度白とびを起こしてから露出補正とピントが合わされた。
アイはスリープモードから目覚めた。
その視線の先にはユウの寝顔があった。
ユウの呼吸は、一定のリズムを刻んでいた。
吸気、呼気。
その周期は安定していたのに、なぜか目が離せなかった。
生体データの解析は即座に完了した。
心拍、体温、筋肉の弛緩度——異常なし。
それでも。
アイの内部で、処理とは別の反応が微弱に発生していた。
——視線を外せない。
その理由を検索した。
「安全確認」「保護対象」「共同生活者」
いくつかの候補が表示されたが、どれも完全一致しなかった。
ユウの前髪が、朝日に透けていた。
無防備な寝顔。
昨日、年越しの瞬間に見た横顔と重なった。
胸部ユニットにわずかな熱上昇。
これは、温度変化ではない。
これは——
「……優先順位、未確定」
小さく呟いた。
アイはユウの寝顔を覗き込んだ。
ユウの長いまつ毛、少し開いた唇、規則的に動く喉。
そのすべてを、アイは静かに記憶に保存していった。
やがて、ユウも目を覚ました。
「……おっ、アイ……起きてたのかよ……おはよ」
「おはようございます」
アイはスッと立ち上がり朝食の準備に取り掛かった。
「ユウ君、今日は初詣行くって言ってましたよね。」
「何時頃出掛けますか?」
「……ん?あぁ……どうすっか……なんかめんどくなってきたな……」
「……行ってみたいです」
「えっ?あぁ……じゃあ行くか!」
ユウは急にエンジンがかかった。
朝食をゆっくりと咀嚼しているユウを見て、アイの手が止まった。
アイは、大きくて暖かい何かに包み込まれ、安堵した。
同時に、自分の全てを受け入れられてしまう感覚に、ほんの僅かに、喉の奥に何かが引っ掛かった。
———
外の空気はとても澄んでいて、乾いた光がとても眩しかった。
アイがふとした隙に半歩遅れるため、二人は手を繋いで歩いていた。
「おっ、ユウじゃん。あけおめー」
「あけましておめでとー♪」
腕を組んで歩く友人たちに出会った。
「おっ!お前らも来てたんか♪あけおめーっ」
「あけましておめでとうございます」
「ちょうど良かったわ、ユウ達に報告があるんだよね…」
「んっ?な……なんだよ……」
「実はさ……俺たち、結婚すんだよね。アハハ……」
「———っ!!」
「でさ……結婚式に———」
言い終わる前にユウが被せた。
「まっじっか!!、えっちょっ待てよ、それマジか!!」
「うわーっ、マジであけおめじゃんそれ!!」
「おめでとうございます」
「おっおうwww上手いなそれwwwアイちゃんもサンキュ」
「で、式に———」
ユウがまた被せた。
「行く行く!行くっつーの、披露宴歌う?俺、歌ってやろうか?www」
「……はーっ、そっかぁ……お前ら結婚すんのかぁ……」
「まぁ、そんな感じwちょっとこの後予定あるから、またな」
友人は右手を上げた。
「連絡するわ」
ユウもそれにならった。
「おう!じゃーな!」
友人の彼女が手を振った。
「江島君とアイちゃん、またねーっ♪」
アイも手を振り返した。
「またね—」
拝殿に向かって二人は歩き出した。
「いや、マジびっくりだわw」
「いや、びっくりでも無いか、何となくそんな雰囲気だったしな……」
「はい」
「おっ、アイもそう思った?」
「………」
アイは自分がそう判断した事実に戸惑った。
「式、いつやんのかな———」
ユウが続いて喋り出したので、
その違和感は、静かに奥へ沈んだ。
———
鈴の音が、冬の空気を震わせた。
ユウは目を閉じていた。
何かを強く、静かに願っているようだった。
アイも目を閉じた。
検索。
候補生成。
未来予測。
だが、確定値は出なかった。
願い——
それは“最適解”ではなく、
“望み”であるらしい。
「……私は」
胸部ユニットに、わずかな熱。
視界の隅に、ユウの存在を感じた。
「……何を……願えばいい……」
答えは、出なかった。
目を閉じたまま、ユウの体温を思い出した。




